第10話 追憶1
前半は現代、後半は過去の話です。
分かりにくい方は、「」と『』の差で判断してくださると嬉しいです。
―時は流れ合宿当日。
私達は、学校から少し離れた土地に到着した。自然が豊かでどこか大好きな故郷を思い起こされる。
午前から夕方にかけて魔法の訓練を行い、その後は遊びの時間という予定だ。
「バレッタと隣の部屋で嬉しいなぁ。夜更かししようね」
大きなホテルを見上げ、合宿への期待感を膨らませる。
「そうね。学びも遊びも全力で取り組みましょう」
「・・・クラウスとの進展はあった?」
イベントと言えば、恋。定石だ。が、バレッタが衝撃の発言をした。
「クラウス様はもういいの」
「ど、どうして?!」
親友の恋の応援をするどころか、逆に諦めさせてしまった?
「静かにしてよ。ずっと前からクラウス様は諦めているわ」
「・・・クラウスと何かあったの?」
「無いわ。無いからこそ諦めがつくの。その程度の気持ちだったってことかしら」
「そっか・・・」
「リネア、貴方のおかげで気付いたのよ」
えっ、と顔を上げるとバレッタはからかう様な笑みと私を残し、颯爽とホテルに入った。
「ふふ」
先ほどのリネアの顔を思い出し、笑みが零れる。
「クラウス様も大変ね」
ホテル内で立つ美しい青年を視界にとらえた。彼はホテルの入り口を気にしている。
「リネアならそろそろ来ますよ」
「バレッタか・・・」
気まずそうに、彼は俯く。
「頑張ってくださいね」
表情の少ない彼が、はっとしたようにこちらを向いた。
「何だか二人の間には強い絆があるみたいだから」
「あぁ」
「でも―」
入り口でリネアの荷物を手にした、赤髪の青年を見ながらバレッタは言った。
「私はバーンの味方かも。彼はリネアを見る時・・・たまに酷く切ない顔をするんです」
「・・・だろうな」
「いいんですか?」
ムキになると思っていたから、余裕な反応に面食らう。
「あいつは俺を選ぶ」
「・・・!」
自信を多分に含んだ笑み。垣間見える執着。彼女の前では一切見せない表情。
リネアとは出会って間もないはずなのに。
が、この自信は決して彼の強がりではない。バレッタは思わず戦慄した。
「これは諦めて正解ね・・・」
むしろ、彼からリネアを守りたいとさえ思った。
午前中は頭と体を酷使し、そしてやってきた夜。ホウホウと、フクロウの鳴き声が響いている。
一日目の夜は特にイベントもなく、私は暇を持て余していた。バレッタは疲労困憊で遊ぶ気力は無いらしい。
「・・・外出てみよう」
夏も過ぎ去り、夜は風が吹くと寒い。前に流星群を見た時も、同じような寒さだった気がする。
「大丈夫・・・だよね?」
外出禁止令は出されていないが、辺りは山に囲まれている。遭難でもしたら大変だ。特にバーンが心配するだろう。
「よっと」
三階の窓から魔法を使ってそっと降りる。隣の部屋の電気は既に消えていた。
シャクシャクと地面の草木を踏み分ける。目的もなく飛び出してしまったので飽きるまで歩こうと思い歩みを進める。
何分経っただろうか。そろそろ戻ろうと思った時、隠れるようにして佇む廃墟が姿を現した。長年、雨風に晒されて当時の姿は見る影もない建物。
「・・・不気味」
好奇心と恐怖心がせめぎ合う。勝ったのは好奇心だった。
「お、お邪魔しまーす」
人一人が辛うじて住める大きさの家屋だ。ぽつんと、周囲から離れた位置にある。こんな辺鄙なところでかつての住人は、一体何をしていたのだろう。
「・・・?なに、これ」
何気なく床を見ると、赤い何かがあった。これは―、
「血?」
微量な魔力を含んでいる。これは普通の人の血じゃない。
でも、信じられない。だって、
「私・・・の?」
―突如、記憶が強引に引っ張り出される。キーンと酷い耳鳴りが響く。
ガサガサと足音がする。複数の人が周囲を歩いているらしい。
『まだ、私を・・・、追いかけてるの・・・』
床に横たわり気力を失った私には、もうどうでも良かった。
『何にも、してないのに・・・なぁ』
ただ、私も皆と一緒に暮らしたいだけなのに。頬を涙が伝う。
友達を作って、野原で遊んで、いや、家業を手伝うのもありだな。どっちにしろ普通に―。
『もう、どうでもいっか』
脱力して目を閉じる。
生まれたときから、自然災害は全て私のせいだった。親も兄弟も知らない。
昔から常人を超えた魔力の私は、畏怖の対象だった。
都市から離れたこの地では、まだ『魔法』という概念が浸透していないのだ。
―あぁ、頭の血がまだ止まらない。床にポタポタと血だまりを作っている。力を振り絞り、血に魔力を込める。
ここに私がいたという証拠が欲しかった。まぁ、誰も気づきはしないだろうけど。
『・・・辺鄙な場所だな』
『本当にこんなところに人が住んでるの?』
『私の見立てによると、ここのはずなんだけど・・・』
『カーラ、お前間違えたんじゃないか?国の聖女でも失敗はするんだな』
『覚えていなさいよ、クラウス。何があっても治癒してあげないから』
『ちょっと二人共!とりあえず手分けして探そうよ』
3つの足音が散らばる。
加えて、ガチャガチャと金属がぶつかる音がした。どうやら、高貴な衣装を身に纏った奴らのようだ。
中でも一つ、真っすぐこちらにやって来る気配があった。
『動物の小屋・・・か?』
無遠慮にドアを開けられる。突如入り込む日差しが閉じた目を貫いた。
『・・・っ』
透き通るような氷の瞳と目が合う。
濁りきった私の目では彼を汚してしまいそうで、思わず目を逸らした。
この世を諦めかけていた私とは正反対に、彼は真っすぐな瞳で・・・、
『お前を迎えに来た』
―これが、初めて会った彼から発せられた一言だった。
閲覧ありがとうございました!
書いているうちに、予想以上にリネアの過去を過酷にしてしまいました・・・。




