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神と罪のカルマ  作者: 乃蒼・アローヤンノロジー
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神と罪のカルマ オープニングfirst【02】


《ニュースを続けます。昨夜、コンビニ強盗事件の犯人が逮捕されました。犯人は……──》


「どうして人間って事件ばっかり起こすんだ……」

 テレビから流れてきたニュースに青年は呆れたように呟いた。


 日本のとある料理店。

 そこは幅広い世代に親しまれる人気の料理店だ。

 店名は『グーテンターク』。意味は、『こんにちは』。

 その厨房で一人の青年は働いていた。


 日本人の平均身長を超える長身に、鍛えられた身体。

 女性が好むであろう整った顔立ちに、漆黒の瞳をもった切れ長の目。

 そして、何よりも目が惹かれるのは髪だ。

 髪は短く、地毛であろう瞳と同じ漆黒の髪に、不規則に染められた金の髪。

 二色の短い髪を一番の特徴とする青年――名前は財峨仁樹(ざいがひとき)

 店内に合わせられた黒の調理服を着こなし、このグーテンタークで働く若き料理人の一人だ。


「人間だからじゃないか?」


 お昼のピークも過ぎ、客が去った店内で賄も食べ終わり、わずかな時間をそう過ごすかとぼんやり思っていた時に、耳に入ってきたテレビから流れてくるニュースの内容。

 呟いたはずの言葉だったが、彼の先輩であるオールバックに黒縁メガネの男――東条雅晴は煙草を吹かしながら彼の問いに答えてくれた。


《──……容疑者は「金が欲しかった」「生活に困っていた」と容疑を認めているとのことです》


「あれ、このコンビニってお前んちの近くのじゃね?」

「あー、そうッスね。仕事帰りにパトカーの見かけました」


 付けっぱなしのテレビへと目を向けるとそこには見覚えのある映像が流れていて、仁樹は昨晩のコンビニ前のパトカーと事情聴取する警官と店員の風景を思い出した。

 実はその日、コンビニにて期間限定のお菓子を弟に頼まれていたのが、あまりにも入れる雰囲気ではなかったため、もう一つ近場にあるコンビニへと仁樹は向かったのである。

 だが、実はそこで事件があったらしいが、ここでは割愛させてもらう。


「しかし、流石都会だよな。あっちで事件が起きれば、こっちに事件ってよ」

「いやぁ、まぁ、都会ですし、人も多いわけですしね」

「人が多いと事件が生まれる……だが、何がどうあれ、犯人も捕まったって事で一つ平和が訪れたな」

「すげェ小さな平和ッスけど」

「馬鹿野郎。その小ささが積み重なって大きな平和になるんだよ」


 吐き出された煙はそのまま天に上り、換気扇に吸い込まれる。

 短くなった煙草は手前にある灰皿に押し当て、火を消していく。

 この煙も、火も。事件のもとになるもの。

 ならば、この動作も小さな平和に繋がるのだろうか。

 

「つうか、小さいとか言うな。確かに世界からみたら小さいが個人からすれば大きいんだぞ」

「すみません……」


 確かに事件の内容自体、地球全体……いや地方の人間からみても小さいことかもしれない。

 だが、関わってしまった人間は違う。今回の事件でいうと強盗にナイフを向けられた店員にとっては大きな問題であるのには違い無いのだろう。


「大小関係なく平和がいい。事件が起きて喜ぶのはマスコミぐらいなもんだ」

『平和』――


「『平和』……変わりのない、世が安穏であることを……」

「お、悪癖出たか?」

「あっ」


 仁樹には悪癖がある。

 物事を説明するときに辞典の内容をそのまま引用してしまう。

 また、今のように物事を考えるときの独り言にもその癖が出てしまうらしく、相手がある程度の知識を持っている年齢ならともかく、子ども相手だとこの癖はかなり大変なものである。


「はぁ、最近は灯真のおかげでマシになったと思うんスけど」

「油断大敵だわな」


 けらけらと笑う先輩にブスっと顔をしかめる仁樹。

 指摘して軽く笑ってくれるだけでもありがたいだろうが、何せ彼は見た目はともかく生来は真面目で負けず嫌いなのだ。はっきり言って、悔しいわけだ。

 だが、そんな彼の性格をわかっているが故に、雅晴もその程度で終わらせる。


「こういうやり取りができるってことも、平和の一つだろうよ」

「そういうもんスか?」

「そういうもんだ」


 そう言って、再び二人してテレビの方へ目向ける。とっくに内容は先程の事件の者ではなく、どこかの公園が映し出され、ピクニックを楽しむ家族の映像が流れる。

 母親が作ったであろうお弁当を美味しそうに食べる子。その口元に多分その子の好物であろうウインナーを自分の皿から運んであげる母親。


 どこにでもある、優しい家族の『平和』。


「こう……親に向かってよ、ガキが口を開けたら当然のように食べ物がはいってくることとか、本当に平和で幸せだと思うぜ」

「あー……、なんとなくわかります」


『豊か』である平和――

 多分、彼はそう伝えたいのだろう。

 

 食べ物を奪い合うだけでも、争いが起きる。

 人は食べ物無しでは餓死して死んでしまう。

 食とは生きるために必要なものだから。


「料理人の答えとして格好いいッスね」

「だろ?」


 ドヤ顔で返ってきて、先輩の顔に思わず声を出して笑ってしまった。


「お前はどうなんだ?」

「えっ?」

「お前が思う『平和』だよ」


 いつもなら、このまま「笑うな」と軽く叩かれてお終いなのだが、今日は違ったらしい。


「なんだぁ、俺が答えたんだからお前も答えておけよ」


 眼鏡で隠されているが、雅晴の目は鋭くて不良顔だ。つまり、ガン飛ばされると当たり前に怖いレベル。

 仁樹含めて慣れている従業員からは「いつか視線だけで相手を瞬殺しそう」と直接本人へと感想を述べている程だ。


「……あー、はい、わかりました」


 多分、先程のドヤ顔の仕返しだろう。

 いつもと違ったパターンだが、何を企んでいるのか、わかるものだ。

 伊達に何年も隣で調理しているわけではない。


 素直にイエスを出して、答えた方がいいに決まっている。

 それに、自分から質問したのだから先輩には仁樹の答えを聞く権利

 ……が、しかし。

 改めて考えてみると難しいテーマであることがわかる。 

 

 決して、答えが浮かばないのではない。

 浮かび過ぎるのだ。


 雅晴のいう『豊か』もまた一つ。

 自分の意識で動く『自由』もまた一つ。

 人と愛し愛される『愛情』もまた一つ。

 よく学び教わる『教育』もまた一つ。

 身体を支える『医学』もまた一つ。

 自然を守ろうとする『環境』もまた一つ。

 より暮らしやすくする『技術』もまた一つ。

 それらすべてを合わせた『幸せ』もまた一つ。


 言い方、見方を変えてみるだけて『平和』に繋がるものなど山ほどある。

 その中で自分に最も合う答えは何か。自分が最も納得する答えはどんなものなのか。

 自分にとっての『平和』とは一体何なのか───?


「『戦争がない』こと……」


 ぽつり、と。仁樹が言葉を零した。


「ほぉ?」

「あ、いや、なんスかね。上手く言えねェんスけど……」


 頭をガシガシと掻きながら、相応しい言葉を探す。


「『戦争がない』っていうより、『命の奪い合いがない』って方が正しいかも知れないッスね」


 日本が戦争放棄を宣言してから何十年。

 戦争を知らない人間にとって、最後の戦争は遠い昔の出来事に思えるだろう。

 しかし、それは何百年前の出来事ではない。何十年前の出来事だ。

 日本の国はつい最近まで『戦争』をしていた。

 異国同士との『命の奪い合い』をしていたのだ。


 忘れることのない大きな傷跡を残して――……


「でも、そんな『平和』は永遠に来ないッスけどね」


 命の奪い合い、殺し合いなんてものは『平和』の対義語である『戦争』を放棄してもなくなることはない。


 今回のコンビニ強盗の件だって当てはまる。

 もし犯人が凶器を振り回し、被害者側も防衛本能で凶器になりかねないものを振り回したらどうなるか。それでもう、命の取り合いの始まるではないか。

 ただ、こういうケースは多分極少数でほとんどありえない。

 コンビニ強盗とかが持つ凶器は所詮脅し用だと考えるのが一般的。人を殺そうとは思ってはいない。彼らの目的はあくまで金を奪うことだ。被害者側だって、金で危機的状況を回避出来るなら直ぐに渡すだろう。

 ――だが、命の奪い合いとは何も凶器や刃物のぶつかり合いだけではない。


 例えば、医学ではどうだろうか。

 医学にも限界がある。日本の法律で認められてはいないが、安楽死はどうだ。

 身動きも苦しくて生き地獄を味わっている患者に楽にさせてくれ、と頼まれ医師が安楽死させた場合。それは紛れもなく命を『奪った』という事になる。

 頼まれたにしろ、誰も責めなかったにしろ事実は残る。


 例えば、食料はどうだ。

 つい先程食べたスープやパン。当然命あるものから出来ていた。

 それらを刈って自分たちは生きている。

 生きる為に命を懸ける、動物との命の奪い合いである狩りをする民族だって存在する。


 命を奪わないと生きていけないのだ。

 命を奪い合うことがない世界なんてない。

 そんな『平和』は無理だ。


「そんな『平和』があったらよ、人間なんかとっくに狂って死んでるわな」


 仁樹が言いたいことを理解してくれたのか。いつの間にか口にくわえていた煙草を吹かし、何処か遠くを見つめる。


「『豊か』とか『命の奪い合い』がねぇとかってーのは、『世界』にとっての『平和』かもしんねぇけどな」

「『大きい平和』ってことッスか?」

「『個人の平和』で考えりゃぁ、俺は一生側にいてくれる女がいて、煙草吸えるだけで『平和』だな」


 二回目のタバコも灰皿に押し当て、雅晴あ立ち上がる。大きく伸びをして首を動かしてコキコキと音を鳴らした。


「てか、大体のやつらがそうだろうよ。家族やダチ、好きな奴がいて毎日くっちゃべって馬鹿やってることが『平和』だってよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そんな『個人の平和』っつう『小さな平和』が積み重なって『大きな平和』になるんじゃねぇのか?」


『小さな平和』と『大きな平和』と『個人の平和』――……


「そうッスね……世界には悪ィけど、俺が願う『平和』は旨い飯作って、それを愛した女と家族と仲間に食ってもらえる日常だ」


 それは『個人の平和』で『大きな平和』ではないけど。

 それでも、仁樹はこの『個人の平和』を――『幸せ』を大切にしていきたいと、改めて思ったのだった。




登場人物紹介

●東条雅晴……

仁樹の先輩料理人。実は仁樹より背が高い百九十センチ。

オールバックの不良顔。黒縁メガネだが、近眼。

たまに油断すると北海道弁が出てくる。実は苦労人。

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