はじめまして、異世界人です。ー21
気付いたら、目の前が暗かった。
薄暗いというか、曇った空にゼロ距離で覆われたような、そんな視界。
目を開けようとしても、何故かまぶたが動かない。
眉間の皮膚一つ、寄せられない。
声を出してみようとしても、うなり声一つ出ない。
えっと、どういう状況?
どこでもいいから動けって体に力を入れてみるが、指先一つ動くどころか、規則的な呼吸しか体は動かなかった。
金縛り?
いやでも、首から上は動くって言うよね。
何コレ。
自分の体が意識と切り離されたみたい。
何コレ。
私今どうなってんの。
「いやぁぁあああ!!!!!」
アケの叫び声がすぐそばで聞こえた。
いろいろ物が落ちたり倒れたりする音が聞こえて、体を掴まれる感触と同時に、ちゃんと私の体はあるんだって思った。
アケともう一人、誰か女の人の声がして、言い争ってる。
「リト!起きて!お願い起きて!!!」
いや、起きてんのよ、アケ。
ちゃんと聞こえてるんだけど。
体がどっかに縫いつけられたみたいに動かないの。
掴まれ揺らされちょっと抱えられたりしてるから、ガリバーみたいに紐でぐるぐる巻きにはなってないとは思うんだけど。
全然動かないや。
ずっとこのままなのは嫌だな。
そう思いながら、義兄のゆいと初老の女の人の声が会話に混ざった。
だいぶ困った状況だけど、とりあえず二人が無事で良かったって思った。
それから四人の会話で今の状況を理解した。
同時に全く違う世界に来てしまったことを知った。
そして私は助けてくれた人を窮地に落として、更にその人を酷使して助けてもらわないと起きれないらしい。
その方法が傷口と傷口を合わせるか、体を合わせるか、唇を合わせるか。
ゆいがぐだぐだ言ってる。
アケは呑気に、美形なら喜んで状態。
ピー音かせせらぎ画像が入るようなリアルな言葉をバンバン繰り出して、ゆいが呆れたように答えてる。
当事者、私なんだけど。
意見どころか何にも発信出来ないこの状態に、苛ついてしょうがない。
透明人間になった気分だ。
意識はあるのに体は無反応って、もどかしすぎて怒りしか湧かない。
多分、違う部屋に入ったりすると聞こえないんだけど、私と同じ空間の会話は全部聞こえた。
魔力って、魔法って、どこぞのファンタジーなんよ。
異世界なんて時点で頭がファンシー過ぎてついていけないっていうのに、何なの。
額に傷ある黒縁メガネのワンダーボーイはいないのかな。
それに、私の中に魔力とかなんとか。
絶対要らない危険異物があるってこと?
ああ何にも伝わらない。
念でも送ってみる?
私のことなのに、何で何にも言えないの。
ドアが開く音が聞こえる。
また誰か入って来た。
大人の男の人の声。
水竜の子ども?
竜って動物なの?
ドラゴンと違うの?
ねえ。
悠長に名前つけてる場合じゃないでしょ。
しかもセンスなさすぎ!
自分の子供にもボーイとかガールとかつけちゃいそうじゃん。
あーもう、何にも見えないし言えない!!!
ただ自動で音だけ聞こえてきて、全部聞いてるしかないって、私何か日頃の行い悪いことした?
何で!!!
こんなの嫌だ。
何で私の体は動かないの。
聞こえてる。
ちゃんと聞こえてるんだよ。
勝手に会話しないで。
「ピィ」
水竜の子どもの声は無駄に可愛かった。
また一人、部屋に男性が入ってきた。
私を助ける前に、ゆいで魔力同化っていうのを試すことにしたみたい。
さっき水竜と入ってきた人が、私を助けてくれる人らしい。
私が謝らないといけない人でもある。
アケ曰く、イケメンか。
生粋の面食いのアケの言うことだから、本当にイケメンなんだろうけど、ゆい曰く、私好みかどうかはわかんないのはその通り。
ゆいよりもちょっと高めだけど、落ち着いた声。
でも魔力が高いと性格ぶっ飛ぶのかな。
自信があって大丈夫って言ってるけど何か変。
後から入ってきた人はかなり現実的だった。
髪の毛白いんだ。
いくらイケメンでもこんな人が上司じゃ、苦労してそう。
ゆいが仕掛けたことにも動じてないし、釘はグサグサ刺してくるし、安全を最優先してる感じ。
もし私を助ける人が彼だったら、私を助けない選択肢を選びそう。
今の状況でももどかしいのに、そんなことされたら、私は意識があるまま体が衰弱していくのかな。
そのまま死ぬのを待つように。
私はどんな感情でいたらいいんだろう。
よくわかんないけど、奪った魔力も返すから、助けて欲しい。
こんなことになるくらいなら、あのまま溺れてコロッと逝きたかった。
こんなの嫌だよ。
もう何にも聞きたくない。
嫌だよ。
それでもずっと、聞こえていた。
誰も私に声をかけない。
私に意識があるなんて思いもしないんだろう。
私が聞いてるかなんて。
アケが看護師とお風呂に行った。
行ってくるねって、声をかけてくれてる。
その後、水竜の子どもが大泣きするのが聞こえて、それをゆいがあやしてるみたいだった。
そのやりとりを聞きながら、私は寝ているベッドごと診察室に移動させられて、医者の指示で看護師に注射を打たれた。
魔力酔いの抑制剤らしい。
看護師は癖なのか何にも反応しない私に、腕をまくる時には失礼しますとか、消毒する時や注射針を刺す時と、いちいち声をかけてやっていた。
意識だけはハッキリしてるから、ドッキリみたいにならなくて有り難かった。
でもその作業も終わると人の気配が消えて、誰かの会話が何にも聞こえなくなった。
寂しさよりも安堵の気持ちの方が強かった。
外の風の音が聞こえてきて、時折体を凪いでいく。
窓のある部屋で、開いているんだろう。
水辺独特の湿気ったにおいがする。
目を閉じてたら人間はそのまま眠るしかないって思ってたけど意識はゾーンに入れそうなくらい冴えていて、視覚以外の五感が鋭くなった気がした。
誰もいない空間になって自然の感覚を感じて、ようやくほっと出来た。
そこで自分の髪の毛がうっすら湿ってることに気付く。
魔法で乾かしてくれたら良かったのにって思った。
そうしてしばらく窓から入ってくる風を感じているとドアが開く音がして、擦ったような足音が聞こえた。
多分、この歩き方はゆいだろう。
滑るように歩くから、かかとのない靴やスリッパを履いていると、浮いた靴底がこすれる音がする。
歩幅が大きく相変わらずヤル気のないリズムを刻んで、すぐ近くで止まった。
「りん、俺もちょっと風呂に行ってくる。これからお前を助けてくれるって。アケちゃんが戻ってきたから、終わったらすぐに来てくれると思う。あとちょっとだから、」
頭を撫でられて、柔らかいけど乾いた皮膚の感触と、温かい気がおでこの周りに当たった。
額にキスされてる?
子供の時でもされたことないや。




