神と罪のカルマ オープニングfifth【06】
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「だ、誰だ、てめぇ!?」
悪役お決まりのセリフ。狂い人は酷く動揺しながら言い放った。
「何処から現れやがった!?」
雨で視界は悪かった。だが、狂い人は誰もいないことを確かめたのだ。
隠れられるところを見える範囲全て。たが、何処にもそんな場所はなかった。
では、この傘を何処から――
「この傘を何処から投げやがった!?」
傘を使って阻止出来る方法など限られている。
一つは木刀のように使い、包丁を持つ手を目掛けて振り落とすこと。
この方法だと自分の力をそのまま発揮でき、また傘の威力やリーチを足して相手に倍のダメージを与えさせることが出来る。
傘の威力などたかが知れたものだが、狙った場所に大きなダメージを的確に与えるとしたらこちらの方が断然に良い。
しかし、仁樹は違った。
彼は投げたのだ。
傘を畳み、空気抵抗を極力小さくし、男の手を目掛けて槍投げの如く。
一切のブレもなく真っ直ぐに当てたのだ。
「ありえねぇ!?」
槍投げの方法。
確かに傘で阻止出来る方法の一つである。しかし、今回の場合は滅茶苦茶だ。
大量の雨で視界が悪い中、的確に狂い人の手に命中させたのだ。
そのことをありえないと言っているのなら間違っていない。
だが、今回の「ありえない」はそんなものではない。
同時に投げた位置――、つまり『距離』がおかしい、と狂い人は叫んでいるのだ。
もう一度言おう。狂い人は誰もいないことを確かめていた。
そして、仁樹が現れるまでしばらくの時間が掛かった。
つまり、仁樹は狂い人に一切見えない距離から投げたことになる。
そして、まだ驚くべき所があった。
投げられ傘は手や包丁を弾き飛ばす威力をもっていたことだ。
それだけの距離で投げたというのに、威力が落ちていない。
雨も重力も無視した力が傘に込められていたのだ。
決めては、その距離を走っての低い高さで衝撃を与えた跳び蹴り。
身体に感じる鋭い痛みは仁樹の脚力によって生まれたもの。
「なんだよ、お前!? いったい何者だよ!?」
視力も命中力も腕力も脚力も全てがおかしい。桁違いだ。
「あんた、大丈夫か?」
驚異的な声で数々の言葉を投げかけてくる狂い人であるが、仁樹は気にもせずに傍に倒れている女性に声を掛ける。
「は、はい……」
視線だけ動かして女性を見ると、既に恐怖や驚きなどの感情は無かった。
むしろ想像もしなかったことが連続で起きたせいなのか、ただボーっとして二人を見ていることしか出来ない状態である。
見た目から女性に目立った怪我はない。
「なら、合図したら真っ直ぐ突きっ切れ」
「え……?」
「この場はなんとかする。家に付いたら被害者らしく警察にでも連絡してくれ」
「だけど――っ!」
女は何も言い返さなかった。言い返せなかった。
仁樹の目が語っていた───。
「いいな?」
黙れ、と───
それは先程から喚いている狂い人から受けた恐怖とは全く違う、背に寒気が走るもの。
「無視してんじゃねぇぇええ!!」
狂い人はとうとうキレ始め、アスファルトを蹴って仁樹目掛けて突っ込んでくる。
「走れ!」
仁樹の合図と同時に女性は持てる力を全て脚に集中させ、同じくアスファルトを蹴った。
男の視界には、もはや女は存在しない。
ただ見えるのは、自分の邪魔をした者である仁樹のみ。
先程まで殺す気でいた女とすれ違った事など気付かないまま、仁樹に目掛けて拳を大きく振りかざす。
「うぉぉぉぉおおおお!!」
「飛田活人流―――」
仁樹は静かに呟いた。
足を前後に開き、腰を落とす。両手のひらを相手に向け、腕を引く。
「海琉師範代伝授」
「ぉぉおおおお!!!!!!」
突っ込んで来た男の拳を頭をずらすだけで易々と避け、視線は男の腹に狙いを定める。
その瞬間。
「『牙砲』―――」
静かに、その腕を打った──
「っ―――!?」
打たれ、狂い人はまた吹き飛ばされる。
本日二度目。宙を飛ぶ感覚的が身体を襲う。
だが、二度目だ。流石に狂い人も転がりながらも受け身を取った。
何度か転がり、直ぐに体制を直す。
「―――!? ゲホッ、ゲホッ!?」
そして、新たに男を襲うのは湧き上がる吐き気。
「我慢しないほうがいいぞ。腹とはいえ胃に大きなダメージを与えた。気持ち悪いなら吐いた方が楽になる」
「ガハッ!? ま、た……、飛んだ……!?」
相手がこちらに向かってくる力に対して仁樹は逆の方向、つまり相手側へ向かう力を働かせた。
勢いよく突っ込んできた力よりも反対側への力が大きければ、当然だが両掌が腹にのめり込む強さは大きい。
それを利用してタイミングを合わせれば、相手はバネのように吹っ飛ぶ。
説明をするのは簡単だが、これを行うのは容易ではない。
力、経験、血が滲むような努力をしなければ実現できない。
「なん、なんだよ……、ゲホ、殺す気かっての……!?」
その身に受けたダメージの大きさを示す言葉。だが、人を殺すことに快楽を求めた男が言うにはあまりにも滑稽なことであろうか。
そんな男に仁樹は姿勢を戻し、「殺す気はない」と言った。
「飛田活人流は人を生かし、黙らせる流派だ」
「生かす……!? うるせぇぇええ!!」
「てめェの方がうるせェよ。技で黙らせられたくなかったら、静かにしろ」
「うっせぇ!!」
混乱と怒りが混じり合った顔を仁樹に向ける。
「お前、変だ!! おかしい過ぎる!! サイボークか何かか、てめぇ!!?」
「サイボークなんかじゃねェよ。普通より身体能力が高い人間の身体だ」
痛みで立ち上がるのは困難だと思ったのか。堂々と背を向け後方に転がっている藍色の傘を拾う仁樹。
その余裕すら男を苛立たせることほかない。殺してやりたいと狂い人の身体は増々狂気に染まる。
その時、男は気づいた。己の手元に落ちているものに。
「……なら」
腹部を抑え、痛みに耐えながらも男は立ち上がる。しかし、ただ起き上がるのではない。
包丁だ。同時に、傍らに吹き飛ばされていた包丁を拾った。
「人間なら、これは喰らうよな……!?」
そして、包丁を仁樹へと向けた。




