ダンジョンの主
「なぁ、イグノス。ゴブリンの強さってこのダンジョンでいうとどれくらいなんだ?」
「そうね……普通より少し強いくらいかしら」
「え、そうなのか?」
てっきりゴブリンはこの世界の基準では弱いモンスターだと思っていたが、そうでもないらしい。
「もっと弱いモンスターもいるわよ。ま、その逆も然りだけどね」
「お、おう……」
あくまで俺達の目標はダンジョンの攻略。ゴブリンはその過程でしかない。だが、神器が使えない今の俺ではイグノス頼みになってしまうだろう。
一体どうすれば神器を使うことができるのだろうか。
「あ、スライムだわ」
イグノスがポン、ポンと飛び跳ねる青いスライムを指差した。スライムか。こいつは流石にゴブリンより弱いよな?
願わくば、異世界から転生したとんでもない強さを誇るスライムであることを祈るのみだ。
「イグノス、こいつはゴブリンより弱いのか?」
「ええ。そうね。試しに戦ってみる?」
「おう。任せてくれ」
俺は意気揚々とスライムに近づく。大丈夫、俺はやればできる子。そう自分に言い聞かせ、火の剣をスライムに振り落とす。
しかし、スライムはぴょんと横に飛んで避けると、俺の顔を飲み込んできた。
「ガ、ゴボボボボ……」
スライムの中は冷たい水のようで息をすることができない。まるで海の中に溺れているかのようだ。
スライムの身体を両手で掴み、顔から引き離す。
「オラァ!」
スライムを思いっきり地面に叩きつけるとスライムの身体はバチンと四散し、消滅した。
確かにゴブリンよりは弱かったが、あんな技を使ってくるとは……侮れないな。
「か、勝ったぞ。イグノス」
「そうね。けど、その武器。いらないんじゃないかしら? 今のあなたには使えないみたいだし」
「いや。この剣にはアマテラス様の力が宿ってるんだ。いずれ、役に立つ時が来るよ」
「確か母さんもそう言ってわね。私にはただの剣にしか見えないけど……」
その後もイグノスと共にダンジョンを突き進んでいき、俺は微弱ながらもイグノスの役に立とうと奮闘した。
何度もモンスターと交戦しているうちに戦いへの恐怖心が薄れていった。
頂上が近づくにつれ、酸素が薄くなっているのを実感した。
「もうすぐ頂上よ。この先に『主』がいるわ」
「なぁ、イグノス。そもそもの疑問なんだが、どうしてダンジョンを攻略しないと国が滅んでしまうんだ?」
「さぁ。それがアマテラス様からのお告げらしいわ。実際、五年前にもアマテラス様からのお告げで隣の国が火山の噴火で滅びたわけだしね」
「アマテラス様からのお告げ? そのお告げってのは誰がどうやって聞くんだ?」
「国長よ。私は聞いたことがないけどたまにアマテラス様からお告げがくるらしいわ」
アマテラス様からのお告げか。多分、夢の中で話すアマテレアス様の言葉がお告げなのだろう。
「なぁ、イグノス。他にもあるのか? 災厄のダンジョンってのが……」
「あるわ。私が知っているのは『雷の国』に存在する祭壇のダンジョンってやつね」
俺は森で見た看板を思い出した。確か雷の国って書いてあったな。
「雷の国って森の近くの……」
「そうね、火の国と繋ぎの森を挟んで存在するのが雷の国よ。あそこもダンジョン攻略できる人がいなくてかなり被害を受けているみたいね。うちみたく、国が滅ぶなんてことはないみたいだけど……」
このダンジョンを攻略しても、俺はあと二つダンジョンを攻略しなければならない。
今回はイグノスがいるから良いものの、おそらく次から俺一人で挑むことになるだろう。
「そうか。教えてくれてありがとう」
「ま、私はこのダンジョンを攻略するだけよ。気を引き締めていきましょう」
「そうだな」
俺とイグノスは険しい坂を登りきり、ようやく頂上へと辿り着いた。数メートル先に何か人影のようなものがいるのが見える。
「あれが……」
「ええ。ダンジョンの主でしょうね」
いつでも対応できるようにダンジョンの主から目を離さないよう警戒していたが、奴はピクリとも動かなかった。
ゆっくりとダンジョンの主に近づき、奴の姿を観察した。そいつは短い緑色の髪をしており、頭には二本のツノが生えている。
白いシャツに短パンといった服装で、ツノが生えていることを除けば、至って普通の子供のようであった。
「あなたがダンジョンの主ね」
「そうだよ。久しぶりに人間が来るなんて嬉しいなぁ」
ダンジョンの主は目を輝かせた。何だか雰囲気的にモンスターよりもやばそうである。
俺は火の剣を構えた。すると、ダンジョンの主はじっと火の剣を見つめた。
「その剣……まさか神器?」
こいつ、神器のことを知っているのか? しらを切るがベターか。
「さぁな。何のことだか」
「ちょっとタケル! さっきまで散々神器だって言ってたのに嘘だったの!?」
ちょっとイグノスさん? あなた正直過ぎでは。空気を読んでくれませんか?
「そっかぁ。やっぱりそれ、神器なんだね」
まぁ、バレた以上は仕方がないか。
「そうだ、ダンジョンの主。どうして神器のことを知っているんだ?」
「このダンジョンを作った僕の仲間が教えてくれたんだよ。いずれ神器を持った人間がやってくるから追い払えってさ。さしづめ、君はアマテラスの遣いなんだろ?」
そこまで知っているのか。しかし、ダンジョンの製作者だと?
災厄のダンジョンは誰かに作られたものだったのか。
「ダンジョンの主、このダンジョンを作った奴は誰なんだ?」
「フラット。僕のことはそう呼んで欲しいな。悪いけど仲間のことは教えられない」
馬鹿正直に話す訳ないか。まぁ、いい。あとでアマテラス様に聞いてみよう。
「そんなことどうでもいいわ! 火の国を守るため……あなたを倒させてもらうわよ!」
イグノスが大きな火の玉をフラットに向けて放った。フラットは避ける素ぶりを見せず、火の玉が奴に直撃した。
倒せたのではないかと少し期待したが、フラットは何事も無かったかのように立っている。
「ふー、気象の荒いお嬢ちゃんだねぇ」
フラットは黄色い魔法陣から金色に輝く槍を取り出した。
何だろう、俺はあの槍から只ならぬ力を感じた。
「い、イグノス! 気をつけ……え?」
「ぐ……」
バタンとイグノスが倒れる。顔に赤い血が飛んできた。
フラットはいつの間にかイグノスの真正面におり、手に持つ槍がイグノスの腹部に突き刺さっていた。
ま、全く見えなかった……何というスピードだ。
俺はともかく、イグノスが全く反応できないとは。
ダンジョンの主というからには相当強いとは思っていたが、イグノスが手も足も出ないとは想定外である。
フラットはイグノスの腹部から槍を引き抜き、倒れ込んでいるイグノスを俺の近くまで蹴飛ばした。
「い、イグノス! 飲めるか?」
俺はイグノスにポーションを飲ませた。イグノスから青い光が発生し、腹部の傷が瞬く間に治った。
「はぁ……ありがとう。タケル」
「お、おう……」
イグノスが回復したが、だからといって状況はかなり厳しい。やはり……今ここで神器を使うしかないか。
「ここまで来てもらって悪いんだけどさぁ、帰ってくれる? ダンジョン攻略は諦めてよ。君ら二人じゃはっきり言って、相手になんないし」
本当にはっきり言いやがるなこいつ。俺はフラットのステータスを確認してみることにした。
腕力:120
脚力:170
防御力:55
走力:155
魔力:70
くそ、デタラメなステータスしてやがる。やはり走力と脚力の数値が高い。
しかし、防御力の数値はあまり高くないな。
何とかして攻撃を当てることが出来れば勝機はあるか……?
「確かに高いステータスね。けど、それだけで勝てるだなんてちょっと早計じゃない?」
「イグノス、何か策はあるのか?」
「ま、一応ね。タケル、ちょっとこれ預かってくれる? あと、私から離れていて。一番強い魔法を使うから」
イグノスはポーションを俺に投げ渡してきた。俺はひとまずイグノスの指示に従うことにしあ。
イグノスが何をする気なのか分からないが、急いで神器を使えるようにしなければ。
俺は鞘を思いっきり掴み、何とか抜こうと試みた。頼む……抜けてくれ。
「はぁ……まだやる気なのか。君も諦めが悪いね。次は急所を狙うから恨まないでよ」
「悪いけど負けるわけにはいかないのよ。大好きな国を守る為に……私は戦う」
イグノスのやつ、まさか……
フラットの身体が一瞬光ったかと思うと、周囲に凄まじい爆発が起こった。
「うわ!」
爆風で俺は吹き飛ばされた。徐々に煙が晴れていき、イグノスが地面に伏しているのが見えた。