神と罪のカルマ オープニングseventh【06】
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「いつもすまないな」
「あァ?」
靴紐を結んでいた手を止めて博士の方へと振り向く。
「いきなりなんだよ。どうかしたか?」
「言わなくてはいけないことだ。いつも『戝峨』がお前に迷惑をかける」
壁に寄り掛かり、白衣のポケットから取り出した煙草を咥えて火を付ける。
朋音は先に表に出て依頼人と電話中で、この空間には二人しかいない。
「今回の事件は違ったが、もし『財峨』が関係したものであったらお前にまた尻拭いさせてしまっていたことになっていた。関わりたくないはずなのに私たちと家族でいることを選んでくれたために関わらざる得ない」
「……」
その言葉に動きが止まる。
「『人形』としてお前の人生を壊した『財峨』に手を貸してくれている」
「違ェよ」
手の動きを再開させ、靴紐を結び終えて立ち上がる。
「俺の世界のために勝手に戝峨の問題に首突っ込んで勝手に解決してるだけだ。……もう壊されたくねェんだよ。壊されたくもねェし、俺たちの邪魔もしてほしくない」
「嬢ちゃんの宿命か……」
「朋音の宿命であり、俺の償いだ。……それに全部を全部、財峨のせいにするわけじゃねェんだ。『人形』として俺の人生を歪めたのは財峨だけど――」
そのたくましい両腕を掲げて漆黒の瞳に映し出す。
「多くの命を奪ったのは誰でもない。この『俺』だ―ー……」
妬けた色をした腕のはずなのに。過去の記憶が重なって色を変える。
殺めた多くの人の真っ赤な血によって濡れた腕が今の腕に重なる――
「『俺』が自ら『人形』になったんだ――」
現実の血は落ちようとも脳に刻まれた血は落ちることはない。まるで「忘れるな」と訴えかけているように生暖かさとその滑りの感触が記憶として鮮明に残っている。
仁樹が『人』であることを忘れなければ。
『感情』と『自我』を忘れなければ。
少しは、未来が変わっていたのかもしれない。
多くの人が死なずに済んでいたのかもしれない。
もしもの話など所詮は戯言。叶わぬ夢物語。切なき願いの塊だ。
それを痛いほどわかっているから仁樹は自分を責め続ける。
「……悪ィ。なんか暗ェ話にしちまってよ」
「謝るな。そうさせたのは私だ。すまない……ところで、仁樹。そこに立てかけてある傘、気に入ったか?」
暗くなった雰囲気を明るくしようと。博士はおもむろに話題を変えた。仁樹も同じく空気を変えるために「あァ、あれか」と立てかけていた通常より大きくて仁樹の背丈にぴったりな藍色の傘を手に取った。
「そうだな。デケェのもそうだが色も好みで何よりも素材がいい。ぶん殴っても折れないどころか、曲がったりもしねェ」
「おい。いまぶん殴ったって……」
「……すんません。借りました」
流石に借り物を戦いに使ったことには素直に謝らなければならないだろう。しかし、やはり借り物とはいえ彼にとって自身の身体に合った傘を使用した戦いはやり易かった。
「ビニール傘じゃァ限界があるから……」
「まぁ元々お前にやるものだったからな。別に謝らなくてもいいぞ」
「元々?」
呆れ口調の博士の言葉に引っかかた。
「なんというか……、誕生日プレゼントだ」
「誕生日プレゼントって……、この前、この靴買ってくれただろ。これもデザインだけじゃなくて雨の中は知っても滑らなかったし浸水もしなくて最高だぜ?」
足を上げて履いているスニーカーを指差す。
自分の足にフィットしていて正直何足も欲しいと思う程に仁樹は気に入っていた。
「確かに買ってやったが、後々考えて傘の方が良かったのではないかと考えてな。ほら、お前よく馬鹿力で傘壊すだろう?」
「言い訳も言い返すこともなく。そうだな」
「それに今は六月だ。傘も普通の私生活で必要になるだろう。というわけで、お前用に注文したんだ」
「え? これオーダーメイドか?」
「私生活にも戦闘にも役に立つ。この世の中に一つしかない傘だ。大切に使えよ」
オーダーメイドの傘。しかも、先程の感想の中に「素材がいい」という内容が含まれていたことから値段はきっと目の玉飛び出るほどの金額だろう。
きっと高いだろうなァ、とは思ってはいたが、れを遥かに超える値段でるかもしれないと考えると躊躇なく防御や攻撃に使った自分に頭が痛くなった。
「ぜってェ、壊さないように気を付けよう……」
「あと傘の殺傷能力を出来るだけ減らしている」
「……そうか」
「減らしてるだけで失くしてるわけではない。だから、気を付けろよ」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ仁樹の表情が陰ったが気付かれないように直ぐに元の顔に戻り、お礼を言って傘を貰い受ける。
「しかし、気に入ったのは良いがお前、この家に泊まり来た日になんで傘を持ってこなかったんだ? 梅雨の季節だから折りたたみ傘ぐらい常備してるだろう」
「俺だって普通は忘れねェよ。ただあの日は寝坊しちまったんだ」
「ほぉ。お前が寝坊か」
寝坊したことがどうやら珍しかったらしく驚きを見せる博士。
「あー実は泊まる前日の帰り道に別の道歩いてたんだが、その時に酔っ払いに絡まれたてな」
「別の道を?」
「いつも寄ってるコンビニが使えなくて他のコンビニに寄ろうとしてな。ほら、灯真に頼まれていたお菓子を買いたくて」
「あー早朝でも売り切れるって噂のバケケチョコレートか」
「そう。それそれ」
そう言ってその日の出来事を思い出し、言葉通りに面倒くさそうな顔を浮かべる。
「酔っ払いについてはいつも通りに無視しなかったのか」
「いや、無視はしたにはしたんだが。そしたら、いきなりそいつが襲ってきたんだ」
「拳で?」
「ナイフで」
突然ナイフで襲ってきた犯人をかわして隙を見て腹に拳を一発喰らわした仁樹。
酔っぱらっているということは酒をたらふく飲んでいるということで。その一発が響いた犯人はそこで跪き、嘔吐。この時に走って逃げてもいいはずなのだが、連続犯罪者と戦う程の実力を持っていた仁樹はこれ以外被害が出ないように、と捕まえることを選択して戦闘態勢を取っていた。
そんな時。犯人が落としたであろう鞄から見覚えのある紙が大量にはみ出していることに気が付いた。
「なんの偶然か。そいつ連続コンビニ強盗だったんだよ」
その後、再び襲い掛かってくる犯人からナイフを叩き落としてから地面へと押さえつけ、スマホ片手に警察へ通報。しばらくしてやってきた警察に事情徴収のために署まで同行するように言われ、解放されるまでに時間が随分とかかってしまった。
それからアパートの方の自宅に帰って眠りについたが、その日はグーテンタークが定期的に開催する大人気旬の素材フェスの最終日だったために通常よりもハードのスケジュールだった。
いつもより倍疲れた身体に長時間の警察署での拘束。そしていつもより短い睡眠時間。短時間睡眠体質でも無理なものは無理だ。
「そしてその日に限って寝ぼけて目覚まし時計を止めちまった」
「それはお気の毒だったな……」
「朋音が奇跡的に起きたのが救いだったよ」
普段、自分よりも遅く起きる朋音。そんな彼女に起こしてもらった時の半端ない焦りは一緒に住んでいる仁樹にしかわからないであろう。
そんな奇跡を起こした彼女がいま玄関の扉を開いた先にいる。
「それじゃァ、朋音も待っているし俺は行くな」
仁樹の手が扉を開く。
外に出て天を仰ぐと、そこにはいままで雨や曇天が嘘だったかのような空が広がっていた。
空の端から端まで青で塗り潰されて雲が絵を描いている。ジメジメと気分が落ち込む天気はもういない。光が照らす世界。
久々に太陽を見た。そんな感覚が仁樹の身体を巡る。
「受け取ってくれたな……」
仁樹が去った玄関で精神的に疲れたように博士は呟いた。
「たく……。自分では受け取らないからって私に全てを任せるな……」
盛大な溜息をつき、連日仕事で重くなっている身体を動かして玄関から書斎へと向かう。
あともう少し仕事をしたら仮眠しよう、と。自分で自分を奮い立たせて机に向き合う。―ーふっと、机の上に置かれている〝あるもの〟が目に入った。
「……けど」
しばらく、その〝あるもの〟を見つめていたが、博士は手を伸ばしてそれを持ち上げる。
「誕生日プレゼントに役立つものを渡したいぐらいにあいつを気にしているのだな……」
手に取った――倒していた写真立てを見て困ったように微笑む。
枠の中にある写真には三人の成人しているであろう男女が笑っていた。
一人はいまよりも若かりし博士の姿。そして、その腕に抱き着く女性が一人。
残る一人は――……
「罪を背負うってことは、本当に難しいな。『主』よ――……」
もう戻ることもやり直すことも出来ない、若き頃を。博士は思い出しては胸にしまうことをずっと繰り返す。
犯してしまった罪から博士も、『主』も、女性も。
生者や最高管理者はもちろん、死者であろうが背負うことから逃れることは出来ない。
一生の『罪』。己が作った苦しみ――……
「だが……、いま、この時を『幸せ』だと思ってしまう俺は、愚かなのだろうか……?」
答えはきっと誰にも分からない。誰も教えてくれない。己が納得する答えを出すまでわからない。
仕事を再開しよう、と。再び、写真立てを同じ状態に戻してマウスを動かす。
今回のような事件がまた起きてニュースに上がっていないか。テレビのアイコンをクリックしてパソコンの画面上に映し出す。
番組は丁度日本全国の地図を映し出し、今後の天気について伝えていた。
《────地方は、低気圧が通り過ぎ、数日ぶりの晴れ晴れとした天気になるでしょう!》
神と罪のカルマ オープニングseventh 終
神と罪のカルマ オープニングeighth 続




