異世界からやって来ました。ー4
「ビイ!ビイイ!!!」
防護魔法で覆われたままの子竜が、鳴き出した。
大きなエメラルド色の目からは、大粒の涙がぼろぼろこぼれている。
魔法の中からは出られない様子で、ピンクがかった白い手足をじたばた動かしていた。
「ハイハイ、大丈夫だから、もうちょっとだけ待っててくれなぁ」
「ピイィ…、ずるるる!」
「うぉ、鼻水ふけってっ」
子竜をなだめて鼻をかませているダルフの横で、ヒドロの蔓草でぐるぐる巻きにされて倒れている三人と三匹に左手をかざした。
ーーーヒドロだけ燃えて消えろ。
未だ絡まろうと動いている蔓草に火を放つ。
本体がなくても近くの生命力を吸収して増えていくので、燃やして根絶やしにする以外に倒す方法がないのが面倒な魔物だった。
黄色みを帯びた灰色の炎でヒドロだけを燃やしていく。
人と水竜は害がないようにした火魔法は、ヒドロが燃え尽きると同時に消えた。
大きい水竜がうっすらと目を開け、ヒドロに捕まっていた者達の光が消えていった。
光を操る水竜か。
やはり、生命力を奪われないように守っていたらしい。
「ビイイ!!!ビイイイイイイ!!!!!」
子竜が防護魔法の中で大暴れしているので、三人と水竜達も含めて解いてやる。
「ビィイイイッッッ」
子竜が転がりながら着地して、親竜だろう大きい水竜に両腕を突き出しながら、ペタペタ歩いて行くのが見えた。
水竜達なら自分たちで何とかするだろう。
問題は、
「息して、ません」
ユエリスが近くにいた黒髪の男の側に向かい、口元に手を当てて確認する。
「こっちもだ、」
ダルフが派手な色の服を着た女の側で話している。
残った女の所に歩いていき、口元を確認するが、やはりあの沈んでいる間に呼吸を維持するのは難しいだろう。
しかし女の胸元に耳を当てると、鼓動が聞こえている。
まだ間に合うらしい。
女の顎を上げて鼻を詰まんだ。
唇を押し当てるように重ねて、数回、息を吹き込んでいく。
自分の魔力を一緒に吹き込むことで体内まで刺激して回復を試みる救命措置だ。
ただし、血縁のない男女にしか使えない方法ではあるが、こういう時にはタイミングが良いと言うべきなのか。
ダルフとユエリスも同様に行動しており、何度かの処置のあと、飲んだ水を吐いて苦しそうに咳をしている男女の声が聞こえた。
こっちはまだか。
もう一度息を吸い込み、口元を塞いだ。
「ーーー!!!!!??」
自身から一気に魔力が流れ出ていく。
何故か身体が動かず、口元から離れられない。
魔力がこの女に奪われていっている。
デカい魔法使ったあとにこれはナイだろう!!!
「う……、」
「おい、アル…?」
「アルベルト様!」
ドレイン《魔力吸収》とか、聞いたことしかない!
しかもこんな無意識な状態でやられたら、全部持っていかれる!
身体がどんどん倦怠感に襲われていき、自分の身体を支えるので精一杯になっていく。
悪寒と冷や汗が止まらず、身体が小刻みに震えていた。
「ピイ!!!」
聞き慣れてきた子竜の声が聞こえて、かなりの重量級のものにが身体に当たったと思った時には、テラスの壁まで吹っ飛ばされていた。
多分、あの子竜に体当たりされたんだと思う。
子竜もしゃがみこんだ大人くらいの大きさはある。
ヒドロに捕まっていた子竜達と比べて一回りくらい小さいが、力を込めてぶつかって来たら、そりゃ人間はふっ飛ぶさ。
「ピイ?」
よろけながらテラスの壁に寄りかかると、更にペタペタ走って笑顔で飛び込んでくる子竜がやけにゆっくりと見えた。
魔力使って奪われて、更に物理的にもちゃんとダメージ受けるとは思わなかった。
「ぐぇ……!!!」
「ピイィ!ピイィィイ!」
顔をペタペタ叩かれ、舐められ、喜んではいるらしい。
大きな瞳が嬉しそうにこちらをまっすぐに見ていた。
「はは、皆無事で良かったな、」
「ピイ!」
無邪気に全力笑顔なところを見ると、感謝しているようではある。
この子竜のおかげでこれで助かったとでも言うべきか。
子竜の身体を撫でながら、ぼんやり考える。
あの子は一体、何だろう?
格好を見る限り、確実に異世界人だ。
それなのにあんな強力な力を持ってるとは。
自分で立てないと確信できる怠さが全身を覆っていた。
おそらく魔力を半分近く持っていかれたと思う。
既に魔法も使っているから、自分に残っている魔力が殆んどない状態だった。
こんな状態って久しぶりだなぁ。
「ふ…、げふっげほっ…うう……!」
俺が処置した子がようやく吹き返したらしい。
ユエリスが黒髪の男を床に寝かせて、俺が対応した子の元へ向かった。
身体を横向きにさせて、咳こむ背中をさすっている。
「あー、ダルフ、とりあえず揺れがおさまったらもっかい伝達魔法で知らせてくれ。そのあとはユエリスとこの三人を医務室まで運んでくれ」
「あ、はい。ですがアルベルト様も…、」
「ああ、俺も宜しく。悪いけど。ダルフがいるから、それが終わったらユエリスも休憩してくれ」
ふと視界が薄暗くなって目線を上げると、ダルフが目の前まで寄っていた。
白髪の間から見えるグレーに近い灰茶色の瞳が、珍しく真剣な表情をしている。
「死人みたいな顔になってる、」
「うん、あの子に、魔力半分、持ってかれた」
心配そうにこちらを真っ直ぐ覗きこんでくるダルフに、さらっと告げた。
「動けない」
「わかった、」
「ピイィ!」
何故か子竜も返事をしていた。
その後、意識がなくなっていたらしい。
屋上テラスの警備兵が一人、応援を呼んできてくれていた。
毛布等も持ってきてくれており、医者も後から駆けつけたそうだ。
なかなか機転の効いた警備兵だ。
揺れがおさまった所でダルフが再度伝達魔法を使い、安全確認の伝達を行った、とこと。
意識のない者が四人、女二人はダルフとユエリスが、男二人は応援に来た騎士によって医務室まで運ばれたらしい。
ユエリスは後処理をダルフと一緒にしようとしていたが、医務室で医者から止められ強制的に四つ目のベッドに寝かされているとのこと。
俺は何故か子竜が離れなかったらしく、医務室は目立つからと団長執務室の仮眠室に運ばれたそうだ。
親竜達も屋上テラスに居座ったままらしい。
いやいやお前ら、川に帰れよ。
ダルフが団長執務室で俺の様子を見ながら、城内城下と橋等のトウク城周辺の怪我人や事故・破損等の報告を受けていた。
揺れで転倒した子供や、市場の荷車の横転事故等の小さい被害はあったそうだが、重大な事故は幸いにもなかったとのこと。
子供は揺れてなくてもどっかで転ぶものだし、荷車の横転は停車させた時に手順が抜けていたからだろう。
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うっすら目を開けたら、多分、子竜のお腹らしき弾力と重量が顔に乗っていた。
ピンクがかった白いものしか見えないが、頭にのしかかってくる重さと、意外とサラサラしている表面が子竜だと言っている。
ちょっとひんやりして気持ちいいけども。
「お前、自分を助けた恩人を窒息させる気か?」
寝起きで冷静に話せる自分も凄いと思うが、この子竜が何故ここにいるかという方が気になって、一瞬で頭が冴えた。
「ぷきゅっ」
子竜のお腹がふわっと離れて、身体スレスレで足元まで滑っていく。
顔面が解放されて、圧迫感からの妙な解放感を覚えた。
「ピイィ」
めちゃくちゃ笑顔だ。
足元で行儀よく座り直している。
可愛いけども。
こいつがくっついてきたから、こっちの仮眠室に運ばれたのか。
ああ、頭が二日酔い以上にガンガンする。
ふらつきながら、サイドチェストに入っている常備薬に手を伸ばした。
痛み止めは何かしら使う頻度が高いから、多分引き出しに入れておいたものがあるはず。
「ピイ!」
子竜の声が頭に響く。
向き直って、説明してみる。
「あーちょっと、悪いけど、頭が痛いんだ。静かにしてくれ、」
「ピイ?」
「大きな声はダメだ、」
「ピイ!」
「………!!!」
通じてない…。
泣いてやろうか。
頭が痛い。
とにかく、薬を探そう。
何でも頭に響く。
ゆっくりとサイドチェストに向き直ると、ドアをノックする音が聞こえた。
半開きのドアから、ダルフが顔を覗かせた。
「お疲れさん、団長殿」
「ああ、」
返事するのも苦しい。
「ヘルガが起きたらこれ飲めって、」
医務室長の医者・ヘルガが看てくれたのか。
怠さと頭痛でぼんやりしている間に、ダルフがベッドまで歩いてきて、薬を渡される。
この粉薬、マズイんだよなぁ…と思いながらも、魔力不足で起こる症状に即効性があるものなだけに、飲まないわけにはいかない。
「……頭痛い、」
「だろうな」
「身体だるい、」
「だから飲んどけって、」
「…………コレ、キライ、」
「知るか」
水を注いだコップを渡される。
楽になるのはわかっているが、心の準備が。
深いため息をついて、粉薬と水をほぼ同時に飲み込んだ。
何も感じる前に息を止めて飲んでしまうのが、鉄則。
吐き出したくなる気持ちを抑えて、両手で口を押さえながら震えた。
何故か子竜も一緒に震えてる。
「大ゲサな」
ゆっくりと深呼吸をすると、ちょっと頭痛がマシになってきた気がする。
味も形状も口の中にちょっと残るのも、錠剤だったら楽なのに。
「体調悪いのに申し訳ないんだが、ゆっくり話すから、ゆっくり聞いてくれ、」
「それはいいんだけど、」
「ん?」
「この子竜、何でここにいるんだ?」
「……………好きらしい、」
「…………、」
目をそらすな。