臓器提供するんですか?って言われた話
ある日、祖母と母親の病院に行くと、叔母が知らないおじさんといました。
『目がいくらいくら、心臓がいくらで売れるからとか』
などと話していました。
頭の中に?マークが、いっぱい飛びました。
その後、祖母と帰る時にお医者さんに呼ばれました。
『あの、臓器提供されるのですか?』
私と祖母は、『しない』と言いました。
先生は、『何かそんな話をされていたので、するのかと思いまして』と言ってきました。
するならと、ご丁寧に用紙までもらいました。
その日、帰宅した祖母に私は、『臓器提供なんか、しない。したら、許さない』と言いました。
中学生ながらに、叔母と知らない叔父さんが何か怖い話をしてると思ったからです。
母親が、売られるのだと思ったからです!
祖母は、私に『婆ちゃんがどんな事があってもさせないから、絶対にさせないから!』と約束してくれました。
母親は、心臓が止まって亡くなりました。
祖父母の足が遅く、死に目には、会えなかったのですが…。
お医者さんが、繋いで待っていてくれました。
この機械を外したら、亡くなりますと言って、機械を抜かれてピーと鳴って亡くなりました。
私は、いまだにドラマや映画で、このピーと流れる音を聞くと動悸がします。
亡くなるまで、母親に何度も何度も謝りました。
届いてくれてると信じています。
私は、叔母を20年以上許せずに生きてきました。
大人になったら、殺してやるつもりでいました。
何故、大人になってからかというと、祖父母や、姉に迷惑をかけないようにしたかったからです。
私は、途中から叔母を殺さずに許していく事にしようと決めました。
人を憎んで、恨んで生きていく事は、かなりエネルギーを使います。でも、どうしたって、何をしたって、叔母に会わなくちゃならなかったんです。その度に、苦しめられました。許すフリを重ねながら会っていました。
結婚して、会わなくなったお陰でいつの間にか恨みは薄れていました。
叔母は、前の旦那さんと別れ、新しい彼氏が出来ています。
『今が幸せ』だという叔母に、『よかったね』と心底言えた時に私はようやく許せたのだと気づきました。
苦しくても、辛くても、許すフリをし続けてきてよかったと思いました。
憎しみからは、何も生まれないと言う言葉に出会って、何とかフリを続けました。
許すって時間がかかります。
でも、もし、殺していたとしても、私は許せていないと思います。
今だに、その臓器の話やお見舞い話、後もうひとつ叔母にされた話を書きますが…。
その3つの話を話す時、思い出す時、いまだに泣けます。
ただ、今の私としては叔母を許せてよかったです。




