第18話 最後の1欠片
混乱してしまう方がいるかもしれないので事前に言っておくと、カーラと会った神殿の空間は現実とは切り離された世界です。
少しでも楽しんで読んでいただけると幸いです!
「じゃあ、神殿に入るぞ」
カーラがいなくなった途端、神殿は再び氷で覆われていた。あの時は行けなかった神殿内部
に、ついに足を踏み入れる時が来た。
「・・・怖いのか?」
「ちょっと」
神殿に入ったら何が起こるか分からない。少し、不安だった。
「僕はここで待ってるよ。そこにいい思い出はないからね」
「分かった」
バーンはアーチの下でひらひらと手を振った。
クラウスと共にひんやりとした神殿の階段を下る。互いに言葉を発さないせいで、靴音が嫌に響いた。
そして、徐々に内部の姿が現れる。びゅうっと鋭い風の音が耳を貫く。
「・・・っ」
そこは氷の世界だった。見渡す限り氷、氷、氷。
時が止まってしまったみたいに空間が凍り付いている。
「変わってないな」
「・・・」
「寒くないか?」
「・・・うん」
寒さなんて感じないほどの衝撃。やはり、クラウスがこの場を凍らせたのだと確信を得る。
「この場所で、クラウスは死んだんだね」
「あぁ。お前が消えて自棄になった」
「・・・」
じっと辺りを見渡す。
ひと際大きな透き通った氷の塊があった。直感で感じた。・・・あぁ、彼だ。
「これ、クラウスだよね」
「多分。俺の体と俺の魔力で作られた氷が一体化してる。時間が経ち過ぎたせいか、もうただの塊だけどな」
「・・・ごめん」
その言葉しか言えない。
「俺らと会ってから、そればっかだな」
「だって・・・」
「ずっと泣きそうな顔してるし」
「・・・」
何も言えず、黙った私にクラウスは苛立ちを表す。
「お前にそういう顔させたくてここに連れ出した訳じゃないんだけど」
クラウスは頭をガシガシと掻きながら言葉を続ける。
「昔じゃなくて今の俺を見ろよ。凍ってるそれは、過去の俺だ。もう過ぎたことだから気にするな」
「今のクラウスって?」
「リネアの目の前にいる俺。・・・俺に何か言うことない?思い出せよ」
思い出す・・・。そうだ、私に残された最後のピース。クラウスとの約束を思い出さなければ。
手がかりを得ようと周囲を観察する。中央は大きな空間になっていて、そこはおそらく私が消えた場所だ。
「あ、れ?」
キラリ
―何かが光った。
はじかれたように駆け寄る。あれは、私の初めての宝物・・・!
300年間、神殿の氷が消えなかったのだ。これが無くなるはずがない。
「・・・思い出した」
星形の溶けない氷を見つめ、最後の記憶の欠片を当てはめる。
透明な氷に、呆けた自分自身が映し出されている。
【じゃあ、約束!もし、来世で出会えたら・・・。私から、クラウスに気持ちを伝えるよ】
「やっと・・・。やっと、思い出せた」
目を閉じると、涙が零れた。
―あの時の私は、来世で会う気なんか毛頭なかった。
彼を好きだと自覚した時、その資格がないと思ったからだ。
泣きそうな彼からの告白を阻止する、咄嗟の嘘だった。
けれどクラウスはその言葉を信じて待っていた。
300年も。・・・ずっと。私を。
「クラウス・・・」
隣に立つ彼を見る。
「いつまで待たせるんだよ」
「・・・ありがとう。私を、ずっと待ってくれていて」
「他には?」
美しい氷の彼が私からの言葉を待っている。
氷魔法が得意で少しつっけんどんな、優しい青年。
たまに怖いときもあるけれど、いつだって私のことを想ってくれていた人。
今なら素直に言葉を伝えられる。あの時言えなかった言葉が、やっと、
「好き。ずっと、あなたが好きだった」
彼を真っすぐに見つめ、300年前に閉じ込めた気持ちを解放する。
クラウスのキレイな瞳は涙で揺れていた。
「遅いんだよ。馬鹿野郎」
言うや否や、クラウスが私を力強く抱きしめる。
―その瞬間、周囲の氷が溶けていった。そして、300年も私を待っていた星形の氷が、手のひらでスッと溶けていく感触がした。
パキパキパキ
抱き合う私達を中心にして神殿が本来の姿を現す。
300年前に時を止められた空間が、ようやく動き出したのだ。
「クラウス、本当にありがとう。もう、逃げないよ・・・!」
「あぁ、絶対離さない」
泣きながら、彼の肩に顔をうずめる。石鹸のような、いい香りがした。
―こうして、長きに渡った、300年間の私達の物語がようやく幕を閉じた。
そしてここから始まるのだ。あの時紡げなかった、新たな物語が。
【完】
ここまでお付き合いしていただき、誠にありがとうございます!
リネアたちの物語を考えている間は、非情に楽しかったです。
いつかその後を書きたいな、と思っています。(書かなかったら申し訳ありません・・・!)




