ダンジョンの誕生
食事を終えると、俺達はブロンさんの家に戻った。ブロンさんにナイフで刺されたところに薬草を塗り、包帯を巻いてもらった。
「これでよし……っと。明日の朝には完治することだろう」
「ありがとうございます。ブロンさん」
「いや、お礼を言うのはワシの方だ。大切な孫娘を助けてくれて本当にありがとう」
ブロンさんは深々と頭を下げた。そんな風に頭を下げられると、却って申し訳ない気持ちになる。
「いえいえ! 別に助けなくてもエノンなら軽傷だって」
「それは多分、強がりかな。あの子、昔から無茶するから」
「そうなんですか……」
確かにそれは感じる。ダンジョン攻略の為に一人であの危険な森を抜けたりと、普通の精神ならできないだろう。
「本当ならあの子には安全な国で暮らして欲しいんだがな、どうしてもダンジョンを攻略したいんだとさ」
「エノンはどうしてそこまでダンジョンを……」
「話すと少し長くなるんだがな……まずはダンジョンの成り立ちについて話そうか。この国にダンジョンが誕生したのは五年前なのだ」
五年前……思ったよりも最近なんだな。てっきり、ダンジョンというのは何十年も前から存在しているものだと思っていた。
「この国はな、一年の半分が雨でしかも頻繁に雷が落ちるような国だったのだ。雨の降る頻度が他の国と同じくらいになったのはダンジョンが出来たからなのだ」
「ダンジョンを作ったのはダークエルフですか?」
「その通りだ。五年前にダンジョンの主が現れ、国長に恵みのダンジョンを作り、雨を止ませてやると申し出た。そして、その言葉通りダンジョンの主は雨を止ませた」
ダンジョンの成り立ちにそんな背景があったとはな。フラットが言っていたダンジョンを作った仲間というのはそいつの可能性が高い。
「雨に悩まされることが無くなったこの国は農業を行った。三年程は順調に国が栄えていったがある時、ダンジョンの主が国長に若い娘を寄越せと言い出したのだ」
「生贄……」
「いかにも。国長はどうして若い娘を差し出さなければならないのか尋ねた。返答はこうだった。ダンジョンを作ってやった礼に寄越せと」
「それで……差し出したんですか?」
「そうだ。まさか生贄とは思っていなかった国長は自身の娘を行かせた。だが、その六十日後、再び奴がダンジョンの主が街にやってきて、若い娘を差し出せと言い出した」
「国長はどうしたんですか?」
「勿論、自分の娘のことを尋ねた。しかし、ダンジョンの主はすでに国長の娘は死んでいることを告げる。怒りに震えた国長はダンジョンの主に立ち向かったがあっさりと殺されてしまった」
「ひ、ひどい……」
実の娘を殺されるた挙句、自分も殺されるだなんて無念怖まりないことだろう。
「それからは定期的にダンジョンの主に生贄を差し出さなければならなくなった。国を抜けるには森か海を渡らなければならないが、ステータスが低い人間にはかなり難しい。一部の人間以外、奴に従うしかなかったのだ。ダンジョン攻略に向かったワシの娘も……帰らぬ人になった」
ブロンさんの声は怒りに震えていた。この五年間の間に悔しい思いをたくさんしてきたのだろう。
俺は何としてでもダンジョンの主を倒したい。
「あの子は国の為、そして両親の仇を討つためにダンジョンを攻略するつもりだ」
「ブロンさん。俺が必ずダンジョンの主を倒します」
「頼む。出来ることならワシの手でダンジョンの主を討ちたいがそんな力がないことはワシがよく知っている。エノンのことをどうか守ってやってくれ」
「分かりました」
「やはり、神の御告げというのは当たるものだな」
神の御告げ? まさか、アマテラス様からのだろうか。
「神の御告げって?」
「数日前だったか、夢でスサノオ様の姉だと名乗る神から言われたのだ。神の遣いがこの街を救うだろうと。タケルくん、君のことだったのだな」
「は、ははは……それはどうでしょうか」
アマテラス様。わざわざそんなお膳立てをしてくれたのか。ブロンさんは手を組み、目を瞑った。
「タケルくん。神のご加護があらんことを」
ブロンさんが俺の武運を祈ってくれた。大丈夫だ。今の俺には仲間がいる。神器もある。
きっと、再び雷の国の平和を取り戻すことができるはずだ。
その日、俺はブロンさんが用意してくれた布団でゆっくり休んだ。
夢でアマテラス様が出ることを期待したが、残念なことに出ることはなかった。
次の日の朝、ブロンさんが用意してくれた朝食を食べ、準備をした後、ダンジョンへと向かうことにした。
「それじゃ、みんな。気をつけてなー!」
「うん! 必ず生きて戻ってくるからね、おじいちゃん」
ブロンさんは手を振って、俺達を見送ってくれた。ダンジョンは商店街の近くにあるらしい。
ここからそう遠くもない。商店街を通り抜け、空き地のところに石で出来た階段があった。
「エノン、これが……?」
「うん、ダンジョンだよ」
エノンの声には怨嗟が含まれているようであった。階段の先には金色に輝く大きな祭壇があり、扉は普通に開いている。
ダンジョンというからもっと到着するまでに時間が掛かると思っていたがあっさり着いてしまった。
「二人とも、気をつけて行きましょう」
「そうだな」
慎重に階段を上っていく。階段に罠か何か仕掛けられているではないかと内心ビクビクしていたが、特に何も起こることもなく扉の前に辿り着いた。