神と罪のカルマ オープニングfifth【09】
避けた――
「……え?」
それは、あまりにも簡単に、あっけなく――
避けたから――
狂い人の全てを賭けた一撃を避けたから。
己の、主人公の剣をいともたやすく避けたから。
仁樹がまるで、既に分かっていたように避けたから。
男は感じた。不思議な感覚を―――。
だが、攻撃の嵐は止めない。かわされたのなら当たるまで続ければいい。
身体の動く限り使い、刃物を振り続ける。
「はぁ……?」
しかし、当たらない。まったくと言っていいほど当たらない。かすりもしない。
全て無駄のない動きで。顔を軽く避けるだけで。腕を小さく動かすで。全てを交わし続ける。
「なんで振り回してんだよ。包丁ってのは刺すことに適してるもんだろ」
「へっ?」
間抜けな返事しか出来ない。出来ないんじゃない。それしか生まれない。
「振りまわすにしろ服を狙ってどうする。顔、手、首。肌が露出してるところ狙わねェ、と」
攻撃の嵐の中。傘を放り投げ、襲ってくる腕を掴む。
それもごく自然に。いとも簡単に、分かっていたかのようにすんなりと掴み取った。
流れるように、相手の懐に入り込み胸ぐらを掴む。
「服で滑って切れねェだろう、が―――ッ!」
瞬間、仁樹は両腕、足腰に力を入れる。
「――ッ!?」
一本背負い。
素人でもわかる綺麗な一本背負いが決まる。
「がッ――!?」
三度目の正直ではなかった。二度ある事は三度ある。
地面に逆戻り。強く握っていたはずの包丁が転がった。
背に強い衝撃を受け、肺から空気が吐き出て無くなっていくのがわかる。
「ゲホッ! ゲッホゲホッ!! ハァ、ハァ……!!」
今度は立ち上がれなかった。立ち上がるよりも、肺への酸素を求めて呼吸を繰り返す。
気持ち悪い。頭がクラクラする。吐き気がする。
「……」
そんな男に、その長い足で近づく仁樹。
ゆっくりと、男の前にまでたどり着き、膝を曲げしゃがみ込んだ。
「ひっ!?」
狂い人は、いきなり怯え始めた。
そして咄嗟に、手が仁樹の首へと伸びる。
「あ、あ、ああ!!」
「……」
包丁を拾う思考なんてものは既になかった。
伸ばしたままの手に、いま出せるだけ出せる力を入れてその首を占める。
「あう、ああ……!?」
このまま消えてくれ、と願いながら――
「本当になってねェ」
だが、願いは叶わない。
その証拠に、狂い人は見た。
首を占められてもなお、少しの苦しみも感じない―――
「ひゃっ!!??」
何も感じない――
「なんで首占めんのに腕伸ばしてやってんだよ」
〝『無』の仁樹〟を―――――。
次の瞬間。仁樹は自分の首に伸びる腕に、己の腕を垂直に落とす。
「――!?」
言葉にならない。痛みで声が上がらない。
痛みに怯むその隙に緩まった手を抜け、仁樹は相手の顔面目掛けて頭突きを一撃与えて逃れる。
狂い人には仁樹の動きを気にしていられるほどの余裕は無い。身体を折りたたみ、両腕――いや、両肘と頭の痛みに耐える。同時にその目から雨なのか涙なのか、どちらかはわからないものが流れ出る。
仁樹が行った攻撃。
先程ように、正面から腕を伸ばしたまま首を占めると自然的に肘の裏は上を向くことになる。
そして、伸びきったそこに強い衝撃を与えることで腕は強制的に曲がる。
分かりやすく説明をすれば、『膝かっくん』を応用したもの。それによって緩くなった手を抜けて、頭突きという追加攻撃をしたのだ。
……だが、狂い人の反応をみると『膝かっくん』程度ではないことが容易にわかる。
「痛ェだろうが、骨を折ったとかはねェぞ。力加減ぐれェなら出来る」
「……!?」
藍色の傘を拾い上げて、もう動くことさえままならない狂い人に仁樹はまた近づく。
立ち上がれないまま。逃げられないまま、迫りくる仁樹を見ることしか出来ない。
「意味わかんねぇ……!?」
そこには、この都会を1ヶ月恐怖に染めた連続犯罪者はいなかった。
いたのは、目の前の者に怯え、手足を自由に動かせないまま、見る事しか出来ない情けなく弱い男──
『人間』の姿――
大体、冷静に考えてみればわかることだ。
雨の中、威力を落とさず傘を槍投げの如く目標物に当てる者に。
大の男を一発で遠くまで殴り飛ばした者に。
無駄のない動きで攻撃を防ぎ切った者に。
(刃物があるからって、勝てるわけがないじゃぁねぇか――!!)
いまさらになって気付く真実。自分が与えてきたはずの『恐怖』が、見えなかった情報が入ってくる。
届かない身長。見える逞しい腕。鍛えられた身体。
どれも、男とは比べものにはならない、恵まれたその姿。
「あ、ぁ……!?」
特に恐怖を植えつけるは、その顔――
女性が好む、整った顔立ちが――
「……」
その『無』が、『恐怖』でしかない―――
「あ、あ、あああああああ!!」
ままならない身体を無理矢理動かす。足には一度も攻撃されていない。
愚かにも迫りくる『恐怖』に狂い人は背を向け、そして走り出す。
近づいて欲しくない。戦いたくない。逃げたい。
その背がいまある全ての想い――『感情』を物語る。
身体が痛い。死ぬほど痛い。
だが、そんなこと我慢しなければ、逃げられない。
「悪いな」
しかし、 仁樹は逃がさなかった。傘を構えてこちらも走り出す。
どちらの足が速さかは、あの爆発事故で結果が出ている。
必死に逃げ行くその背中を目掛けて、仁樹は傘を振う。
「いッ―――!?」
そして、横にして叩き付けた。
一瞬だが、傘がしなる。
「戦意喪失の相手に攻撃するなんて最低だが、お前はここで捕まえなきゃなんねェ」
倒れこむ狂い人に、一撃を喰らわした傘を肩に掛けながら仁樹は淡々と言った。
その表情を変えぬまま。口だけを動かして――
「力も、能力も、デタラメだ……!!」
身体を襲う痛みによって、やっと出た声は震えている。
夢であってほしい。こんなのは悪夢だ。ありえない。
受け入れたくないこの痛みと『恐怖』を、偽りのもだと願いたい。
「ありえねぇ……、ありえねぇよ!!」
「ありえねェなら、こいつの方だな」
その言葉は自分ではないと語りながら、その手に持つ傘に仁樹は目を向ける。
「よく俺の力に耐えたもんだぜ」
「!?」
「いまの攻撃で大抵の傘は折れて壊れる」
傘が曲がるのではない。折れて壊れる、と言った。
どれほどの力で投げて、握り、叩いていたのか。
肩にかけていた傘を持ち上げ、仁樹は狂い人の身体を狙う。
叩くように持ち上げるのではなく、刺すように持ち上げる。
「なァ、知ってるか」
漆黒の、何にも感じさせない。その『無』の目で。どうしようもない男を見下ろす。
その目を見ただけでも石にされるのではないか。
……違う。例えが違う。石ではない。
その目に見られただけで。見てしまっただけで。
存在そのものを消されてしまうような、その目で――
「傘でも人は殺せるんだぞ」
いまの、男の脳内は逃げていった女と同じだ。
「ア……アア……」
『恐怖』で埋め尽くしされた。
必死に違うことを考えようとしても叶わない。
頭から血が引いていく。顔がみるみる内に真っ青になっていくのは雨だけのせいではない。
(終わる──……)
その時――
一つだけ。たった一つだけ浮かび上がった。
「九年……、前……」
『九年前』――
「お前、まさか……」
感じる『恐怖』。
何も感じない目。
戦いに慣れた身体。
喰らった技。
意味深き言動。
信じられない、信じたくない。
しかし、この一戦が―――。
全てが物語った―――。
言おう……。
男の『推測』は『真実』だと──……。
「嘘、だろ……」
自分が憧れていた存在が──
傘を持つその腕を―――
「終了だ――」
真っ直ぐに落とした──……
あぁ、──……
そうだ──……
そうなのだ──……
『九年前』─―……
本当の、『恐怖』の世界がそこにはあった──……
誰もが怯え、苦しみ、嘆いた、時代が──……
それを作り出した存在──……
多くの命を殺め、血で染まりし存在──……
そう、財峨仁樹は──……
『鬼』なんて比にはならない──……
人を殺めることに何も思わない──……
何も感じない――……
最低で最悪で最凶で最大の──……
『人形』だった──……
神と罪のカルマ オープニングfifth 終
神と罪のカルマ オープニングsixth 続




