第17話 神殿へ
視点の切り替わりが普段より多めです。
少しでも楽しんで読んでいただけると幸いです!
時が経ち、身も凍る寒さの季節になった。
「お待たせ」
寮の下で待っていたバーンとクラウスに声を掛ける。
「じゃあ、行こうか」
バーンが歩き出す。
―今日は、300年ぶりに神殿内部に入る日だ。
「ちょっと、緊張するね」
「そうか?凍った昔の俺がいるだけだぞ?」
「え?」
「ちょっと、クラウス。リーはその事知らないよ?」
「あ」
「・・・そうなの?」
私が消えてからクラウスに何があったのだろうか。
未だ溶けない氷、それが全身、ひいては神殿内部まで・・・、それって、
「クラウス、死ぬまであの氷魔法、使った、の?」
「まぁ・・・」
「どうして?」
「それは言えねぇ」
プイ、と顔を逸らされる。
「いいけど・・・。言いたくなったら私に教えてね」
強引に聞き出す必要もないと思った。
多分、おそらく、私のためだと思うから。
**
『どうして?』
・・・リネアの言葉を聞いた俺は、過去を思い出していた。
『あ、あぁ・・・』
目の前で彼女が闇に飲まれていく。リネアは闇の魔力ごと、自身を消滅させるつもりだ。
俺が伸ばした手はことごとく届かない。いや・・・、受け取ってもらえなかった。
『クソ!』
あいつは笑っていた、
俺の手を無視して、
自分だけ吹っ切れた顔で、
勝手に満足して。
俺を残して、消えた。
『もう、魔力がねぇ・・・』
彼女を引き戻そうにも手のひらに収まる氷しか作れなかった。その氷もすぐに溶けてしまう。
『・・・あぁ』
そうだ、まだ俺には魔力が残されている。
『このまま、リネアとずっと・・・』
あいつとの思い出ごと、氷で閉じ込めてしまおう。
俺の命を使った氷で、彼女と永遠に。
『―好きだ』
その言葉は、誰にも届きはしない。
一番伝えたい人はこの世にいないのだから。
最期に見せた笑顔ではない、屈託のないリネアの笑顔を思い出す。
【じゃあ、約束!もし、来世で出会えたら・・・。私から、クラウスに気持ちを伝えるよ】
『・・・そうだ』
脳内で彼女の最期の言葉が響いた。そうだった、あいつはそう言っていた。
『絶対、お前から言わせてやる』
絶望から一転、言いようのない怒りを抱えていた。
『・・・このまま逃げられると思うなよ、リネア』
しかし、今世では願いが叶いそうにない。
『どちらにしろ、来世か』
せめてこの神殿が荒廃しないように、その一心で俺は氷と一体化した。
徐々に意識が遠のいていく。焦る二つの足音が迫る。
『バーンとカーラには、申し訳ないことしたな』
どうか許してくれ。リネアが居ない世界は、俺には耐えられそうにないんだ。
カーラを苦しめる闇の魔力は、俺とリネアが責任を持って封印してやるから。
体が透き通る。不思議と寒さは感じない。
―そのまま意識を飛ばした。
それから何回、人生を経験しただろう。リネアを求めて世界中を探し回るも、一向に彼女の気配が感じられない。
ある日、バーンに会った。一部始終を聞いたあいつは、俺を思いきり殴った。
俺が300年前のリネアを諦めたと思い込み、激高していた。
消滅したリネアを探さず逃げた俺を憎んでいた。
バーンは残された後、最初の生を終えるまで解決の糸口を掴もうとしていたらしい。
それ以来、彼とは会うことは無かった。『ごめんな』、心の中で謝る。
―気の遠くなる年月を過ごした。
もう会えないんじゃないか、そう思った日も少なくない。
いつまでも執着している自分がバカバカしくなっていた。
もうすでに、リネアは俺の前に姿を現してくれないんじゃないか。
俺は、何のために生きている?
気が付けば、俺の生まれた世界ではないのに。
文明が栄え魔法が浸透している。俺と旅した【国の聖女】は、伝説になっている。
―俺はいつまで過去の思い出に縋るんだ?
もう無理か、そう思っていた。
が、ついに。ようやく、彼女を見つけた。
緑の髪を風に遊ばせ、正門を通る後姿に涙が出そうだった。
『・・・っリネア』
俺は必死になって走った。
彼女を捕まえなければ、そしてあの時の約束を―、
**
「クラウス?大丈夫?」
その声にはっとする。リネアは俺を心配そうに見ていた。
「・・・あぁ」
恋焦がれた彼女が、ようやく俺を見てくれる。その事実がたまらなく嬉しかった。
***
「・・・本当に、久しぶりね」
傷一つない神殿のアーチの下、カーラが笑顔で待ち構えていた。
「カーラ!・・・ごめんなさい!私のっ、せいで!カーラの人生を滅茶苦茶にした・・・!」
あの時と、一切変わらない姿のカーラに縋る。
彼女の人生を封印で終わらせないため、そのために私達がいたのに。私自身が彼女を苦しめたのだ。
「気にしないで、私は報われた気分よ。リネアにまた会えたから」
そんな風に笑わないで欲しい。私を許さないで欲しい。
「もっと叱ってよ・・・」
「・・・300年は長すぎね」
「うん」
「それと、一人で突っ走ったら駄目」
「・・・うん」
「もっと私達を頼って」
「・・・う、ん」
「あと、自分を大切に思っている人をもっと大切にして」
「・・・っうん」
「リネア、おかえりなさい」
その一言に、涙が止まらなかった。
泣かないでよ、とカーラが私を抱きしめる。ふわっと安心する花の香りが、鼻腔をくすぐった。
「カーラはこれからどうするの?」
「私は・・・、消滅する」
「え」
目の前が真っ暗になった。嘘だ。
「・・・嫌」
「300年も待ったのよ。本当はもう、魔力がもちそうに無かったの」
「・・・嫌だよ。私が出来る事なら何でもする」
「ありがとう。その言葉が聞けて嬉しい」
「本当に無理なの?」
「私の目的は4人でまた出会う事。それが達成された今、未練はないわ」
泣きながらカーラを見上げると、清々しい表情をしていた。
「大丈夫、きっとまた会える」
カーラは泣きじゃくる私の頭をひと撫でして、クラウスとバーンに近寄る。
「二人共、これからもリネアを守りなさいよ。もう二度と目を離さないで」
「あぁ」「もちろん」
その言葉を聞いて、カーラは安心したように笑う。
「そろそろね・・・」
快晴の空を見上げ、彼女が呟いた。足が輝く粒子となって散ってゆく。
「カーラ、ありがとう」
300年間、私を待ち続けていた親友に別れを告げる。
―さようなら。
孤独な私に、初めて人の温もりを教えてくれた人。あの時の温かさは一生忘れない。
「次は会うのは、300年後かしら?」
無邪気な笑顔を残し、カーラは消えた。
輝く粒子を乗せた心地よい風が、3人の間を抜けていった。
次で最終話です。カーラとの再会はいつか書けたらいいな、と思っています。
閲覧ありがとうございました!




