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光の巫女  作者: 雪桃
第5章 バスラ
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風間先輩

 終業式まで後2週間。

 邦彦が既に外泊届というものを出しているそうなので、手続きは行わなくていい。

 この2週間は学校自体が休みになるため集中して訓練ができる。


(時差があるから朝早くからリースに行くことはできないけど)


 こちらより3時間ほど遅いトロイメアに今から行ってもまだ日が昇っていないだろう。

 千花は逸る気持ちを抑えるように制服を着て高校へと向かう。

 特に用事もないが、部屋にいても不安が渦巻くだけだ。


(ちょっとだけ、荷物の整理とかしたらすぐ時間になるだろうし)


 千花が心の中で言い訳を色々並べながら教室へと向かう。

 当たり前だが、勉強が終わったのに教室にいる人間はいない。


(整理するほど物がないな)


 個人ロッカーに入っているものと言えば授業で使う参考書にノート、体操着くらいだ。

 改めて整理するほど汚くはない。


(クラスの掃除……は怪しまれるし、図書館はすぐ眠くなるし)


 千花が暇を潰そうと教室の前で右往左往していると、目の端に何かが映った。

 そちらに視線を移すと大きな段ボールが2つ勝手に動いていた。


(悪魔!? いや、足が見える?)


 過剰に反応する千花だが、段ボールの下から不安定な足取りが見える。

 制服であることから生徒だということがわかる。


(大丈夫かな。ふらふらしてるけど)


 千花が心配そうに段ボールの様子を見ていると、案の定前が見えていない生徒は何もない所でつまずき、激しく前に転倒した。


「うっ」

「大丈夫ですか!?」


 千花が慌てて駆け寄ると、転んだ主は後頭部を掻いて気まずそうにする。


「あはは、恥ずかしい所を見せちゃったね」

「お怪我は……って風間先輩?」


 見覚えのある顔に千花は名前を呼ぶ。

 生徒──唯月も千花に気づいたらしく「ああ」と手を叩く。


「田上さん、だったよね。ありがとう」


 なぜ唯月がここにいるのか、千花は疑問に思った。


「お休みなのに学校にいるんですか」

「生徒会の仕事が残っててね。昼までに終わればいいなと思って」


 唯月は大きな段ボールを2つ整頓しながら忙しそうに苦笑する。


「仕事、1人でやってるんですか」

「生徒会メンバーはいるんだけどね、皆用事があるみたいで」


 唯月は特に気にしていないが、話だけ聞くと体のいい押しつけでないかと千花は心配になる。


「あの、良ければ手伝いましょうか」

「いや悪いよ。難しい仕事でもないし」

「この前の生徒手帳のお礼だと思って」


 きっかけは何でもいい。

 集中して魔王討伐から気を逸らすことができれば。


「じゃあお願いしてもいい? この段ボールを2階の生徒会室まで運ぶんだけど」

「わかりました」


 千花は早速大きな段ボール箱を1つ持って目的地まで向かう。

 台車を使えばいいのにと一瞬脳裏を横切ったが、距離も近いため口に出すのは抑えた。

 階段を下り、滅多なことでは来ない生徒会室まで段ボールを運び込む。

 そこまで重い物ではなかったが、視界がかなり奪われた。


「助かったよ田上さん。ありがとう」

「いいえ。この段ボール開けてもいいですか」

「うん。中身は紙だから切らないように気をつけてね」


 唯月からカッターを借り、千花はガムテープの部分だけを慎重に切り取る。

 開けるとそこには紙の束が所狭しと詰まっていた。


「なんですかこれ」

「終業式に配るプリントだよ。2年生だったら進路希望のチラシとか入試案内の紙とか、たくさん入ってる」

「それを、今からどうしろと?」

「学年クラス毎に分ける」


 それは教師の仕事なのではないかと千花が聞くと、生徒会役員は雑務までやるらしい。

 唯月は騙されているのではないかと千花は本気で心配になる。


(本人が楽しいなら口を挟むものでもないけど)


 唯月は傍目から見ても面倒見がいい。

 上手く付けこまれると断れなさそうだ。


「あの、私も手伝います」

「ここまでやってもらって申し訳ないよ」

「やらせてください」


 自身の気を逸らすため、そして唯月の労力を少しでも和らげるため、千花は食い気味に仕事を手伝うことにした。


「それじゃあ田上さんは1年生分のプリントをクラス毎にまとめて。名簿表はこっちにあるから」

「はい」


 プリントを数えてまとめるだけの簡単な作業であれば千花も集中できる。

 間違えないように紙を1枚ずつ数え、付箋を貼っていく。


「ありがとう田上さん。手伝ってくれたから早く終わりそう」


 書類整理も中盤まで差しかかった頃、唯月が差し入れにお菓子を買ってきてくれた。

 お礼のお礼になりそうで千花は受け取りを少し渋ったが、腹ごなしにはちょうどいい。


「……風間先輩はどうして生徒会に入ったんですか」


 小休憩の間に千花は気になったことを聞くことにした。

 唯月も休憩しながら千花の質問に答える。


「内申点のためもあるけど、生徒の声を自分で聞きたかったことが1番かな」

「生徒の声?」


 内申点は千花でも理解ができるが、後半部分がよくわからない。

 千花のために唯月は更に続ける。


「生徒会にいるとね、たくさん生徒の意見が聞こえるんだ。ここの設備が古いから直してほしいとか、生徒だけの催しをしてほしいとか」

「それが聞きたかったんですか」


 千花の聞き返しに唯月は即答する。


「何でも叶えられるわけじゃないけど、中には意見が言えなくてもどかしい思いをする人もいるんだ。そういう人達のために何かできないかと思って」


 達観しすぎているように思える志望動機に千花は目を丸くする。


「なんか、どこかの政治家みたいですね」

「そう? 父さんの受け売りみたいな所があるけど」


 千花の正直な感想に唯月は眉を寄せながら苦笑する。


「お父さんも政治家なんですか」

「政治家、とは違うかな。社長でもないし、まあ、国民の意見を聞く代表ではあるけど」


 説明が難しい仕事でもしているのだろうか。

 政治家としておこうと千花は心の中で決める。


「お父さんの背中を見て、今の仕事をしてるんですか」

「うん。父さんも尊敬してるけど、父さんの仲間も優秀なんだ」

「仲間?」


 唯月は憧れの人に興味を持ってもらったとでも言うように表情を明るくしながら口を滑らせていく。


「皆が納得いくように話し合う有識者みたいな人がいるんだ。本当にすごいんだよ。4人で寝る暇も惜しんで問答を続けて、かと思えばこっちが想像もつかないような意見を出して政治を進めて。今の僕じゃ足下にも及ばないほど頭が良くて、それなのに力をひけらかすことなく思慮深い態度を取ってて」

「す、すごいですね」


 急に饒舌になる唯月に千花は椅子が軋むほど仰け反る。

 唯月は元が大人しい性格だから余計驚く。


「じゃあ、今も風間先輩の周りでは尊敬できる人達が議論を繰り広げていると」


 聞くだけもどうかと思った千花が話を広げようと声をかけると、唯月は打って変わって表情を暗くする。


「……いや」

「風間先輩?」

「あいつさえいなければ、今も父さん達は僕の元で……」


 目を輝かせていた唯月の表情が苦虫を噛み潰したようなものに変わるため、その差に千花は怖気づく。


「風間先輩? ごめんなさい、何か嫌なことを言ってしまいましたか」


 千花が謝るので、唯月は慌てて顔を上げる。


「田上さんのせいじゃないんだ! 僕の方で色々あって」


 千花に弁明する唯月は話を切り替えるように書類を目の前に持ってくる。


「き、休憩終わりにしよう。お昼前には終わりそうだから」


 苦し紛れの話の切り替え方だが、千花もそれ以上話を広げる度胸もないため大人しく仕事を再開することにした。

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