神と罪のカルマ オープニングfirst【04】
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《──区で女性が傷だらけで倒れていると通報があり、怪我などからみて犯人は……──》
『わかってる。言葉ですべてを解決することが理想であることも。暴力を振るわなければ解決できない現実があることも。築いた平和の歴史が残酷であることも、全部わかってる……』
(わかっていても悔しいよな)
悲しい声で答えてくれた『彼女の言葉』を思い出しながら、仁樹は強く手を握ると「うぐわっ!」と汚い声が聞こえてくる。
「おい、お前何すんだよ!」
「先に手を出してきたのはお前らだろう?」
自分と、自分の背後で震えている女性を囲うガラの悪い男たちに呆れて、大きなため息を吐いた。
仕事帰り、平日にも拘わらず賑わっている街中で柄の悪い連中が一人の女性を囲っているのを見つけた。明らかに一目で質の悪いナンパだとわかるものだが、世の中は冷たいもので誰一人助けようとする気配がない。
もしかしたら、誰か警官を探しに行っているのかもしれない。だが、男の一人が女の手を無理やり掴もうとしているのが目に入ったため、仁樹はそんな「来るかもしれない警官」など待たず、男たちと女の間に無理やり入り込んだ。
「やめてやれ、困ってるだろ」
見た目からして柄が悪いとあって、助けに入っても暴力を振るわれると思ったのだろう。周りの人々は見て見ぬふり。
「はぁ、なんだテメェ?」
全くもって大正解だ。
ナンパの邪魔をされて切れた男の一人がキレて殴りかかってきた。
……が、仁樹はいとも簡単に、届く前に手首を掴み取ったのだった。
そして、流れは冒頭に戻る。
「ナンパするなら、品のあるナンパをしろよ」
男の手をそのまま背に回し、身動きをとれないように捻り上げる。手を離さなかったのは離した後に何をしてくるかわからない危険と、離さないことで男を盾――人質にすることができるからだ。
「おいおい、兄ちゃん。俺たちの勝手だろうが、引っ込んでろよ」
「兄ちゃん、痛い目合いたくなかったら、消えな。俺らその姉ちゃんにだけ用があんだからよ」
体格も明らかに仁樹の方が勝っているが、人数があるからか男たちの余裕な表情は消えない。
確かに、体格が勝っているとしても、こちらは守らなければならない女性が一人いる。となれば戦況としては仁樹の方が不利であるのはあきらかだ。
それに人質についても男たちからの雰囲気からあまり役に立ちそうにない。
逃げるにしても女性はヒールを履いているため、この人数を突っ切るのは難しいだろう。また、助ける気など無いくせに立ち止まって見ている周りの人だかりも逃げるのに邪魔過ぎだ。
女性もそのことに気付いているのか、不安げな顔のまま震えている。
しかし、そんな状況でも仁樹は焦ることなく、再び大きなため息を呆れながら吐いた。
「もう一度言うぞ。ナンパするなら、品のあるナンパをしろ」
「はぁ~?」
「ナンパ自体をするなって言ってるんじゃねェよ。イタリアらへんじゃナンパは文化でもあるしな。でも、相手を傷付けるナンパはするな」
「はぁ~? 文化っていってんの?」
「言ってることわかりましぇ~ん?」
「イタリアって、ここ日本ですけど~?」
説教、とまでにいかないが相手の非について注意しているにも関わらず。やはりというべきか、男たちはその見た目を裏切らず仁樹を茶化し始める。
その男たちの姿に、短い時間のなかで仁樹は三度目の呆れた大きなため息を吐いた。
「言葉で解決って本当に難しいよなァ……」
「あぁ~?」
言葉が通用しない、聞こうともしない男たちににいくら言っても無理だ。
言葉というボールが相手に届いていない。届くどころか、避けられて「へたくそ―」とボールを指さして笑っているような感じだ。
もし、言葉のプロがいればボールの種類を変えて、自分からボールを取りに行くように仕向けるかもしれないが、残念ながら仁樹は料理人でその道のプロではない。
(何言えば諦めるんだよ、こいつら……)
それでも、拘束以上の暴力を望まない仁樹はどうにかして『言葉』でこの場をやり過ごそうと再び考え始める。
「とりあえず、この姉ちゃんにはもうナンパは止めておけ。あんた、彼氏いるだろう?」
背後にいる女性に問い掛けると、相手は大きく何度も頷いた。
「彼氏を待つために、ここで待っていたんです!」
「あー、待つならもっと安全な場所で待つべきだったな。ということで、彼氏持ちだ。諦めろ」
「はぁ~? 知っちゃこっちゃねェんだよ」
「別に彼氏持ちでも俺たち気にしねぇし~」
「てか、その彼氏様より俺たちの方が楽しいぜ~」
どうやら本当に諦める気はないようだ。
四度目のため息を出さないように口を引き締めて周りを確認してみるが、仁樹との対話に飽きたのだろう。各々が仁樹に向かって軽く構え始めている。
つまり――喧嘩の準備だ。
「どう足掻いても、『言葉』での喧嘩にはしてくれねェのか」
「『言葉』って、体格いいのにビビりかよ~。ビビりなら――すっこんでろよ!!」
一人の男の言葉を合図に、周りの仲間が一斉に仁樹へと飛び掛かった。
「しゃがんでろ」
背後の女性に仁樹はそれだけ言って、拘束していた男を向かってくる集団へと押し飛ばす。
どうやら予想通り、投げ飛ばされた男は人質として役には立たなかったようだ。集団の一人が男を邪魔だ、と横に投げ飛ばした。
役に立たなかたっとはいえ人質がいない。一体多数。
周りの……野次馬たちは助ける気がない。
警察が来る気配もない。と誰から見ても絶望的な状況で、あっという間に仁樹が袋叩きになることを誰もが予想しただろう。
――だが、現実はそんな予想など軽く裏切った。
「よっと――」
「ぐへっ!?」
「がっ!!」
押し飛ばした後、すぐに体制を整えた仁樹は向かってくる二つの拳を簡単に避け、そのまま相手の腹へと素早く重い拳を一撃ずつ入れた。
その痛みに男たちは腹を抱え、そんな二人がターゲットの前を陣取るようにいれば相手側からしたら邪魔にしかないため攻撃が若干遅れる。
仁樹は勿論そんなチャンスを逃すことはなく、新たに襲い掛かってくる男たちを巻き添えにするかのように手前の二人を素早く蹴り飛ばした。
「はッ――」
「うわぁっ!!」
「やッ――」
「ぎゃっ!!」
「たッ――」
「ぐわんっ!!」
次々と襲い掛かる男たちだが、簡単に仁樹は素早く殴る、蹴る、投げ飛ばす。
男たちも負けじと立ち上がって襲い掛かってくるが、リーチの差もあるためか仁樹に全く届いていない。届く前に重い一撃を食らい、その場で怯んでは仲間の邪魔して、また襲い掛かるの繰り返しである。
そして、何よりも驚かされることに、仁樹はその場から殆ど動いていないのだ。
無駄な動きをせず最小限の範囲で、しかも人を守りながら多数を相手に圧勝している。
仁樹にとって人数など問題ではない。
力がある故に、『言葉』よりも『暴力』で物事を解決する方が彼にとっては簡単なことなのだ。
そんな予想を裏切った光景に女性も周りの野次馬傍観者たちも開いた口が塞がらない。
……だが、人間。不利な状況に陥るほど汚い手を使おうとするものだ。
「くそがぁぁあああ!!」
拳で襲い掛かってきたはずが、相手の一人が突然鉄パイプを持って襲い掛かってきたのだ。
しかも、正面ではなく真横からの奇襲。
仁樹の動きに魅了されていた周りも気付かず、彼らが目に映った時には大きく振りかざしていた。
「――ッ」
「危ない!!」
しかし、流石は仁樹というべきか。それとも、一瞬だけでも視界の端に入れていたのか。
周りが声を上げ始める前に、気付いて同じく最小限で躱そうと動こうとした
――が、
「駄目だよ、お兄さん。鉄パイプ持っていいのはラフ・メイカーだけだよ」
「へっ――ブシッ!?」
鉄パイプは仁樹に届くことはなかった。
それどころか、背後から突然の膝カックンと蹴りのコンボで前方へと派手に転んでいったのだ。
またもや予想を裏切った光景。勿論、誰もが驚きを隠せない。
そう、仁樹以外は。
「おッ、海琉」
仁樹だけ変わらず喧嘩を続行ながら登場してきた人物に話しかけた。
「やぁ、仁樹。今日もお疲れ様」
転がった鉄パイプを拾い上げて肩を叩きながら、「海琉」と呼ばれた青年は笑って労いの言葉を贈る。
男性にしては長い髪に、平日にも関わらずジャージといった緩やかな格好。
だが、そのおかげか平均身長を超す逞しい身体でも威圧感を感じさせない。
顔立ちについては――きっと彼への第一印象を位置づけるであろう。
少年のような笑みを持ち、他者に悪意や裏などを一切感じさせることはない。
大きくも優しく――まるで彼を見ていると『海』を思い出させる。
名は、飛田海琉。
そう、財峨仁樹の親友だ。
「お前もお疲れさん。パトロールの帰りか?」
「そうそう。それで帰ろうとしたら仁樹を見つけてさ」
「おらぁあああ!!」
喧嘩をしているとは思えない空気。
喧嘩続行中の仁樹に世間話をしながら近づく海琉といった異常な光景だ。
だが、驚きで怯んでもそんな様子を見れば、仁樹の仲間だと一発でわかるもので。男たちは突然現れた海琉に、体制を整えながら彼に向って拳を背後から振りかざした。
「ぐへっ!?」
――が、上手くいくはずもない。
「喧嘩してるから助太刀にきたってわけ」
流石は仁樹の親友といったところだろう。
会話しながら裏拳で顔面、腹に肘鉄、足を軽く引っかけて転ばすの三コンボをいとも簡単に果たした。
「そりゃァありがてェ」
「でも、大分終わってる?」
「どうだろうな。中々しぶてェし」
もはや正面から攻撃してくる者はいない。仁樹には奇襲、海琉には背後から襲い続ける……が、攻撃が届くことはない。むしろ、海琉が参戦したため、仁樹は先程よりも余裕な状態である。
もうここまでくれば勝てる相手ではないということぐらいわかるはず。なのに、無駄に高いプライドが邪魔をするせいなのか、せめて一発だけでもその顔面に拳を当てたいと自棄になっている。
しかし、体力には限界があるもので。襲い掛かる人数も段々減っていき、とうとうガラの悪い男は二人のみになってしまった。
「うりゃぁああ!」
「おりゃぁああ!」
最後の力を振り絞って、何とかその拳を届かせようと声を荒げて突っ込む――が、
「「せーの」」
海外で有名な日本人の魔法の言葉。
その言葉とともに、仁樹と海琉、二人の無駄に長い脚が男の顔面にそれぞれクリーンヒットをかましたのであった。
●飛田海琉……
仁樹の親友。心優しい青年だが、悪には容赦ない。
彼だからこそ、仁樹の親友になれた。
顔面蹴りクリティカルについては、
実はかなりのお気に入りシーンになりました。