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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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霧の中の戦闘

 最後の紙の束を封筒に入れると段ボールに戻す。


「ありがとう田上さん。これで仕事は全部終わったよ。また何かお礼させて」

「いえ、もうたくさんお礼してもらったので、これ以上は大丈夫です」


 唯月は整理し終わった段ボールの封を閉じると持ってきた荷台に乗せる。

 やはり荷台を使えば楽だったじゃないかと千花は心の中で愚痴を吐く。


「それじゃあ、用事があるので」

「うん。またどこかで会ったらよろしく」


 唯月は変わらず優しい表情のまま見送ってくれる。

 先程の豹変ぶりを言及したいと思っていたが、ここまで優しい唯月をまた戸惑わせるわけにはいかない。


(私の関与できないことかもしれないし、他人のことは後にしよう。今は、魔王討伐のことだけ)


 千花は急いで部屋に帰り、制服から訓練着に着替えるといつもの通り泉へ向かった。




 訓練場の扉を開けると目の前が真っ白に染まった。

 一瞬気絶したのかと焦ったが、よくよく観察すると霧であることがわかる。


「何これ」

「やっと来たかチカ」


 目の前すらよく見えない訓練場を千花が右往左往していると、すぐ隣にシモンが現れた。


「びっくりした。シモンさん、これなんですか」


 霧で見えないにしても、気配も消してくるシモンに千花は隠すことなく驚く。


「魔王討伐に合わせて訓練しようかと思ってな」

「魔王……あ、もしかしてバスラの再現?」


 察しのいい千花を見てシモンは口角を上げる。


「そういうこと。ウェンザーズと違ってバスラは人間に不利な点が多い。どこまで魔王の手が回っているかわからないが、訓練で慣れておく必要がある」


 暗闇と違って、霧はいつまで経っても視界が開けることはない。

 シモンは近くにいるからまだしも、少しでも遠くに行けば今の千花では判別がつかないだろう。


「またシモンさんと戦うんですか」

「いいや、流石に危険だから俺は監視役になる。オキトがいるからいつも通り模擬戦闘だ」


 霧の中で上手く立ち回れるか千花は不安に駆られながら魔法杖を出す。


「いつものように動けとまでは言わない。今日はとにかく霧の中で敵を察知して避ける練習をしろ」

「……わかりました」


 シモンが霧の中に消えると早速千花は孤立感に襲われる。

 濃霧地帯というだけあって、シモンの再現するバスラの通り、前もよく見えないのだろう。


(興人も霧があるから上手く私を見つけられないはず。相手にバレないように小さな魔法を撃ち続ければ)


 千花が魔法杖を構え、小さく呪文を唱えようとした時だった。

 右から気配と共に大剣が千花に振りかかってくる。


「……っ!」


 魔法に気を取られていた千花はギリギリの所で大剣を躱し、攻撃を防ぐ。

 大剣の主を見つける前に興人は霧の中へと消えていく。


(嘘でしょ!? 興人も私のこと見えないはずなのに、こんな近くまで来て攻撃するなんて)


 明らかに動揺する千花だが、興人に場所を知られてしまった以上その場に留まることは危険だ。

 千花は急いでその場に土人形を作ると、後ろに飛び退く。


(シモンさんは攻撃しなくていいって言ったけど、このままじゃ防御もできずにやられる。早く興人の場所を突き止めないと)


 あちらには既に千花の場所を知られている。

 千花は自分の気配を隠すことなく周囲に草の根を生やす。


草の根(グラスルーツ)


 防御用に全身を覆うほどの緑色の根を伸ばす。

 直後、炎をまとった大剣が草の根を1本切り燃やす。


「危なっ!」


 防御しなければ容赦なく興人に斬られているところだった。


(体斬られたら大怪我するって興人知ってるかな)


 昨日シモンと激闘した名残なのか、興人の攻撃の仕方が初心者用ではない。

 千花は以前興人に炎で殺されかけたことを思い出す。


(そっちがその気なら)

「リーフカット!」


 千花は剣が見えた方に杖を向ける。

 葉は霧を通り抜けて対象の方へ飛んでいく。


「イグニート」


 興人の呪文を唱える声が聞こえてくる。

 対象を見逃さないように、千花は集中しながら距離を詰めていく。


(霧の中で距離を開けると不利。できるだけ視界に捉えておいた方がいい)


 千花は足音と魔法の位置を注意深く観察しながら魔法を発動させる。

 泥団子に葉っぱ、防御を崩されれば土壁を増やし、追い詰めていく──と思われていた矢先。


「レビン」


 千花の魔法杖の真上に微弱の雷が流れてくる。

 手が急に痺れた千花は反射的に杖を落としてしまう。


「あっ」


 乾いた音を立てて落ちる杖を千花は急いで取ろうとする。

 しかし頭上に大剣の影が見えるため、杖を手放して後ろへ下がる。


(杖が離れちゃう。興人を後ろに誘導しないと)


 杖がなければ安定して魔法を撃つことができない。

 興人もそれをわかっているからこそ千花の杖を狙ったのだろう。


泥団子(マッドダンプ)!」


 手で発動できる魔法を駆使して千花は興人を退けようとする。

 しかし千花が不利になったことで興人も距離を詰めることにしたようだ。


「泥の……」

「イグニート」


 炎をまとった大剣が興人と共に目の前に現れ、千花は息を呑む。

 興人の顔が真剣に敵を倒すものであることも、千花の危機感を増している。


「まっ……」


 千花が両手を挙げて降参のポーズをとるが、興人は戦闘モードを崩さず、彼女の体勢を足で倒すと首に向かって大剣を振り下ろし、首を斬るギリギリで止めた。


「そこまで」


 シモンが指を鳴らすと一瞬にして訓練場の霧が晴れる。

 地形は元の訓練場のままだったため、土地勘は合っていたらしい。


「まあ、2人ともよく動けてたんじゃないか? 特にオキトは、相手の隙を上手く捉えてたな」


 シモンの賞賛を興人は素直に受け取る。

 ただ、とシモンは苦笑する。


「お前、手加減を覚えた方がいい。悪魔相手ならともかく、模擬訓練で殺しかけたら相手キレるぞ」

「訓練でも本気になった方が実践に役立つと思って」

「まあな。だが、相手は実際怒り心頭だな」

「え?」


 シモンが呆れ笑いを浮かべながら少しずつ後ろに下がっていく。

 興人が目を丸くしながら下を見ると、千花が頬を膨らませながら杖を構えていた。


「バカ! バカ! 殺しにかかることないじゃん!」


 戦闘は終わったはずだが、千花が杖を振ってくるので興人は慌てて剣を鞘から抜く。

 何故か突然始まった第2ラウンドに興人は戸惑う。


「何に怒ってるんだよ田上」

「全部!」


 千花が高速で魔法を発動し、興人が剣で防ぐ。

 これも1つの訓練としていいかとシモンはしばらく眺めていたが、魔力量も心配して間に入ることにした。


「1回落ち着け。塩梅を考えた訓練の仕方もいつか教えてやるから、今は訓練に戻るぞ」


 頭に血が上っている千花を宥め、訓練に引き戻す。

 興人が悪いわけではないが、今日は少し分が悪かった。


「なら今度は止まってる的に正確に魔法を撃つ練習でもするか。的は俺が移動させて光らせるから、上手く見つけて攻撃しろよ」

「はい」

「……はい」


 シモンが再び指を鳴らすと辺り一面が霧に覆われる。

 今度は攻撃されずに済むと千花は冷静になりながら的を狙う訓練を始めた。

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