ツクヨミ
「勝った。ようやく勝ったんだな……」
俺はその場で膝を崩した。右肩には鎌が刺さったままで尋常じゃないくらい痛い。
ブラフはとんでもなく強かった。エノンとイグノス、どちらかがいなかったら確実に負けていたことだろう。
「タケル。その肩、大丈夫?」
「ちょ、ちょっとやばいかもな……」
出血が止まらず、視界がふらつく。ひとまずポーションを飲んで回復せねば。
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
イグノスは鎌の柄を掴むと、俺の肩から一気に刃を抜いた。そして、すぐさまに火の魔法で傷口を焼いた。
「あぎゃああああ、つっ……!」
余りの激痛で俺は悶え苦しんだ。エノンは「うっわ、痛そう……」とドン引きした様子で呟いた。
「タケル、我慢して。そのままだと出血多量で死んじゃうから。ヒール」
イグノスに治癒魔法を掛けられ、少し痛みが和らいだ。さらにポーションを飲み干すと大分気分が楽になった。
「さて、無事にダンジョンを攻略したことだし、帰るか」
俺が立ち上がると、エノンが駆け寄り抱きついてきた。
「ちょ……エノン!?」
エノンは顔を上げた。エノンは目を腫らし、泣いていた。
「タケル。ありがとう。一緒に戦ってくれて嬉しかった。本当はさ……怖かったんだ。国を救えないことも、死ぬことも」
そんなの当たり前だろう。誰かの為に戦うということは簡単そうに見えて決して簡単ではない。
俺も自分一人だけだったら怖気づいていたことだろう。
「そんなの俺だって一緒だ。エノンとイグノス、二人がいたから俺も勇気を持って戦えた」
「タケル……タケルは私にとって最高の英雄だよ!」
英雄――まさか他の人からそんな風に言われ日が来るなんてな。
全くもって実感がないが、結果として俺はこれで二つの国を救ったことになる。
災厄のダンジョンは残り一つか。
「こほん。ちょっと、二人とも。そろそろ離れたらどうかしら?」
「そ、そうだな……」
俺は自分の身体からエノンを離した。エノンは何故か少し不満そうに頬を膨らませる。
地面に落ちてある闇の鎌に目がいった。
「エノン、ちょっとこれ預かってくれ」
「うん、分かった」
エノンに雷の槍を渡し、闇の鎌を拾い上げた。すると、闇の鎌が黒く光ると何かが出てきた。
出てきたのは黒を基調とした月の紋様が入っている和服を着た優男であった。
その男は黒い長髪をかき上げ、辺りを見渡した。
「状況から察するに僕は無事解放されたようだね」
男の声はとても綺麗な声で思わず聴き入ってしまいそうになる。
「あなたはもしかしてアマテラス様の弟ですか?」
「その通り。僕の名前はツクヨミ。忌まわしきブラフから解放してくれてありがとう。君たちは?」
「タケルと言います。アマテラス様に呼ばれて別の世界からやってきました」
「私はエノン。よろしくねー、ツクヨミさん」
「私はイグノスと言います。みんなで協力して何とかブラフを倒しました」
俺達が自己紹介をすると、ツクヨミ様はイグノスとエノンが手に持っている神器を見つめた。
「アマテラスとスサノオの神器か。つまり、これで全ての神器が揃ったわけだね。いやぁ、これはめでたい!」
「あの……神器はこれで全部なんですか? あと、ひとつダンジョンが残っていると思うんですが」
てっきり最後のダンジョンではダンジョンの主が神器を持って待機しているものだと思っていたのだが違うのだろうか。
「ああ、神器は全部で三つだよ。次に君達が目指すのは闇の国だね」
「おい、エノン。闇の国って確か……」
「ここから海を挟んで三百キロくらい離れている国だね」
そんなに離れているとなると、どうやってそこまで行ったら良いのだろうか。やっぱり船か? 定期船とか出ているのだろうか。
――タケルさん、お疲れ様です。さすがに今回は見ていてヒヤヒヤしましたよ。
脳内からアマテラス様の声が聞こえてきた。今のうちに気になっていたことをたくさん聞いておきたい。
「アマテラス様、教えてください! 災厄のダンジョンはどうやって出来るんですか? あと、俺の父さんはこの世界にいるんでしょうか? それと、えっと……闇の国にはどうやって行けばいいんでしょうか?」
――タケルさん、落ち着いてください。そろそろ打ち明けねばなりませんね。今夜、夢で教えてあげます。ツクヨミは天界に戻ってください。
「りょーかい。助けてくれてありがとう。タケル君、いずれまた会おう。この鎌は君達が使うといい」
「はい。ありがとうございます」
天空から差し込む光がツクヨミ様の身体に当たると、ツクヨミ様は瞬く間に消えてしまった。
スサノオ様の時と同様に天界へと戻ったのだろう。
「みんな、帰ろうか。ダンジョンを攻略したこと、おじいちゃんに報告しよう!」
「そうだな」
俺達がダンジョンから出ると、祭壇は崩れ落ちてしまった。
これでもう生贄を捧げる必要がなくなる。
晴天だった空は突然曇り、激しい雨が降り始めた。視界が一瞬光ると時間差で雷の落ちる音が鼓膜を突く。
エノンは空を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ……これだよ。これ。やっと元に戻ったって感じだね」
「良かったな、エノン」
「うん。私、早くおじいちゃんに会いたいな」
国の人達は今の天気に驚いているようであった。
誰かがダンジョンを攻略したと思い込み、喜んでいる人もいる。
さらには軍服を着ている集団がダンジョンのある方向へと向かっているのが見えた。
そのうち、ダンジョンが攻略されたことが国中に伝わることだろう。
「ただいまー!」
「おぉー! エノン。待っていたぞ!」
エノンとブロンさんは抱き合った。とても感動するシーンではあるのだが、既にオデノカラダハボドボドダで余韻に浸る余裕が無かった。
「ブロンさん……申し訳ないんですけど、ちょっと休んでも良いですか?」
「おお、そうだな。しかし、君たちビシャビシャじゃないか。タオルを貸すから風邪ひかないようにしなさい」
ブロンさんからタオルを借り、寝巻きに着替えると布団に潜り、眠ることにした。
激しい戦闘を行ったため、すぐに深い眠りに落ちることができた。