30歳なら、独身なら迷わず……。
実話の体験のエッセイなので、評価やポイントなどはなくて構いません。
逆に低評価をつけられても、実話なので困る事しかありません。
いつかの誰かに役にたったらいいなって気持ちで書いてるだけです。
ご理解いただけますとありがたいです。
よろしくお願いいたします。
うっすらと嫌な予感はしていました。
診察室に入り、先生の言葉を聞きます。
先生は、淡々と話しました。
子宮に異形細胞がいる事、私は、癌になる前である事【異形細胞の数が後少しで癌だと診断されるタイプだった】、先生の経験上、私のようなケースの人は子宮を全摘する方がいい事、30歳なら摘出していた事、もし、今独身だったら摘出していた事を説明してくれました。
話を聞きながら、やっぱりという気持ちが出てきたのを覚えています。
車で待っていた夫に話すと夫の方が落ち込んでしまい……。
私は、泣けませんでした。
【癌】ではないので、治療方法がありません。ただ、3ヶ月に1度検査をするだけです。
子供が欲しかった私は、この流れに逆らいあがきます。
【自分で自分を治してやる!!】
ありとあらゆる事を試しました。
(詳しくは書きません。眉唾ものもたくさんありますから……)
ただ、一つだけ書くと……。
診断されて一週間ぐらいした頃です。
【添加物が全て悪だ】と思った私は、次の病院の検査の日までの三ヶ月間経ちきりました。
夫も協力してくれて……。
二人で、本当に全ての添加物を断ちました。
添加物をなくす過程で、体がなまりのようにダルい、頭痛、吐き気などがおきました。
断ちながら、これ、本当に効いてるの?状態。
そして一ヶ月を超えたあたりから、元気になったので効果を確信していました。
三ヶ月が経ち、検査に行ったのですが……。
結果は、そこまで大きく変わる事はなかったです。【少しよくなったぐらいでした】
少しよくなっていたし、三ヶ月頑張ったのだから、添加物を解禁しよう。と夫と話しました。
っていうよりも、私と夫は、夫の実家でご飯を食べる事がありました。【病気をする前は、一ヶ月に一回ぐらい】
この三ヶ月は全くなかったのですが……。
夫の母に「添加物は全てやめて下さい」などと言えるわけもありませんので……。
解禁する事にしました。
実は、添加物断ちをしていた私達は三ヶ月間ずっとハンバーガーが食べたかったんですよねーー。
それで、解禁日に二人でハンバーガーを店内で食べようと喜んで行ったんですよ。
それで、食べた瞬間。
いっきに気分が悪くなり、目がチカチカして、めまいが起きて、何故かかなり体調が悪くなりました。
私達は、同じ体験をしていて。
家に持ち帰りました。
今思うと、断食した後と同じでゆっくり体を元に戻す作業をしなくちゃいけなかったんだと思います。
自分達の犯したミスのせいで、ハンバーガーは美味しかったのに結果は残念でした。
この方法は、よっぽどじゃない限り全くオススメできません。
それからも、自分なりに調べた情報を使って異形細胞をなくす努力をしていきました。
この時は、打倒異形細胞って思ってたんですが……。
今、思うと私が私で作った細胞の一部だったので。
倒すというより、減らしていくとか共存していくって考えの方がよかったのかも知れなかったです。
結局、倒す事を考えていたからなのか、細胞が完全に消滅するまでに一年半ほどかかりました。
その間にも、何度も胃腸炎を繰り返します。
そのせいで、パート先に迷惑をかけチーフからかなり怒られます。
他のパートのみなさんにも申し訳なくて仕方なくて……。
それがストレスになったのか、他の病気にもなっていきました。
喘息って診断されたり、腸に良性の腫瘍が出来たり……。
そして、三ヶ月が経ったら産婦人科に検査に行くんです。その検査が、また激痛で苦痛でした。
子宮から細胞をとるのですが、メスみたいな形の金具でとるんですよ。(一瞬、使う器具が見えました)
それで、とられると……。
そっから、三日間は出血と生理痛の重いやつの痛みが襲ってくるんです。
検査をしてから、三日間は動けないし、毎日痛くて泣いてました。
それに、痛みに耐えて頑張っているのに、一向によくなる気配がないのも悲しかったですね。
それでも、諦めずに自分に出来る事をやり続けました。
そんな日々を送っていたある日。
一度だけいつもの先生じゃなく別の先生が検査の担当になった事があるんです。
その先生に、「大丈夫。絶対に消えるから」と言われました。
発覚して、9ヶ月目ぐらいだったと思います。
その頃には、自分の頑張りで悪い細胞の数が減ってきていたのかもしれないですね。
だから、言ってくれた言葉だったのだと思います。
その言葉のお陰で、折れそうになっていた気持ちがを再度立て直して……。
諦めずに、信じた事を続ける事が出来ました。
そして、一年半が経ち。
ようやく細胞は、消滅してくれました。細胞が、消滅したら胃腸炎がなくなったんです。
そうそう。検査で通っている時に、別の先生に胃腸炎が治ってもまた再発するんですって話したところ。
子宮に炎症があるからなりやすいと言われました。子宮と腸は、近いからという事です。
異形細胞があるからだよと教えられて安心した事を覚えてます。
当時、胃腸炎になる自分が悪いんだと責めていたのですが……。
この話しに救われました。
そして、子宮の細胞が消滅して、しばらくしてから腸にあった腫瘍も消えるんです。
あの時、本気で頑張らなかったら、腸と子宮の癌になっていたんだろうと今でも思っています。
こんなに初期で見つけられたのは、先祖の導きだったのかも知れないです。(急にスピリチュアルになってすみません)
でも、そうとしか思えませんでした。
結局、何でなったんだろう?っていう原因はわかっていないのですが……。
思いあたる事と言えば、結婚する前に、私は足に痛み止めを何度も打っていました。それと偏頭痛、後頭痛、めまいなどの症状もあったので、掌いっぱいの薬も飲んでいたんですよね。それに加えて、大量のお酒や食費を押さえる為に格安で買える冷凍食品やお弁当を食べていました。たばこも吸っていました。
これらが、よくなかったのかな?と思ったりしています。
もうちょっと体の事を考えろっていう警告だったのかもしれません。
異形細胞が見つかった日から、今年で9年になります。
私は、一年に一回癌検査を必ず受けています。
【妊娠】は、病気をしていたので自然妊娠は難しいと言われたので不妊治療に通う事になりました。
そちらを掘り下げて書くつもりはなく、ただ【妊娠、流産】を経験しましたってだけにしておきます。
1つだけ書くとすれば、私は排卵誘発剤を使っていました。
卵子がリング状にたくさん出来て排出されないタイプだったからです。その為、誘発剤を使って成長させるんですが……。
一番、弱い薬でも副作用が凄くでました。
それと、下腹部に走る痛みが病気になったのではないかと思うぐらい痛かったです。
最終的に血圧が200まで上がるんですが……。
先生が調べてくれたら、排卵誘発剤の副作用の1つでした。
そして、この副作用が出るなら使用するべきではない事を告げられました。【流産】して、再妊娠を誓っていた私にとっては【絶望】しかなかったです。
唯一の希望だった事が出来なくなった事により、毎日、絶望でした。
必死で歩いても闇しかない日々。
そんな日々をずっとずっと歩いていました。
周りの子供が出来ました報告も、全く祝福する気にもなれなかった。
それを【悪】のように言われた事もあったけれど……。
私は、それでいいと思うようにしたんです。
今だって、同じような気持ちになる日もあります。
ただ、前と少し違うのは【よかったね】ぐらいに思えるようになった事です。
【おめでとう】と祝福を出来るほど私はまだ諦められていません。
だけど、きっと……。
年齢を重ねれば、乗り越えられると信じています。
そして、病気がやっと完治したと喜んだのも束の間。
次に、私を襲ってきたのは1人で家にもいれない程の不安感でした。
次に続きます。




