はじめまして、異世界人です。ー20
風呂に入りたかった、だけなのに。
なんでこんなことになってんだ。
「………まあ、子供の習い事程度にはやったことあるけど。昔の話で、今は運動不足解消くらいの筋トレくらいしかしてない。仕事が忙しくて、丸一日やる余裕はなかったから。あってもやらないけど、」
「えーっなんだ、やってたことあるんだ!ってか、やらないのー?やったらスッキリするじゃんっ」
「睡眠優先」
「やだ、ベッドの上のが好きなの?」
「変な言い方すんな、」
ウフフと笑って、バスカが木剣を右手に構えた。
やっぱりやるのか。
「わかったわ、じゃあせっかくだから、ちょっと遊んでって!」
アンディが離れていって、訓練生達も遠くに距離を取った。
仕方なく、持たされたままの木剣を両手に構えた。
バスカの構えには隙がなく、実践経験豊富な猛者との差はぬぐえないだろう。
実践向きの流派だけど実践はないし、真面目に取り組んだことはなかったしな。
真剣持たされた時はさすがに緊張したことを思い出した。
さっさと終わらせて風呂に入りたい。
「そっちから打ってきてイイわよっ」
「うん、そんな隙のない感じで言われても」
と言いつつ、踏み込んでいった。
右に剣を流しながら勢いをつけて一撃、バスカが構えた剣に打ち込んだ。
持ち手も空気の流れも木刀と違って、違和感があるが、その辺の棒切れか何かだと思う事にした。
バスカは片手で受けている。
やっぱり実践経験者の筋力は凄いな。
重心を低めに置いた打ち込みを数回繰り返すと、今度は彼からの攻撃が上段から繰り出された。
重いのは嫌だなぁ。
右手に持った剣で受けて、左手で刃を支える。
案の定、重いのがきた。
彼の黄色い金髪が額にかかる。
「あら、攻守なかなかね、」
剣同士が弾かれるようにすぐに離れた瞬間、右足を軸に左足で蹴りを入れた。
ギリギリで逃れた彼の顔を、つま先がかすめてから着地する。
あ、やべ、つい癖でやっちゃったよ。
相手が不可抗力で無防備になる瞬間を狙うのが、基本の一つ。
反則みたいな隙をついても剣術以外の攻撃を繰り出しても、とにかく相手に倒されないことを徹底する。
一族にしか伝えていかない総合武術だったが、そんなんでよく今まで続いてたなって思う。
皆何かしら武術をさせられていたが、結局は本家の者達ですら、俺や義父のように全く関係のない仕事をしていた。
それでも子供の頃に体で覚えたものは、癖としてでてしまうのか。
「キャア!もう!いきなり顔面に足入れてくるなんてヒドイじゃないっやっと肌荒れ治ったところなのよ!」
「いや、それは知らんけど。蹴り入れたのはゴメン」
「もう!アナタ十分実践向きじゃないの。ホントに騎士団入れるわよ?
ーーー皆も見てたでしょう?今は基礎を反復して体に覚えさせてるけど、もし将来実践になった時は、武器に武器で返ってくるとは限らないってコト☆しばらくは実践がないコトを願いたいけど、その時はそういうコトもあるって、頭の隅に覚えておきなさい」
「はい!!!!!」
訓練生達が声を揃えて返事した。
「凄く面白かったわ!この子達の勉強にもなったし、ありがとうね、」
「……ああ、」
バスカがにこやかに笑い、握手の形で右手を差し出した。
こちらも右手を返し、今度は重心を低くする。
握手と同時にまた引っ張られたが、動かなかった。
「連れないわね、」
「不要なスキンシップはしない主義でね、」
「ユリ!君凄いな!バスカさんに最初から認められるなんて、なかなかないよ!」
アンディが興奮しながら駆け寄って来るのが、視界の端から見えた。
つついてもない藪から勝手に出てきたヘビに餌だな。
もう勘弁してくれ。
「もうイイだろ、早く風呂入りたいんだけど」
「ええ~っもっといろいろやってみようよ!せっかくバスカさんにお墨付きもらったのにーっ」
きつめに言ってみる。
あとは風呂に行く方向に進むだろう。
「……お前さ、自分の仕事忘れてないか。悪いけど、俺は風呂に入ったらまた診療所か?あの部屋に戻らないといけないんだ。連れがまだ休んでるから、ほっとけないだろ、」
「あらやだ!他にもいるの?だったら余計にこんなことしてちゃダメだったじゃない、アンディちゃん!」
「一応、魔法で何とかしてるらしいけど、俺、川に落ちてからそのままなんだよね、」
「もー!!アンディちゃん!!!それはヒドイわ!ごめんなさいね、無理させちゃって!
アンディちゃん!アナタね、異世界人の負担がどんだけのものかわかってんの!!?普通に見えててもいろいろと疲れてるものなのよ!そんな時に余計なコトさせちゃダメよ!!訓練なんていつでも出来るんだから、休ませてあげなくちゃ!早く行きなさーい!!!!!」
「あ、はい……ごめんなさい……、ユリ、行こうか、」
「ん、」
上官に怒られると素直にしょげて、犬みたいに元気なく入り口に歩いていった。
トドメのように、バスカと訓練生達の声が聞こえる。
「皆もあーゆー気遣いできない無神経な騎士になったら許さないわよ!」
「はい!!!!!」
ためらいなく返事したな。
肩も頭も落として歩くアンディの後ろ姿をちょっと不憫に思いながら出入口を出ると、再び階段を降りて、無言で一つ下の階に着いた。
「ねえ僕って、そんなに無神経かなぁ、」
まだへこんでんのか。
「知らん。まあ、そう思うなら、話す前にいろんな場合考える癖つけたらイイんじゃないか。結局損するのはお前だから、」
「……うん。あ、この廊下の真ん中の扉入ってまっすぐ行ったら、お風呂場だよ。両側が脱衣場になってて、左が男湯、右が女湯」
「個室もあるって聞いたけど、」
「個室は扉入って左側に五つ並んでて、さっきジュディスに使用中止って言われたよ。その奥が脱衣場の入り口、」
「ああ、メチャクチャ汚れてたらしい」
「何か嫌だよね。騎士なんてなんだかんだ汚れ仕事なんだからさ、余計に気をつけないと子供も寄って来なくなるよ」
さっきとは違う悲しそうな表情で話している。
「………そうなのか?」
「そうだよ!野外訓練や戦争中なんて、何日も水浴びすら出来ない事もざらだし、毎日の鍛練でも汗だく、装備も酸っぱさ超越したスンゴイ臭いになるんだから!そんな状態で今の街中警備なんてやったら苦情が来るよ!揉め事あっても呼んでくれないし、食品市場は絶対入れてくれないんだ、」
不衛生が理由で事実上の出禁か。
日本の百貨店や駅ビルでも何もしなけりゃ追い出さないのに、シビアだ。
日本が優しいのか。
「まあ、どんな時も衛生面は気遣わないとな。病気になりたいやつはいないだろ、」
「うん、だから僕も今日は防具の手入れしようと思って持ち帰ってるんだ!」
にこりと笑って、大きな袋をくいっと掲げた。
風呂場で洗ったりしないよな?
「あ、ここだよ」
話しながらたどり着いた風呂場の出入口を開けると、石鹸の香りに混じって、独特の酸っぱいにおいがした。
道場で嗅いだことある………。




