イグノス
眩しい光に包まれ、思わず目を瞑る。目を開けると視界にはたくさんの樹々が映った。
見る限りだと普通の森にしか見えない。
「ここが異世界……」
晴れて異世界に来たわけだが、どうにも実感が湧かなかった。
まだ、モンスターとか獣人とか見ていないせいか実感が湧かないのかもしれない。
とりあえず予定通り火の国に向かうとするか。ちょうど俺の前には看板があり、火の国への道を示していた。
看板によれば真っ直ぐ進むと火の国、反対方向に向かうと雷の国とやらに到着するらしい。
雷の国というのも気になるがひとまず向かうのは火の国だ。
それにしてもアマテラス様から貰った火の剣、やはり重い。本当に俺が使えるのだろうか。
「お、ちょうど良い人はっけーん」
ものすごい速さで何者かが俺を通り抜けた。愉快そうに微笑む金髪の少女は金貨が入った袋を愉快そうに握りしめていた。
こいつ……俺の貴重なお金を根こそぎ奪いやがった。許せん。あれが無いと生活に困る。
俺は剣の柄に手を掛けた。
「おい、お金返せよ」
「やーだよ。返して欲しけりゃ力づくでやってみたら? といっても、そのステーテスじゃ無理だろうけどね」
「上等だ」
丁度良い。神器の力を確かめる良い機会だ。俺は鞘から剣を抜こうとしたが抜けない。
あれれ? いくら力を入れてもやっぱり抜けないぞ。おーい、アマテラス様ー?
「ちょっと何やってんのー? 何もしないならこのまま逃げるよー!」
な、舐めやがって……こう見えても俺の体育の成績はクラスでも上の下に位置するんだぞ。
神器を使えなくても金貨を取り返してやる。
「待てこらー!」
こうなりゃ素手で金髪少女に立ち向かってやる。しかし、金髪の少女は何故かその場から動こうとはしなかった。
「てい!」
「うぐっ……」
鳩尾に強烈な痛みを感じた。どうやら蹴られたようである。痛みの余り動くことができない。
ショートパンツから伸びる白くて細い脚は見た目に反して恐るべき凶器であった。
「弱いね。ついでのその剣も奪っちゃおうかな」
金髪少女が火の剣に手を伸ばす。まずい……これを奪われたらダンジョン攻略が出来なくなってしまう。
「あなた、やめなさい!」
背後から声がした。振り向くと、赤い髪の少女が立っていた。彼女は泥でひどく汚れているが、美しくそして逞しい顔つきをしている。
「何? あんた、誰?」
「私はイグノス。通りすがりの宿屋の娘よ。見ていたわ。あなた、その人の金銭を奪っていたわよね?」
「まーね。私も生きるために必死だからね。何か文句でもあるの?」
「あるわ。そんなことをすればいつかアマテラス様から天罰が下るわよ」
何とこのイグノスという少女はアマテラス様のことを知っているらしい。
この世界でも神様として扱われているのだろうか。
「関係ないね。生きていくにはどんな手でも使うよ。頼りになるのは神より自分自身ってね。返して欲しければ力づくでやってみなよ」
金髪少女の目が急に鋭くなった。ピリピリとした空気に思わず固唾を吞む。
初めて目にする異世界人同士の戦い。果たしてどうなるのだろうか。
「なら、そうさせてもらおうかしら」
イグノスが右手を上げると、掌から火の玉を三発放った。金髪少女はそれを鮮やかに避け、素早い速度でイグノスに接近する。
「オリャ!」
先ほど俺に放ったものより重い蹴りをイグノスは両腕でガードした。イグノスは後ろに下がって距離を取ると、『パチン』と指鳴らしをした。
金髪少女が立っている場所で急に爆発が起こる。凄まじい爆発音に耳がおかしくなりそうになる。辺りは煙で覆われ、何も見えなくなった。
「やったかのか……?」
「いえ」
イグノスが視線を上げた。煙が消え、その視線の先には金髪少女がいた。彼女はいつのまにか木の上に登っていた。
「想像以上に強いね。あんたは厄介そうだからここは引かせてもらうよ」
金髪少女はまるで猿のように木から木へと移動し、この場から去って行った。
イグノスは蹲っていた俺の元に近づいてきた。
「ごめんなさい。逃がしちゃったわ」
「い、いや……むしろ助けてくれて本当にありがとう」
イグノスが助けてくれなかったらお金どころか神器も奪われていたことだろう。
それにしてもどうして神器が使えなかったのだろうか。
「礼には及ばないわ。あなた、名前は?」
「伊藤健だ。タケルって呼んでくれ」
「私はイグノス。これから火の国に戻る予定だけどあなたはどこに行くの?」
「お、俺も! ちょうど火の国に行く予定だったんだ」
「なら丁度良かったわね。一緒に行きましょうか」
良かった。イグノスと一緒に行けば無事に火の国まで辿り着くだろう。
「イグノスはこの森で何をしてたんだ?」
「ちょっとポーションの素材を探しててね。モンスターを討伐してたのよ」
イグノスは腰に付けている茶色い鞄から大きな爪のようなものを取り出した。
「そうだったのか。この辺りにはモンスターが多いのか?」
「そうね。だから、気を付けて進まないとね」
「わ、分かった……」
「それよりさっき、お金を取られたみたいだけど、どこかに泊まるアテはあるのかしら?」
「あ、い、いや……」
アテなどあるはずがない。今の俺は一文無し。しかも、頼れる人もいない。
明日からの生活をどうやってやり繰りすれば良いのか全く分からない。アマテラス様がどうにかしてくれるのだろうか。
「無いみたいね。ならうちに来ると良いわ。うち、宿屋やってるから」
「いや、でも……」
「遠慮しなくても良いわ。これも何かの縁よ」
何と器のデカい人間なのだろうか。器と同じくらい大きな胸元につい視線を落としそうになるのを何とか堪えた。
「ありがとう。それじゃ、お世話になるよ」
火の国まで歩を進めていたが途中でモンスターに遭遇することもなく、無事に到着することができた。