神と罪のカルマ 敗者復活戦first【06】
〇
「畜生。覚えてろよ……」
都会は夜になっても眠ることはない。
それは仕事帰りだったり。飲み会だったり。大学の集まりだったり。はたまた夜のお仕事だったり――と理由があったりなかったり。
本日の仕事を終えた仁樹も周りの人々と同じように足を動かして自宅への道を歩んでいた。
……が。せっかく女性が好むであろうその顔は思いっきり『絶望』を浮かべていたのであった。
視線は右手に持っている白いビニール袋。
中身はご存知、料理長が作ったカレーパスタが入ったタッパが一つ。
あの後、いくら抗議してもカレーを平等に分けるという提案を受け入れて貰えず、仁樹はあの激辛料理を不平等に一人大量に持って帰ることになってしまったのだ。
「死んだな、コレ………」
勿論、その言葉の意味は仁樹の命ではなく、仁樹の舌のことについてなのだがいささか間違っていない。
一口食べただけでも舌がしびれるほどの強烈な辛さが襲い掛かってきた料理だ。そんな恐ろしいカレーをこんなタッパいっぱいの量を食べたとしてはたして仁樹の舌は大丈夫なのか。下手したら話すこともままならなくなるかもしれない。
幸いにも明日は丸一日休み――なのだが、その日は朋音と久々に出掛ける日でもあった。
二人して楽しみにしていたデートの日だ。舌がやられて中止になるなど御免被りたい。
「家に甘いもんあったかなァ……」
だからと言って、こんな刺激物をいつまでも冷蔵庫に入れておきたくないもので。料理人らしく甘いものでアレンジをしてさっさと食べて片付けたい。
料理人として料理を捨てることは決してあってはならないこと。だが、何故食べ物に恐怖を感じなければいかないのか。
内心、隅でそんなことを思いながら重く感じる右腕を揺らし、愛しい彼女が待つ部屋を目指して歩いていく。
……のだが。
「リンゴはあったはずだよな――?」
何かを踏んだ。
「あァ?」
何を踏んだのか。立ち止まって自分の足元を確認する。
スニーカーの下にはそれは長く、先が5つの尾に分かれたまるで生き物のようなものがビルの間から出ているではないか。
……というか、生き物だった。
「……腕?」
妙な所で冷静になる。
仁樹が踏んだものは間違えなく人の腕であり、そのまま視線を動かして腕が生えている場所を辿っていくとビルとビルの間にある『それ』が目に映った。
「……あッ」
普通に倒れている人がいた。
「…………」
動きを止めて無口になる。
勿論、日本の首都程ではないがこの街は『都会』に分類されるわけで。
このように街中で、しかも夜に倒れていてもなんら驚くことでもない。
飲んで置いてかれたのか喧嘩でやられたかが大体だ。
その為、仁樹がただいま停止して無口でいるのは驚いたからではない。
(あー……)
悩んでいるのだ。関わるべきかどうか。
腕を踏んだ以上、謝らなければならない。それにそもそも倒れている人をほっとくのはどうなのか、と。
しかし。だからと言って倒れている者全員が安全というわけではない。
愚痴やらわからない説教やら。はたまた酔った勢いでの暴行など。
後者は暴力というう名の話し合いで撃退することは容易くて可能だが、前者はそうとはいかない。
「というか、意識あるのか?」
何よりもそこが問題だ。先程から見ている限りピクリとも動きを見せていない。
返事は無い──、と某有名ゲームのお決まりの台詞が当てはまるかのように動く気配がない姿にもしかしたら酔いつぶれているのか――としゃがんで顔を近付ける。
結果、酒の臭いはしない。また見える範囲で身体を見てもとくに暴行を受けた形跡は見当たらない。
「仕方ねェな」
踏んでしまった上このような姿をしっかりと見てしまった以上、関わる選択を取るしかなくなってしまった。
愚痴やらなんやらになったら適当にあしらいながら交番かどっかに投げ入れていこう、とトンデモないことを考えながら倒れている人物へ左手を伸ばした。
「おい。生きてるか?」
「……」
揺らしてみるが返事がない。だが、よく見ると肩が微かながら動いてるのでただの屍ではないようだ。
もう一度、呼びかけながら身体を大きく揺らす。
「おーい」
「…………う……」
二度目の揺さ振りで声が聞こえた。
「大丈夫か?」
次は軽めに叩くようにして相手の意識を覚醒させようとする。
「ん…………うっ……う」
「こんな所で倒れてなんかあったのか?」
「……!!、うっ!?」
「おい!?」
相手の意識が戻った。しかし、安心もつかの間。突然腹を抱え込み、苦しみの声をあげ始めたのだ。
さすがの仁樹でもこの様子に焦り始める。
「腹痛ェのか!?」
もしかしたら腹痛で倒れていたのかもしれない。そんな考えが頭の中を過ぎりながら即座にスマホを取り出した。
指を動かして救急車……ではなく、『博士』へと連絡を取ろうとする───が、ひとつの手がその行動を阻止する。
「………」
「おいッ!?」
腕を掴んだのは倒れた人間の手。震えながらも必死に仁樹の腕を掴む手にまたしても驚きを隠せなかった。
「……ら……た」
声が聞える。
痛みを訴えるような呻き声ではない。しっかりと、言葉を発しているであろう声。
何をそんなに必死に伝えたいのか。弱っているであろう身体では想像できない力で掴んで来る人物に仁樹は声を聴くために顔を近づけた。
微かな弱々しい声で聞えたのは―……
「ハラ…………減った…………」
「………………………………はァ?」
よくある落ち。
「メシ……」
「……」
自分の眉間に皺が寄るのが分かった。
そして出会った。




