第13話 失言
ちょっと短いです。
少しでも楽しんでいただけると幸いです!
準備期間も終盤になったある日。
既に日が傾き、生徒が校舎から寮に帰っていく姿が増える時刻。中庭で演出の合わせをしていた私も、そろそろ帰ろうかと思い始めていた頃だ。
「ちょっと覗きたいな」
帰る前に、教室の進捗具合が気になった。演出組は教室での作業が少ない。
戸締りはまだだされていないが、暗くなった教室には誰もいなかった。
「わぁ」
ドアを開けると完成間近の舞台が私を待ち受けていた。主な舞台はやはりあの神殿だ。大きなアーチと、神聖な支柱。現代の神殿の元の姿そっくりだ。違うのは周囲を覆う氷が無い事くらい。
あっけにとられていると、扉が音を立てて開いた。
「はぁ、早く着替えたい。・・・あ」
疲れた様子のクラウスがいた。噂通り、騎士の格好がよく似合っている。
「うわぁ、本当に騎士みたい!」
「・・・そうか?」
「うんうん!何だか昔を思い出すよ。それにやっぱり、バレッタとお似合いだね」
バレッタの美しさとクラウスの高潔さがあれば、舞台は成功に違いない。浮かれる私は、クラウスが舌打ちをしたのに気付けなかった。
「そういえば、お前と会った時はこんな格好していたかもな。随分前のことで、忘れていたが」
「忘れてた、の?」
ちょっとだけ胸が苦しい。私達・・・、私との記憶も彼にとってその程度なのかと悲しい気持ちがした。
「どれだけ頭がいい奴でも、流石に300年の出来事を全て覚えるのは無理だろ」
それに、と彼は続ける。私はクラウスが怒ってるように感じた。
「お前も覚えていなかった癖に」
「・・・!」
グサッときた。何も言い返せない。
「あぁ、お前は300年前のことは昨日のように覚えているのか。そうだよな。今まで俺を残して、ずっと姿を現さなかったんだから」
自嘲気味に彼が笑うと、周囲の気温がぐっと下がった。明らかに私に対して悪意を向けていて、どうしたらいいのか分からない。
が、最近は記憶を取り戻そうと努力して、ようやくほとんど思い出せた。クラウスもそれを知っているはず。だというのに、その言い草は何だと思っていたら・・・、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「っ勝手に、クラウスが待ってただけじゃん!」
言った後、まずいと思った。今のは確実に彼を傷つける一言だった。
「・・・は?」
クラウスの怒りに呼応して氷が床を這う。
「お前、今・・・、何て言った?」
ジリジリと壁に追いやられる。暗い教室ではクラウスの顔が影になって見えない。・・・怖い。
「なぁ、何て言ったのかって聞いてんだよ」
「ご、ごめ―」
「俺がお前を、勝手に、待ったって?いい加減にしろよ」
「そんなつもりじゃ・・・」
クラウスを宥めるように、迫ってくる彼を止めるように両手を前に出す。
「・・・あの時、約束をしたのはお前だろ!」
「やく、そく?」
「俺が、どれだけ―」
興奮状態のクラウスが、私の両手をガッと掴む。瞬間、私の指先からパキパキと氷が広がった。
「ち、ちょっと」
「いっそ・・・、凍らせてやろうか。二度と逃げられないようにしてやる」
とても冗談には聞こえない真剣な表情をしている。この怖気は、肘まで浸透している氷から感じているのか、はたまた目の前の彼か。
「なぁ」
掴まれた両手が後ろの壁に貼り付けられる。だんだん、端正なクラウスの顔が近づいてきた。違う、こんなの、望んでない。
風魔法で彼を強引に引きはがそうと、無理矢理手に力を込めたその瞬間、
「―おい、何してんだよ!」
荒々しい怒号と共に、クラウスが吹っ飛んだ。彼のいた場所には、息を乱したバーンが居た。
「バーン・・・」
ほっとする。あのままでは本当に氷漬けにされかねなかった。
「リー、大丈夫!?あっ、手が凍ってるじゃないか!」
慌てるバーンが、暖かい両手で私を優しく温める。指先からすっと氷が解けていく感覚がした。私を温めながら、バーンがクラウスを睨む。
「何をしたのか、分かっているのか?」
「・・・」
クラウスは床に座り込んだまま顔を上げない。
「行くよ」
そのまま両手を引かれて、私はバーンと共に教室を出た。
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