ブラフ
「ギャー!」
祭壇の中から叫び声が聞こえてきた。中に誰かいるのか。
「中から叫び声がしたわ! 助けに行きましょう」
「お、おい! イグノス!」
イグノスが危険も顧みず、祭壇の中に入っていった。イグノスは正義感が強い。
それは確かに良いことなのかもしれないが、自分の身を案じないのは悪癖と言っても良いだろう。
俺は慌ててイグノスのことを追いかけた。
祭壇の中は思ったより広く、地面は土で出来ている。
奥で誰かが戦っているのが見えた。先頭を切っていたイグノスが突然立ち止まった。
「タケル、あれ!」
「あれは昨日の……」
どういう訳か、昨日俺たちに絡んできたカシムとジュラが戦っている。
しかし、どうにもジュラの様子がおかしい。
目が赤く光っており、「ぐるるる……」と涎を垂らし、唸っている。
「お、お前らは昨日の! 助けてくれ……ジュラがそいつに殺されたと思ったら突然動き出して、俺を襲ってくるんだ」
『そいつ』というのは椅子に座っている人物のことか。その人物は尖った両耳に黒い肌をしており、手に大きな鎌を持っている。
「イグノス。カシムを手伝ってやってくれ」
「うん、分かった」
「神器解放!」
俺は鞘から火の剣を抜き、エノンと共にダークエルフに近づく。黙って座っていたダークエルフは椅子から立ち上がると、鎌を俺に向けた。
「その剣と槍……神器か。雷の槍を持っているということは本当にフラットがやられたのだな」
「そうだ。お前がダンジョンの主だな?」
「その通り。俺の名はブラフ。お前達の名前を聞かせてもらおうか」
「私の名前はエノン。あんたが来てからうちの国はめちゃくちゃだよ。それに父さんも母さんも……絶対に、絶対にぶっ殺す!!」
エノンが先に名乗り、雷の槍をダンジョンの主に向ける。
いつも飄々としているエノンがここまで感情的になるのは珍しく感じる。
「おい、落ち着けエノン。俺の名はタケルだ。ブラフ、どうして生贄を求める? それも女性ばかり」
刃をブラフに向ける。俺はどうにも食事目的で生贄を求めているとは思えなかった。
災厄のダンジョンを作った理由、それを聞き出したい。
「世界を滅ぼす力。その力を溜めるために女性の魔力が必要なんだ」
災厄のダンジョンには世界を滅ぼす力があることは知っているものの、生み出した動機が分からない。
「世界を滅ぼしてどうなる。何か良いことでもあるのか?」
「別の世界が救われる。お前達、ダンジョン攻略がしたいのだろう? 俺を倒せばダンジョンは崩壊する。どちらかが死ぬまで戦おう」
ブラフがゆっくりと近づいてきた。俺はブラフのステータスを確認する。
腕力:不明
脚力:不明
防御力:不明
走力:不明
魔力:不明
「ステータスが確認できない?」
「どうやらザラムって女と同じ魔法を使ってるっぽいね」
「これから殺しあう相手にステータスを見せてやるほどお人好しではない。では、こちからいくとするか」
高速で顔に迫る鎌を何とか避けた。かなり速いな。
俺も火の剣で攻撃を試みるが、鎌で防御されてしまう。さらに腕や腹部を軽く負傷した。
ダメージは大したことがないが、何故か身体が怠くなった。
「な、なんだこれ……力が……」
「闇の鎌には魔力を吸い取る力がある。お前が持っているその神器とは相性が悪いと思うぞ」
考えなしに攻撃するのは得策ではないな。
対抗策を考えていると、エノンが俺に耳打ちしてきた。
「タケル、私が先に攻撃するからすごいの一発決めちゃって」
「分かった。気をつけてな」
エノンは頷くと、特攻を開始する。軽やかなステップを踏み、槍を突き出す。
ブラフは顔色一つ変えずに闇の鎌でエノンの攻撃をいなす。
俺は攻撃するタイミングを見計らっていた。
「ダークスラッシュ」
ブラフが小さく呟くと、黒色に発光した闇の鎌を横に振る。エノンは神器による斬撃をジャンプで躱した。
「今だよ、タケル!」
「バーニング・トルネート・スラッシュ!」
フラットを倒した回転斬りを繰り出す。金属と金属がぶつかり合う音が響く。
俺の背後にはブラフが立っており、下半身に力が入らず、その場で倒れこんだ。
「た、タケル!」
エノンが心配そうに駆けつけた。ブラフは俺のことをつまらなそうに見下ろしている。
「ふん。神器使いのくせに歯ごたえのない。本当にフラットを倒したのか? もう俺が手を出すまでもないな。ネクロマンサー」
地面から生気が無い腐敗臭のする人間が五体出てきた。
性別が分からないほどに顔や身体がボロボロであるが、五体全てが女性ものの服を着ている。
「こ、こいつらはまさか……」
「そう。かつて生贄になった者達だ。俺の力で操っている」
「この力でジュラのことも……あんた、本当に最低だね」
二人が話している隙に俺は持ってきておいたポーションを飲んだ。体力と魔力が回復し、立ち上がる。
イグノスの方を見ると彼女はやけくそに炎をぶっ放していた。
ジュラの強さに翻弄しているようである。
「攻撃しても攻撃しても倒れないじゃない……どういうことなの?」
「俺が操る人間はそう簡単に倒すことはできんぞ」
「う、う、うわーーーー!」
カシムは入り口に向かって走り出した。逃げるつもりのようである。
ブラフが鎌を横に振った。鎌から飛び出る黒い衝撃波がカシムの首を斬り裂いた。
死体と化したブラフは地面に転がり込み、ピクリとも動かなくなる。
「ネクロマンサー」
ブラフが唱えると、斬り落とされたカシムの首がくっつき、ゆっくりと立ち上がる。
カシムはノソノソと歩き始め、近くにいるイグノスに襲いかかった。
「ちょ、ちょっとこれはやばいかも……」
さらに動く死体が増え、イグノスはひたすら火の魔法を使い続けた。
しかし、あのままだといずれイグノスの魔力は尽きてしまうかやられてしまうだろう。
「金髪の娘。お前はあの二人の子供か。あいつらは良く覚えている。戦った相手の中で歯ごたえがあったからな」
「そうだよ。あんたのせいで父さんと母さんは……絶対に許さないから」
「そんなに会いたければ会うが良いさ。ネクロマンサー」
穴から二人の人間が現れる。一人は古びた剣を持ち、鎧を纏っていた。肌が腐敗しているが大きな身体で男であると推測できる。
もう一人は手には杖を持ち、長いスカートを履いている。ボサボサの金髪で瞳は生気を失い焦点が定まっていなかった。
「う……」
変わり果てた自分の両親を見たエノンはその場で嘔吐した。
俺も同じ立場なら嘔吐するか、精神崩壊してしまうかもな。
もうこれ以上、エノンが戦い続けるのは厳しいかもしれない。