第14話 戦友
ある二人の気持ちに区切りがつく話です。
クラウスと気まずいまま、文化祭当日を迎えた。
裏方の仕事は演者とは関わりが少ない。あの一件以来、彼とは一言も話していなかった。
「いよいよ本番ね」
「聖女様、頑張って!」
「その呼び方止めて。・・・リネア、いいの?」
「何が?」
「クラウス様と喧嘩したんでしょう?彼、ずっと機嫌が悪いのよ」
「そう・・・」
私のせいでクラスメイト達に迷惑をかけてしまったことは罪悪感を覚える。が、クラウスに謝る気は毛頭なかった。
「リネアがいいならいいの。今日は劇を成功させるわよ」
「うん!」
精一杯練習したのだ、ひとまず劇を成功させる。その後、彼のことを考えようと決めた。
「緊張してきた・・・」
「奇遇だな、俺もだ」
ジェットと舞台袖で縮こまる。舞台上では、バレッタが完璧に聖女を演じていた。
「お、クラウスだな」
黄色い声と共に、騎士役の彼が登壇した。その顔は心なしか不機嫌そうに見える。
「そろそろだよ!」
バーンが小さな声で指示を出す。バレッタ演じる聖女とクラウス演じる騎士が出会った時、ジェットと共に花びらを散らす予定だ。この技は本当に難しくて、一番緊張するポイントだった。
「いくよ、ジェット!3,2,1、それ!」
二人で風魔法をシンクロさせる。練習の甲斐あって、見事にふんわりと色とりどりの花びらが宙を舞った。
「やった!」
私は嬉しくて、思わずジェットの肩を抱いて喜んだ。驚いたジェットが小声で慌てふためく。
「リネア!何するんだ!」
「見て。会場も盛り上がってくれてる!」
「あぁ、そうだな・・・」
ジェットは、はしゃぐ私を眩しそうに見つめた。
「残念だが俺では・・・、お前を留めておく事は出来ないようだ」
「??何?聞こえない!」
クラウスが予定にない氷魔法を使ったらしく、会場は再び盛り上がっていた。
「ありがとう」
吹っ切れた表情のジェットが、肩からそっと私の腕をどかした。
準備期間の楽しさ、本番当日の嬉しさ。そして、その両方と比例する片付けの喪失感。
ほんのり薄暗くなった夕方、クラス全員で後片付けをしていた。
「もうおしまいなんだね・・・」
「そうね。私も少し悲しいわ」
「でも、楽しかったな」
「えぇ。・・・でもまだ終わってないのよ?」
「あ、後夜祭!」
文化祭の片づけ後、夜に後夜祭が行われる。場所は交流会と同じ、だだっ広いホールだ。
「じゃあ、このゴミ捨ててくるね」
私は風で大量のゴミ袋を浮かせ、一人で暗い外に出る。ゴミを指定の位置に降ろし、鼻歌を歌って歩いた。後夜祭でクラウスに話しかけてみようかな、なんて考えながら教室までの道のりを辿る。月が雲から顔を覗かせると同時に、人影が見えた。
「・・・リネア、ちょっといいかな」
「バーン!お疲れ様。どうしたの?」
「君に、伝えたいことがあるんだ」
「うん」
私が返事をして黙ると、静寂が訪れる。周囲に人がいないらしい。
「?」
「前に、言ったこと覚えてる?」
「いつ?」
「『旅が終わったら、君に伝えたいことがあるんだ』」
その言葉に、目の前のバーンと過去の彼が重なる。
「覚えてるよ」
私が感傷的になっていた時のことだ。旅が終わったら3人との別れがやってくる、それが嫌だった。
「今、伝えたいんだ」
「・・・うん」
バーンの瞳が真っすぐに私を捉えていた。温かくて、ずっと私だけを見守っていた瞳。
「リネア、ずっと前から君が好き。300年前からずっと君だけを想っている。僕の気持ちは・・・、受け入れてもらえますか?」
―答えは、既に決まっている。
「・・・ごめん、なさい」
バーンから顔を逸らさずに答える。私の答えに後悔はない、けれど、辛い。
「ごめんね、ずーっと私を傍で見守ってくれてたのにっ、同じ気持ちを返せなくて」
「・・・何でリーが泣くのさ」
掠れた声のバーンが笑う。
「何となく気付いてたんだ。記憶が無くてもリーは、心の底からクラウスを求めてるんだって」
ずっと見てたからね、と彼は辛そうに笑った。
「バーンは、私が辛い記憶を取り戻さないようにしてくれてたんだよね?」
迫害されていた辛い記憶。彼はそれをずっと阻止してくれていたのだ。私とあの村で育つ間、ずっと。
彼の見えない優しさにぎゅっと胸が締め付けられる思いをしていると、予想外の返答が返ってきた。
「・・・違う」
「え」
「それもあるけど・・・。リーが過去を思い出したら、僕に勝ち目が無くなるっていうのが一番の理由だ」
「えっ」
「・・・リー。僕、そんなにできた人間じゃないよ」
バーンは呆れながら言い、両手を広げた。
「はい」
「・・・?」
「ハグ。これくらい大丈夫だから」
「う、ん」
いきなりの要求に戸惑う。
「僕、君に振られた直後で傷心なんだ」
「うっ」
彼は意地悪くこちらを見ている。ハグくらいならいいか、と恐る恐る彼の腕に収まる。
「君が居てくれて、本当に良かった。本当に、二度と会えないと思ってたんだ・・・」
ぎゅっと腕に力が籠められる。
「300年、分かる?僕とクラウス、カーラが君を探していた期間だ。・・・その間に何回、僕は死んだんだろう。君のせいでどの時代もずっと独り身だったよ」
「300年間、ずっと・・・?」
まさか、
「ずっと、生まれ変わってたの?300年も?!」
「そうだよ。僕とクラウスはね」
「・・・あ」
文化祭準備期間中に起きたクラウスとの喧嘩を思い出す。
『勝手にクラウスが待ってただけじゃん!』
あぁ、彼に酷い事を言ってしまった・・・。300年もの間、ずっと私を探してくれていた彼の気持ちを、他でもない私が否定したのだ。
「私、クラウスに謝らないと」
「そうだね。多分、リーがクラウスに酷い事言ったんでしょ?でないと、あいつはあそこまで怒ったりしない」
「・・・お見通しだね」
まあね、と僕は、そっとリネアを開放する。
「行っておいで」
リネアが離れると腕の温もりが消えた。
「あぁー」
彼女の姿が見えなくなったのを見届けて、その場に座り込む。
「完敗だ・・・」
今も昔も、僕はリネアの心を手に入れることは出来なかった。
「好きだったなぁ」
出会った時の彼女は、この世を見限っていて正直苦手だった。
でも徐々に感情が豊かになって、ある日、僕に笑いかけてくれた彼女に一瞬で心を奪われた。
「ま、いいか」
彼女の傍にいることは許される。リネアの笑顔を一番そばで見守るだけでいい。今までと変わらない。ただ・・・、僕に恋をしてくれないだけだ。
「そうさ、恋以外の感情は僕が貰う」
気を取り直して立ち上がると、クラウスがいた。
「・・・いつから見てたんだよ。悪趣味だな」
「お前こそ、俺とリネアが喧嘩しているのを狙って告白しただろ」
「もちろん。悔しいけど惨敗だ」
「相変わらず腹黒いやつ。・・・でも、俺はお前が居てくれて良かったよ」
「急だね」
「昔を忘れてない奴がいて、俺も救われたんだ。ありがとう」
「あっそ」
僕もだ、なんて口が裂けても言いたくない。
―かつて、想い人と親友を同時に失った記憶を思い出す。
ジェットはリネアが自分を振り向くことはないと悟り、自ら気持ちに区切りをつけた感じです。
閲覧ありがとうございました!




