第8話 神殿の少女
少しでも楽しんでいただけると幸いです。
入学してから幾月か立った。日差しが強くなり、暑い日が続いていた。
「もう夏季休暇に入るんだね・・・」
「リネアは歴史課題で訪れる場所は、もう決めたのかしら?」
「まだ・・・。バレッタは?」
「私は、毎年行っているバカンス先の遺跡」
「流石。私の故郷にも歴史的建造物があったらなぁ」
「リー、僕と一緒に行こうよ。場所は君に任せる」
「・・・うん」
バレッタには濁してしまったが、行ってみたい場所は既に決まっている。・・・ただ、バーンを連れて行くのは何故か憚られた。彼は断っても付いてくるだろうけれど。
「・・・神殿?」
案の定、バーンの顔に影が差した。
「そう。溶けない氷に覆われた神殿」
「他の候補はないの?」
「無い。バーンが嫌なら、私一人でも行くよ」
「・・・」
やはり、目の前の彼は頭を縦には振ってはくれない。尚更行ってみたくなった。
「分かった・・・」
「ありがと!」
と言った時、
「俺も行く」
真剣な顔をしたクラウスが姿を現した。途端、バーンが苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「断る」
「お前の意見は聞いてない。おい、リネア」
「・・・え」
二人の剣呑な雰囲気にハラハラしていたところで、突然私に話題の矛先が向いた。
「い、いいんじゃない?」
「決まりだな」
心の中で、ごめんとバーンに謝っておく。ここで断る理由もないのだ。
・・・クラウスが溶けない氷の作り方を教えてくれるかもしれないから。
―また、夢を見た。
『わぁ、流星群』
『綺麗だな』
『うん』
二人で空を見上げる。赤、青、黄、緑、白。
澄み切った漆黒の空に、色彩が加えられていく。
『この空は何があってもずっと・・・、変わらないよね』
『突然どうしたんだよ』
『もし、私達の旅が失敗したら・・・』
『?』
『何でもない!』
雑念を振り切るようにして立ち上がる。旅の終わりが近づいて感傷的になっていたようだ。
『これ、やるよ』
と、手に収まる透明な何かを差し出される。
『石?・・・違う、氷だ』
『俺特製の氷だ。何があっても溶けない』
『すごい・・・。こんな凄い魔法、どうして黙ってたの?』
『俺の生命エネルギーを削ってるからな、その大きさが体に支障をきたさない限界なんだよ』
『ありがとう』
星形の氷を宝物のように握る。きっとこの星は、今日見た流星群だ。
頬が涙を伝う感覚で目を覚ます。懐かしくて、切なくて、ちょっと幸せな気持ちになった。
「・・・」
何気なく、クラウスから貰った氷に目をやる。何故か猛烈に泣きそうになる。
「リー?もう起きた?」
「・・・!今起きた!」
扉が開き、バーンが部屋に入ってきた。小さい頃から我が家を出入りしている彼は、勝手知ったる顔で窓に近づく。彼が窓を開けている隙に、私は咄嗟にクラウスから貰った氷を机の中に隠した。何故そうしたのか自分でもよく分からない。
「じゃあ、支度して。・・・神殿、行くんでしょ」
現在は夏季休暇。私は故郷に帰ってきていた。ここから三人で神殿に向かうのだ。
私は支度を急ぎ、二つの人影に向かって駆け寄った。
徐々に、彼らの会話が聞こえてくる。・・・どうやら穏やかではない様子だ。
「絶対に余計なことはするなよ」
「俺は何も言ってない。・・・あいつに変化があったとしたら、あいつの意志だ」
「違うだろ。バレてないとでも思ったのか?僕も勘づく範囲で、わざとやってるだろ」
「どうしてそこまで怒る?お前は今のままでいいのか?」
「いいよ。思い出して欲しくないから。・・・彼女を諦めたお前なんかに、この気持ちが分かるかよ」
「っそれは・・・」
「事実だろ、お前は逃げたんだ。助けられたかもしれない。・・・あの時、一人で背負わせて・・・死なせることもなかったんだ!」
「・・・」
「分かったら余計なことをするな。僕はずっと彼女だけを見てきた。今も、昔も」
何だか一触即発の雰囲気。私はまずいと思い、出来るだけ明るく話しかける。
「ごめん!遅れた!さ、行こ!」
「リー、遅いよ」
恐る恐るバーンの表情を伺うと、普段の優しい彼に戻っていた。
***
ついに、神殿にやってきた。書物の通り神殿の半分は氷塊で覆われていた。その建物は長い年月を耐えてきたようで、廃墟と言っても過言ではない。
氷の影響からか、周囲の空気も段違いに低い。
「リー、大丈夫?」
そう言いながら、バーンが私の周りを温める。クラウスは寒さに強いようで、顔色一つ変えていない。
「なんか・・・怖い所だね」
心なしか神殿周りの雲が分厚い。周囲もしんと静まり返っている。
「まぁ、過去に闇の封印が解かれたって場所だから・・・」
バーンが緊張した面持ちで答える。
「入ってみよう」
私は大きなアーチをくぐり、地下につながる階段に足を踏み入れる。
階段に片足が着いた。その時、
『あら・・・』
後ろから、鈴の音のような優しい声が響いた。
周囲がぱっと明るくなり、廃墟だった神殿が徐々にかつての姿を取り戻していく。
『久しぶり』
声の主は、まるで女神のような神々しさだ。彼女が歩みを進めると淡いピンクの髪の毛が神殿の地面をなぞった。
「・・・誰?」
『まだ思い出せないのね・・・。いいのよ、気長に待つわ。でもこれだけは言わせて』
彼女は私の目の前に立って、ふわっと私を抱き寄せる。神殿に咲く花の香りがした。
『おかえり・・・。二度と会えないと思っていたわ。一体どれだけ私を待たせるのよ』
可憐な彼女は、「おかげで人間やめちゃった」と冗談か分からない事を言っている。
「ねぇ」
カーラ、やめてくれる?とバーンが苛立った声を出す。
『相変わらず過保護ね。何もしないわよ。貴方こそ、友との感動の再会に水を差さないで欲しいわ』
「変わりはないか?」
『クラウス。私はいつも通りよ。・・・ふぅん、そういうこと』
と、彼女は私達三人をじっくり眺める。
『あなた達、いつの時代も似たようなことしてるのね』
意味深な笑みをした彼女は、優雅にこちらを振り返る。
『ごめんなさいね。まだ貴方をここに入れる訳にはいかないの。時が来たら、またおいで。ずっと・・・いつまでも待っているから』
そう言って、彼女は私を優しくアーチの外側に促す。
私はその言葉に素直に頷いた。彼女からは懐かしい匂いがする。
アーチの外に出た瞬間、景色が戻った。
先ほどとは打って変わり重々しい風景が周囲を囲っている。
「何だったんだろう・・・」
放心状態のままつぶやく。
―心地よい空間だった。
―神々しい彼女に、強烈に懐かしい感覚を覚えた。
―私はあの神殿を知っている。
―今の時代ではない、かつての神殿の姿を。
―そして、神殿に関する記憶は・・・、おそらく良い記憶ではない。
様々な情報と記憶が、光のように脳内を駆け抜けていく。
ぼーっと立っていると、温かい手で肩を優しく叩かれた。
「リネア」
「・・・カーラ?」
ほとんど無意識に、頭に浮かんだ名前を呟く。神殿にいた女性の名だ。
「っ」
隣でバーンが息を呑む声が聞こえた。その反応を見て確信した。―そうか、
「バーン。私に、何を隠しているの?」
以前から気になっていた、彼の不可思議な行動にようやく合点がいった。それもこの学校に来てから・・・、クラウスに会ってからだ。
「クラウスも何か知ってるんだよね」
身近な二人から隠し事をされ続けていた事態に、ショックを受ける。
「俺からもバーンからも本当のことは言えない。カーラに口止めされている。知りたきゃ自力で思い出せ」
「僕は・・・、今のリーがいい。無理して記憶を引き出す必要ない」
「私は・・・。思い出したい。多分、酷いことをした。だから思い出して謝りたいの」
その言葉に、クラウスが頷いた。バーンには申し訳ないけれど記憶がぽっかり抜けた状態は耐えられない。
「そっか・・・。リーが決めたことなら見守るよ」
幼い頃から、いや、ずっと前からバーンは私の一番の理解者だった気がする。
閲覧ありがとうございました!