神と罪のカルマ 敗者復活戦first【01】
〇
「辛っ!!」
「辛ーい!」
「辛いです!」
「辛過ぎだわ」
「辛いッス……」
とある休憩室から辛さを訴える若者たちの声が聞こえてくる。
水を流し込んだりとそれぞれが何とかして舌に残る辛さから逃れようと奮闘しているのがわかる。
「そんなに辛かったかい?」
辛さと戦う若者たちの姿を見て、料理長――次屋幸司郎は顎に手を当てながら首を傾げた。
「若いから辛くても大丈夫かと思ったんだけどねぇ」
(なんで『若い』と辛いのが大丈夫なんだよ……)
「なんで『若い』と辛いのが大丈夫なんだよ!?」
彼らが口にしているのは辛さを代表する料理――カレー。
しかも家庭で出てくるようなカレールーで作られる甘口やら中辛のようなではなく、赤々としたスープカレーのようなもので、それを作った料理長へと一番最初に辛さを訴えたオールバックに黒縁メガネの男――東条雅晴が突っかかる。
そして、口にはしていないが雄々しいよりも荒々しい彼とそっくりそのまま同じセリフを心中にてツッコミを入れた青年が一人。ちなみに辛くていまだに頭を上げていない。
日本のとある料理店。
そこは幅広い世代に親しまれる人気の料理店だ。
店名は『グーテンターク』。意味は、『こんにちは』。
その厨房で一人の青年は働いていた。
日本人の平均身長を超える長身に鍛えられた身体。
女性が好むであろう整った顔立ちに漆黒の瞳をもった切れ長の目。
そして、何よりも目が惹かれるのは髪だ。
髪は短く、地毛であろう瞳と同じ漆黒の髪に不規則に染められた金の髪。
二色の短い髪を一番の特徴とする青年――名前は財峨仁樹。
店内に合わせられた黒の調理服を着こなしてこのグーテンタークで働く若き料理人の一人だ。
「料理長。夏に辛いものって気持ちは分かりますけどコレは辛すぎッスよ……」
辛さに打ち勝ち、料理長の考えを尊重しながらももう一度素直に感想を伝えた。
梅雨が明けた七月。太陽はジリジリと燃え上がって夏の季節を伝えてくる。
昔から「暑い時は辛いもの」とはよく言ったものだ。その考えに基づいて、定番であるカレーとグーテンターク内にて一番人気の高いパスタとコラボさせた季節限定メニュー「カレーパスタ」を考えたらしいのだが、試食してみたらの感想がこれだ。
彼らの心の言葉をはっきりと伝えよう。
店に出せる辛さではない。
「希世なんか痩せ我慢してますけど涙目ッスよ」
「痩せ我慢してませんわ、仁樹先輩」
「目赤くして言われてもなァ」
「この辛さはお洒落な店で出すレベルじゃないでしょー!」
「何処かの激辛料理店の辛さですよ、コレぇ……」
「つーか、スパイスどんだけ入れやがった!!」
「そんなに気になるかい。雅晴?」
青筋を立てながら荒々しく詰め寄られているのにも関わらず料理長は気の抜けたような声で返事を返す。
「先輩。見てきた方が早いと思います」
「……そうする」
そろそろ頭の血管が切れそうな気がしたのか。仁樹はこれ以上雅晴の地雷を踏まないように注意しながら確認してくるように促した。
「いや~仁樹助かったよ。雅晴は料理と奥さんのことになると周りが見えなくなるからね~」
「はァ……」
物腰が柔らかいが会話からわかるように何処かズレている。
店長と共にこのグーテンタークを作り上げ、この街では知らない者はいないと言わしめた天才料理人なのだが、彼は自分の一言一言で雅晴が怒っていることに気付いているにか気付いていないのか。「さて、どうしたものか」とまた気の抜けた声でカレーパスタについて再び考え始めた。
「暑いし辛いし……冷凍庫のアイス食べていい?」
「いや、先輩!! それ売り物ですから!!」
「冗談だってー」
少々子どもっぽい話し方をする金髪の女性――七嶋美佳は一石二鳥の解決方法として提案するが、透かさず真面目な小柄の青年――新橋和成に止められる。勿論、美佳は本気ではなかった――のだが、「真面目」が一番の個性である和成には通じなかったのは見てわかるだろう。
「先輩。もし宜しければ私が手配いたしましょうか?」
そんな冗談と真面目のやり取りを眺めていた黒髪和風美少女――天祢院希世はスマホを取り出して丁寧な口調で提案した。
「皆様なんでも言って下さいませ。城永さんに買ってきてもらいますわ」
「ホント!! じゃぁ、私はー」
「希世ちゃん!! またそうやって奢ろうとしちゃ駄目だよ!! 悪癖出てるよ!!」
「はっ!! わたくしはまたやってしまいましたわ!!」
「希世ちゃん大丈夫だよー。自分の分は自分で出すから。ただこんな熱い中は歩きたくなくてさ」
「先輩の気持ちは分かるッスけど。城永さんにいつも助けられてたら社会勉強で来てる希世のためにならねェでしょう」
「えーじゃぁ代わりに仁樹が行ってきてよ」
「休憩時間なんで俺にも休憩させて下さい」
なんと慌ただしい休憩時間だろう
多分、誰一人としてちゃんとした休憩時間を過ごしていない。
「アイスをセットデザートで出そうかな。辛い暑いの後に甘い冷たいってね」
「それでは、『暑い時は辛いもの』には余計だと思われますわ」
「なら、帰る時に飴玉とかかな?」
「辛さを控えるって選択肢はねぇのかよ!!」
「あ、先輩。お帰りなさい」
最もらしい意見を間髪入れずにツッコミという形で入れながら雅晴が休憩室に戻ってきた。
「で、コレどうするんスか? とても食えたもんじゃねェスよ」
仁樹の言葉に全員の視線はテーブルーーに置かれている中型の寸胴へと向けられた。
「林檎とか蜂蜜とかいれちゃう?」
「いや、もう何も入れんな。材料勿体ねぇ」
美佳が真っ先にできる解決方法を提案するが雅晴はすぐに首を振った。
「たくさんスパイスやら調味料やらいれてしまったからね」
「どのぐらい入れたんスか?」
「一瓶無くなってたぞ」
「そりゃァ辛いのも当然ッスね!!」
なに考えてるんだこの人!?――とその場にいる若者たちがツッコミを入れたかった……のだが。よくよく考えれば全員が分かることだった。
「辛さで遊びたかったから」
料理とは探検するもの。自分が想像したものを越えるのが料理。
その理念の元、何事も試すのは全力投球でが料理長の考えだ。
しかし。だからと言ってその理念や考えを否定するわけではないが、実験体となる彼らのことも考えて欲しいもので。
「仁樹」
「うッス」
「グーテンタークの従業員が守らなければならない鉄の掟。その一」
「命を捧げてくれた食材への礼儀を忘れるな」
「その二」
「本当に使えない食材以外捨てるな」
言い終わると同時に若者たち溜息を溢し、項垂れる。
「先輩……。俺、寸胴の中身見たくないッス。このまま何も見なかったことにして皿洗いしてきていいスか?」
「現実逃避すんなって。いずれ見なきゃいけねぇ現実なんだから」
「みんなに食べてもらうことになるよ」
雅晴と料理長の逃してくれない現実発言。果たして彼らの舌は生き延びることが出来るのだろうか。
登場人物紹介
料理長は次回。
●七嶋美佳……
雅晴と同じく仁樹の先輩。ホール担当。
普段は元気で明るいが焦った時やブチ切れた時には「コノヤロー」など乱暴な口調になることが特徴。第一巻オープニングで仁樹にお盆を投げたのは彼女。
●新橋和成……
仁樹の後輩。ホール担当。
大学生のアルバイト。真面目さが一番の売りで個性の頑張る大学生。
多分、若者グループの一番の良心。希世に両片思い中。
●天祢院希世……
和成と同じく仁樹の後輩。ホール担当。
大学生のアルバイトで天祢院財閥の令嬢。店長の姪。
令嬢ならではの癖の強い天然。和成と両片思い中。




