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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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朝昼寝る。夜起きる。

「相変わらず視界の利かない国だな」


 初めて来た人間であれば困惑するだろうが、これが霧であることは既に2人とも承知している。


「道はわかりますか」

「確か看板が点在してるはず……ああこれだ」


 風の魔法で周りの霧を払い、シモンは木の看板を見つける。

 看板には「前へ」と書かれている。


「バスラの人が書いてくれたものでしょうか」

「一応七大国の1つとして出入りが多い国だからな。そこかしこに看板があるだろ」


 年季が入っているのか魔王に壊されかけたのか、看板自体はボロボロだ。

 かろうじて見える字を頼りに2人は先へ進む。


「……本当にすごい霧ですね。訓練の時とは比べ物にならないくらい」

「まあな。バスラの霧は魔力も含まれてるから。俺も、ここまで濃い霧は魔法で出せない」


 ウェンザーズのように魔王が室内にいれば話は変わるが、霧の中での戦いになれば視覚は意味をなさないだろう。

 こちらのペースに持っていく必要がある。


「せめて偵察に行った奴が魔王の特性を知っていれば……あ? なんだこれ」


 看板を追っていくと、2人の前に真新しい白の看板が現れた。

 看板には殴り書きのように文が書かれている。


『朝昼寝る。夜起きる』


「ヴァンパイアの特徴ですか。なんでこれをわざわざ」

「いや、3年も閉じ込められてるヴァンパイアがこれを書くのは難しい。しかも、機関と同じ魔力がするな」

「そうなると……」

「魔王もヴァンパイアと同じように、夜に動き出すみたいだな。興人、今の時間は?」

「22時を過ぎたばかりです」


 興人は懐中時計を手に、シモンに答える。

 まだ夜は長い。


「仮に魔王が寝るのが日が昇ると同時でも、数時間は動けないわけか。この霧が魔王に効くわけでもないだろう」


 わざわざ自身の不利な地形を魔王が選ぶはずもない。

 しかし夜を待っていれば目覚めた魔王に千花が害される。


「一度戻りますか」

「いいや、ここまで来たら死ぬ覚悟でバスラに入るしかねえ」


 無謀だがそれしか策はない。

 2人は看板の指示をやむを得ず振り切り、バスラと思われる黒い門の前まで辿り着く。


「入口はここくらいだな。ウェンザーズみたいに抜け道は探せねえ」

「ここの地形はわかりますか」


 バスラには一度しか来たことのない興人に比べて、シモンは数度訪れている経験がある。


「もし魔王に変えられていなければ、真ん中に政権者が集まる大きな塔が建ってる。その周りをヴァンパイアが住むビルが囲んでる感じだな」

「つまり、魔王は中央付近にいると」

「だな。魔王に死角があるかわからないが、ビルの隙間を縫って隠れながら中央に近づく必要がある」


 黒門は既に朽ち果てており、押すだけでバスラに入ることができた。

 興人は黒門に手をかけて違和感に気づく。


(最近使われてる形跡がある?)


 まさか魔王が監視のために自分で動くはずがない。

 機関の偵察も、証拠を残さないようにしているだろう。


(気のせいか?)


 シモンが言及してこないため、興人は引っかかりを覚えながらも気にせずに先へ進める。


「さて、ここからは時間との勝負だな。オキト、なるべく気配を消せ」


 目の前に見えるビルの影に隠れ、シモンは隣の興人に合図する。

 動きからして、まだ魔王には見つかっていないらしい。


「2人で動きますか」

「分担した方が見つけやすいが、戦力は確保しておいた方がいい」

「はい」


 シモンが先導し、道を切り開いてくれる。

 本来は風の魔法で大胆に霧を払いたいが、そんなことをすれば一発で魔王に気づかれる。


「中央への道は、西のビルを3つ、北のビルを2つ、東のビルを4つだったな」

「暗号ですか」

「ヴァンパイアに教えてもらった道筋だ。人間が手がかりにできるのはビルの扉くらいだからって」


 ビルを数えながらシモンは興人に説明する。

 はぐれても興人が中央へ行けるようにという暗示だろう。


「魔王はどう攻撃してくるでしょうか」

「自分から動くことはないだろうから、分身を使うなり……」


 シモンが答えかけた所で、前方から赤い光が2つ現れる。

 咄嗟に左右に避けた2人がいた場所に、赤い光は飛びかかる。


「噂をすれば、だな」


 赤い光の正体はコウモリの目だった。

 コウモリは歪な形の翼を羽ばたかせ、敵意剥き出しのまま飛んでくる。


「1匹だけ?」

「なら楽なんだがな」


 興人が襲ってくるコウモリを容赦なく大剣で斬り倒す。

 牙を剥いていたコウモリは呆気なく地面に落ちる。


「ギキャキャキャ!」


 敵を倒したのも束の間、霧の向こうから不快な鳴き声が複数聞こえてくる。

 その正体は今地面に崩れ落ちているコウモリと同じ種族だ。


「ヴァンパイアの魔王だから、手下もコウモリってわけか」

「しかも吸血コウモリのようですね」


 バスラの近くの洞窟に住まう吸血蝙蝠。

 捕らえられたら最後、干からびるまで血を吸われると言われている猛獣だ。


「魔王なら猛獣を何十匹も従えるくらい造作もないってことだな」

「ギキャッキャ」


 コウモリは羽音を響かせながら集団で襲ってくる。

 興人とシモンはそれぞれ魔法を使いながら1匹ずつなぎ倒していく。


「吸血コウモリって、繁殖力が強い生き物でしたっけ」

「ビーストモンキー程は多くないな。だが、ただ産んで強くするだけなら魔王くらい容易にできる」


 魔王の目についているのはこの2人だけだろう。

 そうでなければここまで一斉に吸血コウモリが襲いかかってくることもない。

 あくまでいつもの話だが。


「1回咬まれたら血を大量に吸われるからな。気をつけろよオキト」

「はい」


 興人は大剣に炎を纏わせ近づいてくるコウモリを焼き尽くす。

 首を狙っているのは明確なので、コウモリは自然と群れを成している。


(剣は至近距離攻撃しかできないから、こちらまで来てもらわなければいけない。シモンさんみたいに魔法で防御ができれば……)


 興人は戦いながら横目でシモンを見る。

 シモンは自分の周囲に風を巻き起こし、入ってきたコウモリを一掃している。

 もちろん首を狙われる心配もない。


(俺も炎で周囲を囲めば……)

「ギャギャギャ!」


 興人が物思いに耽っていると、死角からコウモリが襲ってくる。

 大剣を振るう間もなく、コウモリは牙を首に突き立てようとする。


(やばい!)

「エアスラッシュ」


 興人が慌てる中、冷静にシモンが風刃でコウモリを切り裂く。

 間一髪興人は吸血を免れた。


「すみませんシモンさん」

「……オキト、お前は先に行け」


 謝る興人にシモンは近づきながら命じる。


「近接戦のお前とこいつらじゃ完全に不利だ」

「でも」

「安心しろ。ウェンザーズの二の舞にはならない」


 ウェンザーズでは猛獣に囲まれ、重傷を負ったシモンが今度は大量のコウモリを相手にしようとしている。

 心配する興人を他所に、シモンは言い放つ。


「どうせ何匹倒したって魔王は無限に出してくる。ここで無駄足を踏むより、幾分かマシだ。行け」

「……わかりました。ご無事で」


 シモンが道を切り開き、興人はコウモリに見つかる前に霧の中を走る。

 味方がいなくなったシモンは、それでも余裕を見せていた。


「待ちくたびれたぞクニヒコ」

「すみません。足止め助かりました」


 興人が見えなくなったのと同時に後ろから邦彦が走ってくる。

 どうやら報告は終わったらしい。


「悪いが、コウモリを1人で対処するのは難しいから援護を頼む」

「ええ。ですが、日向君のこともあるので僕も先に行かせてもらいます」


 では誰がシモンと共闘するのか。

 そう思いながら邦彦の後ろを見ると、人影が1つ見えた。


「代わりに彼女に戦ってもらいます。僕よりよっぽど力になりますよ」


 出てきた人影を見て、シモンはすぐに理解する。


「偵察って、お前がやってたのか」

「心強いでしょう。僕は日向君を追いかけますので、よろしくお願いしますね」

「……任せて」


 討伐を任された緑髪の女は、小さな声で一言答え、邦彦を送り出した。

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