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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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たかが光の巫女

 高い塔の最上階。

 国民を統治するために政権者が集まる話し合いの場で、気だるそうな初老の男が大きくあくびをしながら頬杖をついている。


「あーめんどくさ。なんで俺が国を乗っ取らなきゃいけないんだよ」


 男はその容姿とは異なり、とても面倒そうな声を出しながら机に寝転がる。


「ヴァンパイアだから寝放題だと思ったのに陰湿な所で動きづらいし、血を飲まなきゃやってらんねえし」


 ぶつぶつ呟きながら、男は自身の手からコウモリを繁殖させる。


「はーあ、なんでコウモリ出して監視させなきゃいけねえんだよ。1日中寝かせろよ」


 男は机でスーツ姿の体を転がす。

 その手に何かが当たる。


「ああ? そういや他の3人は面倒だから寝かせてたな」


 1番強い魔力を誇るヴァンパイアを乗っ取り、自分に逆らった他のヴァンパイア3人は魔法で3年間寝かせていた。

 殺すのも面倒だからと放っておいたのだ。


「そういやべモスが光の巫女に倒されたってな。あーめんどくせ。こいつらに殺させとくか」


 男は自分の指を噛み、ヴァンパイアの血を3人の口に垂らす。

 自分の手を煩わせるよりは手駒を増やした方がいいと思ったのだろう。


「ほら、さっさと殺してこいよ。べモスみたいに倒されたら、俺があの方に殺されんだからな」


 男は──魔王ゴルベルは血を飲ませ終わると眠っている肢体を蹴って無理矢理起こす。

 3人は血のように赤い瞳を開き、その体を起こしながらゆっくり出ていく。


「よいしょ。たかが光の巫女の真似事に魔王の力を使う馬鹿がいるかよ。ここまで来れるわけないんだからな」


 ゴルベルは頭の後ろで手を組み、寝られない夜を気だるそうに過ごすことにした。






 千花はベッドに腰かけながら船をこぐ。

 直後、我に返って首を強く横に振る。


「田上さん、眠かったら寝てもいいんだよ」


 一緒に部屋にいる唯月が許可してくれるが、一応敵地であるバスラで寝ることはできない。

 だが、既に夕刻から随分過ぎ、緊張もあってか疲労感が強い。


「もう日付けが変わってる。もちろん何もしないから休んで」


 唯月に何かされると警戒しているわけではない。

 ただ、きっと心配している皆を置いて休むことができないだけだ。


「……先輩。ハヅキさんのことを知りたいんですが」


 千花は眠気覚ましのために話をすることにした。

 ハヅキの名前を出した瞬間、唯月の顔が曇る。


「ゴルベルに襲われた結果ああなってるなら、討伐方法が見つかるかもしれません」


 唯月に案内された先にいたハヅキは首から血を吸い取られすぎてミイラのように体を干からびさせられた。

 まだ呼吸はあるそうだが、それも虫の息だろう。


「無理だよ。外には吸血コウモリもいる。ゴルベルだって、力をどんどん蓄えてるから」

「それでも戦わなきゃいけないんです! 誰かが討伐に行かないと、バスラはずっと魔王に怯えて暮らすだけです」

「大人が……父さん達が立ち向かえない相手を倒すなんて無謀だよ」

「だからって……父さん?」


 そうだ。唯月は生徒会室で父親のことを尊敬していると発言していた。

 その父親がここにいないということは。


「先輩の父親が、ゴルベル?」

「父さんだけじゃない。ゴルベルに乗っ取られたのは全員で4人だ。父さん1人でも強いのに、同じ強さのヴァンパイアが4人もいるんだよ。ね? 到底無理でしょ」


 唯月が諦めたように苦笑する。

 千花も話を聞いて怖気づく。

 唯月には隠しているが、光の巫女として千花は必ずゴルベルを倒しにいかなければならない。

 そこで現実を突きつけられれば更に緊張感は増す。


(4人を浄化するのは今の私には無理。せめて戦闘不能にさせればまだチャンスはあるだろうけど)


 この現状を知った今、千花は急いでバスラを救いたい。

 そのためにはゴルベルの場所を知り、興人達と合流する必要がある。


「あの、先輩」

「待って」


 千花が口を開いた瞬間、玄関の扉が叩かれる音がした。

 唯月は静かにするよう命じると、千花を部屋の隅に隠した。


「?」

「いいって言うまで出てこないでね」


 唯月はそれだけ言うと扉を開けた。

 外には赤い瞳に尖った牙と耳を持つ、ヴァンパイアの青年が立っていた。


「おはようシュウゲツ、どうしたの」


 シュウゲツと呼ばれた青年は、訝しげに部屋の中を見渡す。


「ねえイツキ。君、誰かと話してなかった?」

「ハヅキのこと? たまに話しかけてはいるけど、やっぱり反応はないね」

「独り言じゃない。会話をしているような声だったよ」


 シュウゲツは中に入ろうとする。

 それをイツキは止める。


「なに、イツキ。いつもはすぐに入れてくれるじゃないか」

「今日はちょっと入れられないんだ。拾ってきた血液ならあげるから、今日は帰ってくれないか?」


 2人の会話を聞きながら、千花は考える。

 恐らく、あのシュウゲツという男も唯月の仲間だろう。

 心配しているところを見ると、唯月とそれなりに仲が良いことがわかる。


「あいつから命じられた血なんていらないよ。それよりイツキ、隠していることがあるなら教えてほしい。今外で戦闘が起きてるんだ」

「え?」

(戦闘? ヴァンパイアが?)


 シュウゲツの言葉に千花も反応して隠れている場所から少し身を乗り出す。


「3年も囚われて急に戦い始めるヴァンパイアがいるの? 助けに行かないと吸血コウモリに殺されるよ」

「いいやヴァンパイアじゃない。人間が戦ってるそうだ。窓から見たヴァンパイアがいるらしい」

(人間!?)


 ウェンザーズには見た所人間はいなかった。

 他の国はわからないが魔王の支配下にあってもなおバスラに来ることは不可能だろう。


(そうだ。安城先生が機関の1人が偵察に来てるって話をしてた。私のことも認知できるかもしれない)


 望みがあるのならばここで油を売っている場合ではない。

 霧の中でも合流しなければ。

 千花は唯月とシュウゲツの会話を注意深く聞く。


「人間なら尚更助けに行かないと。この霧で戦ったらすぐに殺される」

「勝手に来たのは人間だ。こっちは今まで通り隠れよう」


 シュウゲツの言葉に千花はムッとする。

 助けに来たと言うのにあの言い草は誰だって気を悪くするだろう。


「そんな言い方しなくてもいいじゃないか。本当に助けに来てくれようとしてるかもしれないんだよ」

「そんなこと一度も頼んでないだろ」

「ヴァンパイアはゴルベルに従うっていうのか」


 珍しく唯月が声を荒げている。

 彼も、倒したくても倒せない苛立ちを持っているのだろう。


「玄関口であいつの名前を出すな。他の住人が怯えるよ。とにかくこっちは何も手を出さない。それがヴァンパイアの生き方だ」

「……そういう、他人任せな所がヴァンパイアの欠点だよ」

「お前もヴァンパイアだろう」


 そう吐き捨てると、シュウゲツは部屋に入ることを諦めて扉から出ていった。

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