あの頃の叫び!!例え、誰かを傷つける事になっても……。
私は、不妊をテーマにしたお話を書いています。
例え、誰かを傷つける事になったとしても……。
これは、あの日私が感じたありのままの気持ちだから……。
だからこそ、出来る限り書き続けたいと思うのです。
私は、昔たいした治療もしてない癖にと言われた経験があります。
確かに、表面的に見たらたいした治療はしていません。
ただ、排卵誘発剤を飲んで、基礎体温を計って、タイミングをとる日を見てもらいに行く為に病院に通うだけでしたから……。
だから、私は小説に不妊治療の治療の話を書きたいとは思っていません。
たいした治療をしていない、ちゃんとした治療をしなくちゃ!そう考える度に胸が苦しくなった自分を覚えているからです。
その時に私が、思っていた事は……。
いったいいくら使った人が偉いのか?
凄い治療をした人の方が正しいのか?
苦しい思いをしなければ、子供を授かる事は出来ないのか?
そうずっと考えていました。
不妊で苦しかった時に、SNSを開いてみた事もあります。
同じ思いをした人なら、わかり合える気がしていたからでした。
実際目にしたのは、不妊の人同士が分かり合えていないような会話のやり取りでした。
それを見た時に、本当にショックでした。
私は、同士はいらないと思ったのです。
辛い気持ちは、同じではないかもしれないけれど……。
心が救われる。
誰かと分かち合えて軽くなれる。
そう思っていただけに、悲しかったです。
治療の大きさや小ささを叩き合うような事なのかな?とも思いました。そこのサイトでも、タイミングは治療じゃないみたいな話が書かれているのを目撃しました。
あーー、あの苦しかった日々って治療じゃなかったなら何だったのかな?
私は、流れに身を任せて生きればよかったのに……。
勝手に苦しむ事を選択したに過ぎなくて、治療何かしなきゃよかったんだ。って思っていました。
薬の副作用が、酷く出る私の体。
お医者さんには、やめましょうと言われました。
当事者の私でなければわからない気持ち。
それが苦しかった時期は、夫に当たり散らしていました。
わかって欲しかった。
苦しくて、悲しくて……。
隣にいるあなたには、わかって欲しかった。
【この先は、少しだけ妊娠をした時の事を書きますので苦手な方はここで終わって下さい】
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
少しだけ、妊娠した時の事を書きます。
これは、タイミングをとってたまたま妊娠が出来た時の話です。
当時、私は太っていました。
だからなのか、発育不全だったのか胎嚢がなかなか見えなくて……。
それを義母に伝えると「太ってるから見えないんじゃない」っと笑いながら言われました。
本人に悪気はなかったのでしょう。太っているから、見えないなどという事はありません。【医療設備が最新の所に行った時に胎嚢は見れましたから……】
私は、その時、義母を殴ってやりたいと心の底から思いました。
【表面上は、許せていても。一生心に残り続けると思います】
数値は、妊娠してる値に達してるし、行く度に数値は増えてくれていました。だけど、赤ちゃんが見えない。
そして、病院を変わったら胎嚢が見えたんです!先生が、ちゃんと妊娠してるから、次は心拍を確認しようねって言ってくれました。
次は、ちゃんと写真撮れるねーー何て言ってくれて、数値もちゃんと出てるし、このままうまくいくものだと思ってました。
でも、その夜……。
塊が出てきて出血しました。
あーー、やっぱり無理なのかな?
慌てて病院に電話して、夜間救急に行って……。
先生に会いに来てくれました。
その時に、出てきた塊も持っていきました。
流産してるねって聞かされて、これが全部なのかな?もしかしたら、まだ残ってるかもって言われて、手術したら傷ついたらいけないから、次を望むなら自然流産がいいねって話をされて、エコーしたけど、もう何も映っていなくて……。
自然流産する為に子宮収縮剤を出されました。それを飲む事になって、飲んでからが苦しかった。
お腹が痛くて、死にそうで、どの角度にいても痛くて痛くて堪らなくて……。
「うー、うー、うー」って、兎に角、何時間も、もがき苦しんでました。
そして、夜中の3時ぐらいだったかな?トイレに行って苦しみもがいて、塊を産みました。
産んだら痛みがスッーって消えてホッとしました。次
の日、先生に見せなくちゃいけないからジップロックに入れました。
ただ、その後が、悲しかったし、辛かったです。
空っぽになってしまったのを感じました。
あーー、もうお母さんになれないんだ。
この手に抱き締める事は、出来なかった後悔だけが襲ってきておかしくなりそうでした。
八日目の蝉で、永作博美さん演じる主人公が赤ちゃんを盗んだ気持ちをリアルに実感しました。
空っぽで、空っぽで、空っぽで……。
その後、先生から妊娠していいよって言われたのは、三ヶ月後でした。それから、また排卵誘発剤飲んで必死でやりました。
やらなくちゃ、手に入らないから、頑張らなくちゃ、手に入れないから……。
そうやって、頑張って、頑張って、頑張ってきたけど……。
血圧上昇して、あっけなく終わりを告げられました。
あーー、私、見放されたんだ。
そう思いました。
治療しなくちゃ妊娠の可能性は、ほぼないって言われたのに見放されたんだ。
それからは、毎日、毎日、暗闇だった。
絶望、絶望、絶望……。
それしかなかった。
それでも、何度も、何度も、何度も、夫と話し合いを繰り返しましたよ!
夫が、「最後に、もう一回治療したい」って言った時は、おいおい!話し聞いてたのかよ?ってなったりもしたけどね!
時間があいて、話し合った時に夫が、「赤ちゃん前は凄く欲しくて仕方なかった」って言った時に……。
治療して出来たから、もう一度したかったんだなーってのがわかった。
だけど、私は、死にたくなかったから……。
血圧が上は200を超えて下は180を超えてだったから……。
そんなの続けたら、絶対死ぬじゃないって思ったから……。
だから、私は「治療は、無理です。死にたくないから」とハッキリ言いました。
母親が血圧測定不能で、倒れて亡くなってるから余計です。
そして、私はこの苦しみや痛みや悲しみを忘れたくないと思ったのです。
だから、小説に書いてます。
経験したからこそ書ける話だとしたら、心を剥き出しにしてでも書きたいと思ったからです。
それが一番私を救う方法だと私は、信じているから……。
だから、きっと納得いくまでこのテーマを書きたいと思う。
不純異性行為の本編が完結して、下書きに保存していた。
私のあの頃の叫びです。




