巫女としての重圧
邦彦の手を借りながら、千花は裏道を通って教会へ楽に進んだ。
教会には神父以外人がいない。
「人、少ないですね」
「元々信仰心は薄れてきていますが、この時間は皆働きに出ていますね。人が集まるのは早朝と夜くらいです」
ここまで静かで誰もいないと真剣に話せる。
千花は正面にある大きな光の巫女の像に近づく。
いつ見ても慈しみに満ちた笑みを称えている。
(私は、光の巫女のように強くならなきゃいけない。もっと、誰にも負けないくらい)
「田上さん、こちらへ」
千花が無意識に拳を握りしめながら像を見上げていると、邦彦がベンチに手招きしてくる。
千花は邦彦の隣へ腰かける。
「座っているだけでもここでは許されますから、心を落ち着けましょう」
話をしたいと言って連れ出されたが、すぐに本題に切り出さないところも救われる。
千花はしばらくステンドグラスに映る陽の光を眺めながら静かに座る。
「……安城先生、1つ質問していいですか」
「答えられる範囲であればどうぞ」
邦彦が曖昧に返事をするが、千花は視線を変えないまま口を開く。
「どうして安城先生は世界を救おうとしてるんですか」
千花の複雑な質問に邦彦は知らない間に冷たい視線を向ける。
「それは、僕が魔法も使えないのに、ということでしょうか」
邦彦の返ってきた言葉に千花は慌てて視線を戻す。
「違います! そういう嫌味ではなくて」
「わかっています。少しからかっただけです」
邦彦は表情を和らげると慌てる千花を落ち着かせる。
「申し訳ないですが、田上さんが思っているような綺麗事ではないですよ」
「世界を救いたい、とかそういうことじゃなくて?」
千花の確認するような言葉に邦彦は肯定する。
「またいつか話します。もう少し時が経てば、あなたに僕のことをちゃんと話しましょう。今はまだ、世界を救う手助けをしている人と思っていてください」
「……わかりました」
納得はできないが、邦彦も初めに答えられる範囲であればと断りを入れていた。
それならと千花は話を続ける。
「じゃあ、安城先生が話したいことはなんですか。それは教えてくれますよね」
「もちろんですが、心の準備はいいですか」
千花はどの心を準備すればいいのかと顔を上げる。
しかし、邦彦の表情を見て理解できた。
邦彦が真剣に話をする時は、いつもそういう時だ。
「田上さん、次の魔王討伐を女王陛下から命じられています。一刻の猶予もないため、そろそろ準備をしたいと思います」
心臓が早鐘を打ち始める。
ウェンザーズに行くことを告げられた時と同じ状態だ。
「どこに、行くんですか」
声の上擦りを防ぐためにありきたりな質問しか出なかった。
千花の緊張が伝わったのか邦彦も顔を険しくしながら口を開く。
「バスラという所です。聞いたことはありますか」
「ヴァンパイアの国の?」
よく聞くようになった国名だが、単なる偶然ではなかったらしい。
千花は興人から聞いたことを邦彦にも伝えることにした。
「不思議な国だって聞きました。ビルみたいな建物がたくさん並んで、霧で覆われている国って」
「ヴァンパイアの種族は頭がとてもいい。政治にも大勢が関与しています」
千花の話に邦彦も知り得る情報を付随していく。
ウェンザーズとは違う、関わったことのない異種族。
「不安でしょうね。いくら魔王を1体倒したとは言え、死闘であることには変わりなかった。トラウマになっても仕方ないでしょう」
千花の心の内を邦彦は代弁する。
千花もここまで来て引き下がる気はないが、邦彦の言葉も間違ってはいない。
(想像できる分、不安はウェンザーズの時より強い。悪魔も私の存在を知り始めたからきっと今まで通りにはいかない)
だから、と千花は邦彦に向き合う。
「安城先生、お願いしてもいいですか」
「なんでしょう」
邦彦の聞き返しに千花は手を出す。
「手を、握りしめてもいいですか」
千花の願いに邦彦は目を丸くしながら自身も片手を出す。
千花はその手を両手で強く握る。
(大丈夫。私は1人じゃない。バスラもバスラの人々も、助けるんだ)
子ども騙しとは知りながらも、千花は安心と願掛けを込めて祈る。
魔王と対峙して、足が竦まないように。
「……田上さん」
千花の不安を両手越しに読み取った邦彦がもう片方の手を彼女の握りしめた手に重ねる。
千花が不安いっぱいの顔を上げると、邦彦は優しく微笑む。
「大丈夫、と無責任なことは僕には言えません。ですが、あなたが死なないように、心を傷つけないようにできる限りの支援を行います。だからどうか、あなたはあなたらしく戦ってください」
「……はいっ」
決戦までもう少し時間がある。
邦彦に言われた通り、焦らず、しかし迅速に、光の巫女としての役割を全うする決意を固めた。