泉での出来事
「変だなぁ……」
エノンがボソッと呟いた。一体、何が変だと言うのだろうか。
「ん、何がだ?」
「ザラムが来た方向、雷の国なんだよね。うちにはいなかったはずだけど……」
「そりゃ、観光で雷の国にいたとかじゃないのか?」
「そうなのかな。わざわざうちみたいな物騒な国によそから来る人なんてほとんどいないけど」
雷の国はそんなにやばいところなのか。何だか行くのが怖くなってきた。
「それじゃ、別の国からやって来たとかじゃないかしら?」
「うーん、火の国以外で雷の国から一番近いのは確か闇の国だったかな? あそこは確か、海を挟んで三百キロくらいあるはずだったけど……」
「そりゃ随分と離れてるな」
元の世界で言うと、盛岡市から仙台市の倍近くあるぞ。しかも海を挟んでか。
「まぁ、いいじゃない! 気にせず先に進みましょう!」
「そうだね」
気を取り直し、再び俺達は雷の国を目指して突き進むことにした。
森を進むにつれ、小石や木の根により、歩きにくくなっていった。
戦闘もより過酷になっていく。モンスターの強さ自体はそこまででもないが、なにぶん数が多い。
「はぁ……疲れた。二人とも、よくこんな森一人で歩けたな」
「まぁね。極力、無駄な戦闘を避ければ結構楽に突破できるよ」
「そ、そうなのか……」
「けど確かに少しモンスターに構いすぎたわね。明日は極力戦闘を避けましょう。そろそろ泉に着くわよ」
雑草をかき分け歩いていくと大きな泉が見えてきた。
その泉の水は清く透明で、真水のようであった。
「めっちゃ綺麗な水だね! こんな場所があったなんて知らなかったよ」
「でしょでしょ! さぁ、二人ともテントを張りましょうか」
みんなで協力し、テント造りを行った。俺達が寝泊まりするテントは簡素な作りで余り中は広くない。
おそらく雑魚寝する形となるだろう。
無事にテント作りが終わると、あらかじめ持って来ておいた缶詰を食べて腹を満たした。
「ちょっと私、水浴びに行ってくるわね」
「あ、私も行くー! ねぇ、タケルも一緒に行かない?」
「い、行くわけねぇだろ! 俺はここで待ってるから気にしないで行ってきてくれ」
俺は必ず欲望に打ち勝ってみせる。必死にそう自分に言い聞かせた。
イグノスは俺に近寄ると、不気味に微笑みながらポンと俺の肩に手を置いた。
「もしも覗いたら……分かってるわね?」
「は、はい……」
コクコクと頷いた。これはガチだ。誘惑に負けて覗こうものなら俺はきっと消し炭と化すだろう。
イグノスとエノンはテントから出て行った。テントの近くに泉があるため、覗こうと思えば覗けてしまう状況だが、絶対にそんなことはしない。絶対にそんなことはしない。
大事なことなので二回言いました。
テントの中に置いてある火の剣と雷の槍に手を掛ける。
「つっ……!」
二つの神器からバチッと電気が発生し、持つことができない。やはり、どうやっても神器を二つ同時に持つことは出来ないようである。
「神器か……」
今更ながら神器とは一体何なのだろうか。神の力が宿っているらしいが、雷の槍にはスサノオ様が封印されていた。
このことから神器には神様を封印する力も持っていると考えられる。
それに、アマテラス様は神器を使える人間は限られているとも言っていた。
「ま、深く考えても仕方ないな」
やがて、イグノスとエノンが水浴びから戻ってきた。俺も水浴びを行い、その日はテントの中で寝た。
お世辞にも寝心地が良いとは言えなかったが、疲れからかすぐに眠りに落ちることができた。
気づくと俺は初めてアマテラス様と出会った場所にいた。
目の前にはアマテラス様、そしてスサノオ様もおり、二人は椅子に座っていた。
「タケルさん。弟を助けてくれてありがとうございます」
「本当にありがとうな、タケル! シェイシェイ」
「あ、いえ……」
スサノオ様はなぜか中国語でお礼を言ってきたが、気にしないでおこう。
「タケルさん。そのまま雷の国に向かってください。そこでダンジョンを攻略するのです。そこにいるダンジョンの主もまた神器を持っています」
「神器を? それじゃ、神様が封印されてるんですか?」
「はい。もうお気づきにようですね。その通りです。私のもう一人の弟、ツクヨミが封印されています。ツクヨミを封印している神器は闇の鎌という神器です」
ツクヨミ。単語だけは知っている。幻覚を見せる的な……いや、あれは違うか。
「アマテラス様。神器って一体何なんですか?」
「神器は私達、神が作り出した武器。人間界でも神の力が使えると同時に力を封じ込める効果も持ってるんです」
「どうして封印なんて効果を……」
スサノオ様とツクヨミ様が封印されていなかったら今頃、災厄のダンジョンが無くなっていたかもしれない。そう考えると無駄な効果としか思えなかった。
「神の力は強大ですからね。もしも、人間界で神同士が争った時の保険として、神を封印する効果を付随することにしたんです。それが裏目に出ちゃいましたけどね」
「な、なるほど……」
分かったような分からないような理由である。
「それと、神器はその強大な力ゆえに二つ同時に扱うことはできません。ですが、神器にはもう一つの力があります」
「もう一つの力?」
「はい。それは『眷属』という魔法です。神器の持ち主は信頼できる人間に神器を渡し、『眷属』と唱えることで、神器を受け取った人間もまた神器の力を解放することができます」
眷属。そんな力があったのか。これはかなり有益な情報だ。
これでイグノスやエノンも神器が使えるということだ。
「ありがとうございます! かなり役に立ちそうです」
「注意点ですが、一度眷属の魔法で神器を受け取った人間は二度と別の神器の力を使うことはできなくなります。例えばイグノスさんが火の剣を使った場合、今後、雷の槍の力を解放することは出来なくなります」
「な、なるほど……」
どちらに神器を使わせるかが重要になるということか。だがまぁ、ステータスの相性的にもイグノスが火の剣でエノンが雷の槍でいいだろう。
「あと、ワシからも一つアドバイスだ。お前は雷の槍の使い方が全くなっとらん!」
「う……おっしゃる通りです」
「ワシが手本を見せてやろう。とりゃ!」
スサノオが椅子から立ち上がると膝を大きく曲げ、空高く飛び上がる。
しかし、高く飛びすぎてついには見えなくなってしまった。
「す、スサノオ様?」
「弟はバカなだけなので気にしないでください。では、ご武運をお祈りします」
「あ、待ってくだい! まだ聞きたいことが!」
そこで目が覚めた。ちくしょう、父さんのことを聞こうと思ったのに……
俺の両隣でイグノスとエノンがぐっすりと眠っている。
美少女二人に囲まれて眠っていると他人が聞いたら羨ましがられる状況ではあるが、実際のところそんなに良いものではない。
ふと手に違和感を感じた。右手に何だか柔らかいものが……
「うわ!」
俺はいつの間にかイグノスの胸を揉んでいた。それはまるでプリンのように柔らかく、ものすごい弾力があった。俺はすぐさまイグノスの胸から手を離す。
めっちゃデカかった。それに柔らかかった……自分の中に幸福と罪悪感が同時に押し寄せてくる。
「ん……おはよう。タケル」
イグノスが目を覚まし、眠そうに目を擦る。寝起きのイグノスは何だか色気があってドキドキする。
「お、おはよう……」
幸いにもイグノスは俺が胸を揉んでいたことに気づいていないようであった。
「ちょっと外に行ってくる」
「行ってらっしゃい……」
元の世界では当たり前にあったプライベートな空間が何だか恋しくなった。
気分転換にテントの外を出ると、チュン、チュンという小鳥のさえずりが聞こえてきた。
朝日に反射し、ゆらゆらと揺れる水面がとても綺麗であった。俺は泉の近くを散歩した。
元の世界で見かない植物を見ているとここは異世界であることを実感させられる。
予定では今日中には森を抜け、雷の国に辿り着く。
泉の水で顔を洗い、テントへと戻ることにした。
「ただいまー……、あ」
タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどイグノスが着替えていた。何というか、SUGOIDEKAI.
下着に収まりかけている大きな胸はハリがあり、雄としての本能を刺激するには充分すぎるほどであった。
本当に、本当にありがとうございました。
少しというか、かなり気まずいこの状況をエノンがニヤニヤと笑いながら見ていた。
「タケル……?」
「は、はい……」
バチン。ぶたれた。親父にもぶたれたことないのに!