第7話 変化
ジェットがメインの回です。
交流会当日、ドレスコードを守った豪華な服装でジェットを待つ。
ホールの入り口周辺には、色めき立つ生徒で溢れかえっている。
「リー、何かあったらすぐ来るんだよ。僕も近くにいるから」
「大丈夫だよ。バーンも楽しんでおいで」
まだ何かを言いたげな彼にばいばい、と手を振る。彼は寮を出たときから、私を心配して着いて来てくれていた。
「あ、クラウスだ」
女性の群れを華麗にさばいたクラウスが、遠くからやってくるのが見えた。
「馬子にも衣裳だな」
開口一番、失礼な人。ちょっと仕返しがしたくて、嘘をつく。
「そう?さっき男子生徒に誘われたけどな」
「は?」
「『一緒に踊りませんか?』って。ジェットがいるから断ったけど」
「待て、何て言った?ジェット?」
「うん。ジェットとこの交流会限定で、パートナーになる約束してるの」
「はぁ?」
「クラウスも貴族でしょ?パートナーいた方がいいんじゃない?」
「・・・」
「あ、バレッタはどう?」
「いい。黙れ」
怒った様子の彼は、短い言葉を吐き捨ててどっかに行ってしまった。
「・・・変なの」
以前の彼に戻ってしまったようだ。クラウスの機嫌を損ねてしまい、バレッタにも申し訳ない気持ちになる。
「あ、見つけた」
騒がしい方向を見やると、ジェットの姿があった。他の人より少し背が高い彼は目立っている。
「げ」
彼を囲うように、美しい女性たちが黄色い声を発している。あの中に飛び込めというのか。
お互いを認識できる距離にまで近づき、彼から声を掛けられるのを待つ。私から話しかけると余計な嫉妬を買いそうだ。
ジェットは私のすぐ隣に立ち、キョロキョロと辺りを見回す。立ち止まり、
「俺にはパートナーがいるから、ここまでで」
と言って不満げな女性たちをホールに押しやる。そして仁王立ちで、誰かを探している。
「・・・?」
これは私から話しかけろ、ということだろうか。
「ジェ、ジェットー?」
恐る恐る、横の彼に話しかける。
「う、うわっ、いつからいたんだ!」
本当に驚いた様子の彼が飛び上がった。
「ずっといたよ。新手の嫌がらせ?」
「いや、気付かなかった。すまん」
「・・・いいけど」
ジェットは、呟く私をじっと見つめている。
「何?いつもと違う私に見惚れた?」
からかうように言うと、彼は真剣な顔をして言った。
「馬子にも衣裳、だな!」
私は破顔する彼のスネを思いきり蹴った。
***
「ちょ、ちょっと休憩・・・」
ジェットに断りを入れて壁際で休む。その隙に、女性たちがこぞって彼に話しかけてしまった。
「大変なんだな・・・」
猫を被ったジェットの姿を見て、普段の彼の心労が思いやられた。私達と話している時と、正反対の紳士なのだ。相当無理をしている。
「よし、助けますか」
頼みを引き受けたからには、役目を全うしなければ。気合を入れ直して彼に近づく。
「ジェット!外は星が綺麗だよ。見に行こう?」
「あ、あぁ」
ジェットが煮え切らない返事を残して足を動かそうとしない。猫を被ったままの彼では、目の前の女性を無碍に出来ないのだ。
・・・仕方ない。彼女たちを遠ざける壁が、私の請け負った役目だ。
「行こう!」
彼女たちには申し訳ないが、彼の手を取ってグイグイ引っ張る。後ろから不平不満の声が聞こえたので、心の内で謝っておく。
「・・・星なんか見えないじゃないか」
「咄嗟についた嘘だからね」
私達は、バルコニーで微かに夕焼けが残る空を見つめていた。
「まぁ、お前が来てくれたから少し気が楽になった」
「紳士してるジェット見るのは、非常に楽しかったよ」
「お前・・・!気付いていたなら、もっと早く助けに来ないか!」
「あ、もう素に戻ってる」
指を指してケラケラ笑うと、彼は気まずそうに目を逸らした。
「・・・感謝する」
「気にしないで」
「それと、お前をこんな風に使ってしまって申し訳ない。お前も普通に楽しみたかっただろう」
私は弱気なジェットに面食らう。
「しおらしいジェットなんてらしくないよ。私はそこそこ楽しんでたんだけどな。大人しいジェットなんて滅多に見れないしね」
「普段の俺では、駄目なんだ。俺は・・・、立場を弁えて行動しなければならない」
「ん?」
「いつもの俺は『らしくない』んだと、以前そう言われたことがある。それ以来俺は貴族らしく振る舞うことを心掛けた。そうすれば、自然と皆が語り掛けてくれるんだ」
「ふーん」
「何だ、興味無さそうだな。お前もそう思うか?」
自嘲気味のジェットをよそに、思ったことを素直に言葉にする。
「ジェットはどうしたいの?」
どちらの彼でもいいけれど、無理をしているのであれば良くない。
「俺は・・・分からない」
「他の人が思う理想を演じる必要は無いよ。それに、今の私が素のジェットを見て幻滅しているように見える?私、初対面で喧嘩を売られたんだよ?」
「・・・そうだな、お前は離れていかないな」
「バレッタも、バーンも、クラウスも。誰もジェットを嫌ってない」
「そう・・・だな」
そうつぶやくジェットは、その瞳に夕焼けを宿していた。
「うん。そのままでいいよ」
私も同じ方向を見て言う。
「綺麗だ」
おもむろにジェットが言った。
「うん」
私も相槌を打つ。夕焼けが消えかけていく。
「じゃ、そろそろ戻ろうか!」
そう言って、ジェットを見ると目が合う。びっくりした。いつからこちらを見ていたのだろう。
「・・・顔赤くない?」
「これはっ、夕焼けのせいだ!戻るぞ!」
頬を掻きながら、逃げるようにしてジェットはホールに戻ってしまった。
彼は隠し通せているつもりだから、「少なくともクラスメイトには性格がバレている」とは言わないでおいた。
あんなにも大声で、事あるごとに私に突っかかってきているのだ。が、それを目の当たりにしているクラスメイトは誰も彼を避けてはいない。
皆、既に自然体の彼を受け入れているのだ。
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