神と罪のカルマ オープニングfirst【07】
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《───意識不明の重体であるとのことです。犯行現場に残された証拠から警察は……》
「ただいまァ」
あの後、海琉と別れた仁樹は歩き慣れた帰路を辿り、自分の家へと無事辿り着いた。
帰宅の挨拶とともに、仁樹は一つの扉を開いて中へ入って行く。
白い外壁の一軒家はこの辺りでは大きい方。
備え付けられているインターホンは来客の姿を液晶画面に高画質で映し出す最新型。防犯カメラも何か所かに設置されていて、鍵も正面玄関と裏口それぞれに二つずつ。そして、窓も全て防犯ガラス。
ここで番犬もいれば完璧なのだが、残念ながら諸事情により飼うことができない。
だが、番犬がいなくてもなんとも防犯意識の強すぎるであろう一軒家であろうか。
そんな一軒家が仁樹の実家であった。
「お兄ちゃん……?」
「ん?」
鍵を閉め、靴を脱ごうとしたとき階段の方から眠たそうな声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、小さい男の子が一人。階段の柵に抱き着きながらこちらを眠たそうな顔で見ていた。
「おォ、灯真」
その姿は、まるで仁樹をそのまま子どもに戻したようであった。
切れ長の目でも幼さゆえの柔らかさを持ち、その漆黒の髪は仁樹のような染める痛みを知らない。
まだ男前には程遠いが子どもらしく可愛らしいその顔は、将来が期待できそうな顔立ちだとよく言われている。
大人とは違い、純粋さ溢れる可愛いい子ども。
名は、財峨灯真。
仁樹のたった一人の弟である。
「おかえりなさ~い」
「おう、ただいま。トイレに起きたのか?」
「うん、そぉ~。でね、ドアの音聞こえたから、お兄ちゃんかなぁ~って」
眠そうに眼を擦ってトテトテと歩き、兄である仁樹の腰に甘えるように抱き着いてくる灯真。
抱き着くという可愛らしい癖を持つ弟。その頭を優しく撫でると嬉しそうに微笑んで見上げてくる。
「お仕事お疲れ様~」
「ありがとうな」
眠たさを我慢しながら労ってくれるその姿に愛らしさを感じ、そのまま抱き上げた。
抱き上げることはできるが、灯真はもう小学二年生。昔のようには軽くはない。
だが、腕で抱えるその重さが弟の成長を表していて、兄である仁樹は嬉しくなるのだ。
その小さな背中を優しく叩きながら、仁樹はリビングの方へと歩き始めた。
リビングへと続く扉のガラスからは薄っすらと明かりが見える。それが何のために付けられているのか。理由がわかっている仁樹は迷わずその明かりのもとへと向かう。
「あのね~、お姉ちゃんと一緒に、カレー作ったんだよ~」
「そうかァ、それは格別に旨いだろうなァ」
眠たいながらも、今日あったことを一生懸命伝えようとする灯真に仁樹は優しく応える。
そうして、リビングに続く扉を開き、明かりの発信源である場所に目を向けた。
その目に映るのは、ソファーに寄り掛かって眠る一人の女性――
(やっぱり――)
予想通りの光景……でも、それは彼が望んでいた光景で。
やっと仁樹は肩の力を抜き、ゆっくりとその女性のもとへと近づいていく。
『息が止まるほど美しい』
『美しさに心が奪われる』
『絵にも描けない美しさ』
まさに目の前で眠る女性に相応しい言葉たちであろうか。
光に照らされることでより一層の輝きを見せる髪。色は明るい。
まつ毛は誰もが羨ましく思う程に長く。桃色を帯びた頬と形のいい唇はきっと触ると柔らかいであろう。
服から除く肌は白さを持ち、身体は女性としての魅力に溢れ整っている。
全てに恵まれたその姿は、すれ違う者すべてが振り向く。見た者は全て見惚れてしまう。
そう、誰もが彼女のことをこう表現するだろう――
『絶世の美女』と―――……。
「ただいま」
仁樹は静かに彼女へと近づく。
「朋音」
彼女は、仁樹にとって愛しき存在。
愛しき女性であり、かけがえのない者――。
縁 朋音。
財峨仁樹の初恋であり、最後の恋。
そして、一生の愛を――、
一途で、『揺ぎ無き愛』を誓った、たった一人の女性である。
「――……ひとき、くん?」
仁樹に名前を呼ばれ、朋音はゆっくりとその瞼を開いた。
ブラウンの瞳――彼女の優しさがいつも映る瞳。
その瞳に、仁樹の姿が映ったとき。朋音は嬉しそうにほほ笑んだ。
「あー仁樹くんだぁ。おかえりぃ」
「あぁ、ただいま」
『慈愛』が込められた彼女の微笑み。
その微笑みを見るだけで、仁樹は「あぁ、今日も彼女のもとに帰ってきた」と思うのだ。
彼女の微笑みは仁樹の宝物――
ずっとそばで見ていたいと願う、無くてはならないもの――
「いつも、待っていてくれてありがとうな」
「ううん、私が、少しでも仁樹くんと会っていたいの……」
眠ってしまったけれど、と目を擦りながら彼女は嬉しい言葉を言ってくれる。
その言葉は、仁樹の身体に染み渡るように。心を温めるかのように広がっていく。
(朋音を好きになってよかった……)
「仁樹くん」
そう言って彼女は両腕を仁樹の方へと向けて広げた。
これは二人の決まり事だ。仁樹が帰宅したとき、二人はいつも「おかえりなさい」と抱きしめ合う。
「あ、でも……」
だけど、いま仁樹は灯真を抱き上げている。
一度下ろそうかと考えたが、耳元に聞こえる寝息から戸惑ってしまう。
「大丈夫」
だけど、問題ない。言葉の通り、『大丈夫』。
朋音はソファーから立ち上がり、そのまま二人ごと抱きしめた。
「あ……」
「こうすればいいんだよ。こうすれば、大丈夫」
彼女の体温と鼓動が、触れ合った場所から伝わってくる。
それだけで安心で。それだけで幸せで。
『個人的な平和』の一つがここにある――
「今日も一日お疲れ様……私の愛しい人。帰ってきてくれてありがとう……」
「あァ、お前もお疲れ様……俺の愛しい人。待っていてくれてありがとう……」
愛しい人がいる。
愛しい人がいるから、この世界を生きていける――
そして、今日も、仁樹の鼓動は。
愛しい人と生きるために鳴り続けることができた――……
神と罪のカルマ オープニングfirst 終
神と罪のカルマ オープニングsecond 続
登場人物紹介
●財峨灯真……
仁樹の年の離れた弟。抱き着き癖のあるちょっと泣き虫な男の子。少し身体が弱い。
●縁 朋音……
本作のヒロイン。「絶世の美女」と称される慈愛に溢れた女性。
恋人である仁樹に一途で、『揺ぎ無き愛』を誓っている。