ザラム
階段を降り、リビングに向かうとブロンさんが朝食の準備をしていた。
「おお、タケルくん。おはよう。ゆっくり休めたかい?」
「はい。おかげさまで。もう体調はバッチリです」
「そうかそうか。それは良かった。今、朝食を作り終わるから椅子に座って待っていてくれ」
やがて、イグノスとエノンもリビングに降りて来た為、みんなで朝食を食べることにした。
ブロンさんが作ってくれた料理はエッグトーストにサラダ、コンソメスープでとても美味しい。ブロンさんの料理の腕前はかなりのものである。
「おじいちゃん。ちょっとお願いしたいことがあるんだ」
黙って朝食を食べていたエノンが突然、口を開いた。
「ん、なんだ。エノン」
「私、タケルと旅がしたいんだ。私も闇の国に行く。おじいちゃん、いいよね?」
驚くことにエノンが俺と旅をしたいと申し出た。とても嬉しいことなのだが命の危機が保証できないダンジョン攻略に向かわせることなど、ブロンさんは認めてくれるのだろうか。
ブロンさんは眉間に皺を寄せると、少しだけ口角を上げた。
「エノン……ふ、お前のことだ。止めても無駄なんだろうな」
「うん。私もタケルと一緒に戦いたいの」
「良いだろう。認めよう。だがな、死ぬなよ。絶対にな」
「勿論。必ず生きて帰ってくるから待ってて。おじいちゃん」
「ありがとう、エノン。助かるよ」
「ちょっと、私も忘れてない? 私も付いて行くわ」
「忘れてないさ。二人とも、手を貸してくれ欲しい。ダンジョンを攻略するために」
俺達はブロンさんに別れを告げ、闇の国に向かうことにした。
夢での御告げの通り、港で船を借りる予定である。
まずは商店街で食料など必要なものを買い漁った。
船で何日過ごすことになるか分からないため、たくさん買っておくに越したことはない。
買い物が終わると、港を目指し、商店街から離れたところにある坂坂を歩く。
イグノスには火の剣、エノンには雷の槍を持ってもらい、俺は闇の鎌を持っていた。
まだエノンに眷属の魔法を掛けていない。今度モンスターに出くわしたら使えるようになっているかどうか試してみるつもりであった。
長い時間、坂道を歩いていたがようやく平坦な道になった。
「エノン、港まであとどれくらいで着く?」
「んーっと、後少しで着くと思うよ。ほら、海が見えてきたでしょ」
エノンが指差す方向には日光を受け、綺麗に揺れる海面が見えてきた、
潮風が俺の顔を撫で、磯の香りが鼻腔を付いた。
ゴールが見えたことで少し気分が晴れた。
「皆さん、止まってください」
後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、黒い長髪に色白の女性が立っていた。
この子は繋ぎの森で会った……
「君は……確かザラムだったよね?」
「その通りです。あなた達が持っているそれ、神器だったんですね。私に渡してください」
ザラムは神器のことを知っているようであった。魔王と繋がりがあるのでは無いだろうか。
「冗談じゃないわ! この神器は私達が使ってるのよ! それにどうしてあなたが神器を欲しがるのかしら?」
俺もザラムが神器を必要とする理由を知りたい。
だが、もしも彼女が魔王と何か関わりがあるとしたら正直に話してくれるか分からない……最悪戦闘することも覚悟せねばならない。
「私が神器を必要とする理由はただ一つ。ダンジョンマンスター、タケシを殺すためです」
『タケシ』という名前を聞いて、心臓の鼓動が速まった。
分かっていたことだが改めて言われるとショックである。タケシというのは紛れもなく父さんの名前だ。
「そうか。そのタケシって人がダンジョンの主なんだな? 闇の国の」
俺が訊くと、ザラムが頷いた。もしもザラムが父さんと戦ったことがあるのなら色々と聞いておきたい。
「その通りです。あなた方もダンジョンを攻略したことがあるようですが、それでも到底タケシには及ばないと思います。どうかそれを私に譲ってくれませんか?」
そこまでハッキリ勝てないと断言されるということは父さんの強さは相当なものだろう。
エノンはザラムの言葉にイラついたのか、雷の槍を彼女に向ける。
「あのさぁ。そんなに偉そうに言うってことは当然、私より強いんだよね? ちょっと相手してよ」
エノンが勝負を吹っ掛けた。ザラムは勝負に乗ってくるだろうか。
「望むところです。手合わせしましょう」
ザラムがあっさりと勝負を引き受けた。面白い。ちょっとザラムの動きを観察しておくか。
「そんじゃ、いっくよー!」
エノンはゆったりとした動きから一気に加速し、ザラムの背後に回った。そのまま強烈な蹴りを繰り出す。
「バリア」
ザラムが唱えると彼女の周囲に青白い障壁が展開する。その障壁はエノンの蹴りを完全に防いだ。
「いったぁ……こりゃ、硬いね」
「あなたの攻撃ではこのバリアを破ることは出来ないでしょう。降参したらどうですか?」
エノンは明らかにムッとした表情をした。絶対にバリアを破ってやろうという硬い意思が伝わる。
「本当ムカつくねーあんた。ちょっと怪我しても知らないよ?」
真正面から雷の槍で何度も突き技を繰り出すエノン。『ズガガガ』と鉄がドリルを抉るかのような鈍い音が響き渡る。ザラムは少しづつではあるが後ろに下がっていた。
「中々の攻撃力ですね……ですが」
エノンが立っている地面がボコッと凹んだ。エノンは苦しげな表情をすると、ガクンと片膝を付いた。
「何これ……身体が重い」
「あなたが立っている場所に重力を掛けさせてもらうました。これでまともに動くことは出来ないはずです。そして、さらに……マジカルドレイン」
エノンの身体から黒い光が発生する。マジカルドレインという言葉から察するにおそらくこの魔法には体力を奪う効果があるのだろう。
「やっばいね。こりゃ……」
「この場から動けない上、体力はどんどん減り続けます。もう降参したらどうですか?」
かなりきつい状況であるにも関わらず、エノンは立ち上がった。
「断るよ。私は絶対に負けないから。タケル、あれ使ってよ。イグノスに掛けた魔法」
俺は頷いた。今ならきっと発動するはずだ。俺以外の人間が神器を解放するための魔法。