トイレがない
この話からちょくちょく際どいシーンが出てくますのでご留意ください。
港には古びた民家が立ち並んでおり、波の上にはボートやいくつかの立派な船が浮かんでいる。
俺は帆が張られている船を見て、心がときめいた。
この世界はまさに大航海時代なのだろうか。ダンジョン攻略という使命がなければありったけの夢をかき集めに行きたい。
ザラムはとある民家の扉の前で立ち止まると『コンコン』と扉を叩く。
「すみさせん。ザラムです。いますか?」
やがて、扉のガラスから人影が見えた。『ギィッ』と音を立てながら扉が開く。
そこに現れたのは頭にタオルを巻いた日の焼けた老人であった。白いシャツと茶色いズボンという出で立ちで、とてもガタイが良い。
「あいよ。久しぶり……って程でもないか。えっと、君たちは?」
「初めまして、タケルと言います」
「イグノスです。よろしくお願いします」
「エノンでーす。よろー」
「そうか、そうか! 俺はハフ。ここで漁業をして暮らしてる。よろしくな!」
ハフさんは気前よく挨拶をした。とても力強く響く声である。
ステータスも確認したが、神器無しのイグノスやエノンよりは劣るものの中々高い。
「ハフさんはこの港でボロボロになっていたところを助けてくれたんです。ハフさん、前に頼んでいたもの出来てますか?」
「おお、出来てるよ。付いてきな!」
ハフさんは波止場に並ぶ一隻の船の前で立ち止まった。
え、これが……?
正直、俺はそう思った。それは船というよりかはボートに近い。船には三つの帆が張ってある。
「ザラムちゃんが頼んでいた通り、頑丈なの用意しておいたよ。名付けて『火雷丸』だ! ギガロドンに数回ドつかれたくらいじゃビクともしねぇから安心して乗りな」
「ありがとうございます。では、名残惜しいですが早速行ってきます」
「何だい、もう行っちゃうのかい。ゆっくりしてけばいいのに」
「本当に残念ですがあまりゆっくりはしていられません。ハフさん、本当にありがとうございます」
ザラムは深くお辞儀をしてお礼をした。ハフさんは少し寂しそうに笑う。
「そうかい。気をつけてな」
「はい。では皆さん、行きましょうか」
ザラムは船に乗り込んだ。イグノスとエノンも後に続いて乗り込む。
「ほら、タケルも早く乗りなさいよ」
「お、おう……」
船の上に着地すると、足元がぐらついた。地面が揺れるような独特の感覚に見舞われる。
ザラムは慣れた様子で錨を上げ、先頭にある舵輪を回した。
船はゆっくりと前進し、どんどん加速していった。
「みんなー、頑張れよー!」
ハフさんが大きく手を振って、俺達を見送る。俺も手を振り返し、お礼を述べるため叫んだ。
「ハフさーん! ありがとうございまーす!」
いよいよ、船旅の始まりだ。
闇の国には順当に行くと明日中には辿り着くらしい。ひとまず操縦はザラムに任せて、この船にある唯一の部屋に入り、荷物を置いた。
この部屋で今日は寝泊まりすることになるのだが、これまた中々狭そうである。
勿論、テントよりはマシだが、それでも四人でとなると到底快適に眠れそうなスペースはない。
イグノスとエノンは荷物を下ろし、壁に身体を預け、座り込んだ。
「船なんて乗るの初めてだわ。エノンはある?」
「いや、私も無いよ。船ってなんかグワグワ揺れて楽しいね!」
俺は小学校の頃に乗ったきりで後はない。つまり、ザラム以外に船を操縦できるものはいないということか。
もしもザラムに出会わなかったららやばかったかもしれない。
「ちょっとザラムのところに行ってくる」
部屋から出ると、強い潮風が身体全身を揺する。潮の香りが鼻腔を突き、海にいるということを否応にも感じさせられた。
操縦しているザラムに近づいた。黒髪が靡き、潮風を浴びながらも瞬き一つせず、操縦しているザラムは何とも言えない格好良さを感じた。
「ザラム。ちょっといいか?」
「はい。どうされましたか?」
「どうやらザラム以外に操縦できる人がいないみたいなんだが、到着するまでザラムに操縦を任せていいのか?」
「構いませんと言いたいところですが、出来れば皆さんにも操縦してもらいたいと思います。この舵輪は魔力を注ぎ込むと船が進む仕組みになっています。とても簡単なので誰でも出来ますよ」
「そ、そうか……それとこの船ってさ、トイレどこにあるんだ?」
港に着いたあたりから尿意を催していた。さっき、ハフさんの家でトイレを借りておくべきだったなと今更ながらに後悔をする。
「この船にはトイレはありませんよ?」
「…………え?」
トイレが無いだと? そんな……まさか闇の国に到着するまで俺はずっと尿を我慢しなければならないのか?
それに、もしも大をしたくなったらどうしよう。大惨事だぞ。
「排泄をしたいなら海にしてください。私も行く時はしましたから。最初のうちは抵抗あるかもしれませんがすぐに慣れますよ」
ザラムもしたのか。この海で。しかも、こんな華奢で綺麗な顔立ちの少女が……ってあかん、あかん。何てことを考えてるんだ俺は!
「私に見られていると恥ずかしいと思いますから後ろの方でしてください。音は我慢してくださいね。私もするんですから」
「う、うっす……」
俺は船の後方に向かい、ザラムの死角となるところで海を見渡した。
大いなる海よ。この清い水を俺の尿で汚すことをどうかお許しください。
心の中で懺悔し、俺はズボンとパンツを下ろした。さぁ、するぞ! 今ここで。
「タケルー! って、あ……」
「イグノス、どうしたの? ありゃりゃりゃ」
イグノスは顔を赤面させ、エノンは『やっちまったなぁ』とでも言いたげな風に額に手を当てている。
見られた。俺のゾウさん。
「きゃーーーー!」
俺は女子のような甲高い悲鳴を上げ、すぐさまパンツとズボンをずり上げた。
の◯太さんに裸を見られたし◯かちゃんはこのような気持ちだったのだろうか。
「た、タケル……何してるの?」
「ザラムから船にトイレが無いからって聞いてさ。海でしようと思ったんだ」
俺が今やろうとしていたことを正直に打ち明けるとイグノスは目をパチパチさせた。
「へ? 船にトイレが無い? 嘘でしょ?」
やはり、イグノスも海で用を足すことに抵抗があるようだ。
イグノスは繋がりの森にいた時、外で用を足していたこともあるはずだが、この船という閉鎖空間では中々厳しいだろう。
「イグノス、大丈夫でしょう? 前に森でさ、クソしてたじゃん」
「エノン!」
「いった!」
イグノスはエノンに拳骨をかました。イグノス、森で野糞をしたのか……
「タケル、さっきの話は聞いてないわね?」
「おお、聞いてないさ! イグノスが森でうんこをしていたなんて、全然一切合切聞いてないからな!」
「聞いてるじゃない! もう忘れなさい!」
「あた!」
俺もイグノスから拳骨を喰らった。あれ? さっき、エノンが何かを言っていた気がするが何だっけ?