繋ぎの森
街は離れてからしばらく歩き、ようやく俺達は繋ぎの森の前まで辿り着いた。
「繋ぎの森に着いたわね。森を抜けるには最低一日はかかるから今日は森でテントを張れる場所に向かいましょうか」
「そうだね」
は? テントだと。聞いてないぞ、そんなこと。
「いや、待てよ。テントなんて俺、持ってきてないぞ」
「大丈夫よ。私が持ってきてるから。三人くらいなら入れるわ」
ふざけんなよ。どうして女性二人と同じ空間で寝なくちゃいけないんだ。
休まるか。特に心の方。ある意味、体の方もだが。
「なぁ、エノンは持ってないのか? テント」
「うん、ないよ。火の国に来るときは洞窟を寝床にしてたんだ」
「洞窟か。それじゃ、俺達も……」
俺は狭いテントで二人と寝るより、洞窟の方が開放的でまだいいんじゃないかと思った。
「私もテントの方がいいなー。洞窟ってジメジメしててぐっすり眠れないし」
「三対二、よし決まりね! 今日はテントで寝ましょう」
俺の意見は即座に却下された。納得いかない。少数派の意見を尊重してこそ真の政治であろう……ってか二人は抵抗が無いのか?
腑に落ちないと思いつつも、俺は森を突き進むことにした。
俺が初めて繋ぎの森に来たときはモンスターには運良く出会わなかったが、今回はすぐに出会した。
二足歩行の豚顔のモンスター、オークがのそのそとこちらに近づいてきた。
オークは茶色い肌をしており、手には大きな斧を持っている。
「森で早々にオークと出会うとはね。それじゃ、早速やりましょうか」
「ちょっと待って。タケル。その神器の力、見てみたいな」
エノンは神器の力に興味津々のようである。俺は火の剣を抜き、力を解放した。
「分かった。神器の力を見せてやるよ」
オークが斧を掲げて、接近する。見た目に反して身軽な動きである。俺はジャンプして、オークの背後に周ると、スパッと奴の首を刎ねた。
オークの首から大量の血を吹き出すとバタンと倒れ、全く動かなくなる。
「うわー。タケル、すっごいね。これが神器の力かぁ。ねぇ、イグノスが持ってるその槍は使えないの?」
「ステータスは上がるけどまだ俺には近いこなせないんだよな……ちょっともう一回試してみるか」
俺は火の剣を置き、イグノスから雷の槍を受け取った。
真正面にある木に目掛けて突進したが、速度をコントロールできず、そのまま木を通り過ぎてしまった。
「やっぱりダメか……」
「すごいスピードだね! ねぇ、私にも貸して」
「あ、おい!」
エノンは俺から雷の槍を取り上げた。槍を器用にクルクルと回し、重心を低くした。
「これが神器かぁ。なんか、ワクワクしてくるね!」
ビュンと風を切る音が聞こえる。前方に移動したエノンは槍を木に貫き通した。
俺はエノンのステータスを確認する。
腕力:51
脚力:115
防御力:41
走力:85
魔力:72
このステータス……おそらくエノンは神器の加護を受けていない。やはり、神器の力を解放できるのは俺だけのようだ。
「この槍、いいねぇ。タケルが使いこなせるまで私が使っててもいい?」
「うん、いいよ。その方が良さそうだしな」
脚力と走力の数値が高めのエノンには雷の槍とは相性がいいだろう。
エノンが神器の力を解放できればいいのだが……夢でアマテラス様と会った時に聞いてみるか。
イグノスを先頭に森を歩いていく。イグノスが言うにはこの先にモンスターの少ない湖があるらしい。
「ん、あれは……」
少し先に髪の長い女性が三つの頭部を持つ狼のようなモンスターと戦っているのが見えた。
「ガウ、ガウ!」
モンスターは勢いよく女性に飛びつく。女性は腕を噛まれると、モンスターを地面に叩きつけ、強引に引き剥がした。
腕からは大量の血が滴り落ちており、とても痛々しい。しかし、女性が『ヒール』と唱えると、瞬時に傷が治る。
「全く鬱陶しいモンスターですね。死ねば良いのに」
女性は物騒なことを呟いた。右手をモンスターに突き出した。彼女の薬指には赤い宝石の付いた指輪が嵌められている。
「あれはケルベロス……この森の中でもトップクラスに強いモンスターよ。助けないと!」
ケルベロスか。さっき俺が戦ったオークより遥かに強そうである。
「ケルベロスに命ずる。この私にひれ伏しなさい」
「ガ……ウ……」
ケルベロスが苦しそうに体勢を低くした。必死に動こうとしているが、金縛りにでも掛かったかのように動けないでいるようだ。
「爆ぜよ」
ケロベロスが勢いよく爆発し、跡形間も無く消し飛んだ。すごい、倒したぞ。
しかし、女性はその場にしゃがみ込むと頭を抱え出した。おいおい、大丈夫なのか?
「君、大丈夫か?」
心配になった俺は女性に話しかけた。女性はゆっくりと俺のことを見上げる。
女性は美少女と言って差し支えない容貌をしているが、どういうわけか親近感のようなものが湧いた。
「はい。大丈夫です」
「ケロベロスに襲われるだなんて災難だったわね。あなた、名前は?」
「ザラムと言います。あなた達は?」
「私はイグノス。雷の国を目指していたところよ」
「俺はタケル。よろしく頼む」
「私はエノン。ちょっと聞きたいんだけどさー、どうして君のステータスって見えないの?」
「え?」
俺は試しにザラムのステータスを確認しようとした。しかし、できなかった。
どうしてザラムだけ?
「私の身体にはステータス隠しという魔法が掛かっています。情報は命。誰であろうと明かすことはできません」
ステータス隠し……そんな魔法があるのか。ステータスが見れるのと見れないとでは戦況が大きく変わるため、意外に強力な魔法かもしれない。
「ふーん、ステータス隠しねぇ……」
エノンはステータス隠しを破ろうとしているのか、ザラムの周りを歩き回り、彼女を見渡した。
ザラムは明らかに不快そうな表情を浮かべている。
「すみません。私、急いでいるので失礼します」
「うん、気をつけて」
ザラムはペコリと頭を下げ、その場から立ち去った。一瞬、引き止めようかとも考えたが、そんな雰囲気でも無かったため、そのまま見送ることにした。
彼女は俺達が向かっているところとは真逆の方向に進んでいった。