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光の巫女  作者: 雪桃
第4章 次への訓練
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次の魔王討伐は

 邦彦はシルヴィー・トロイメアにもらった手紙に目を通す。

 本来女王陛下と文通で会話をするのは位の高い者のみに許された特権だが、王城にいるといつ邪魔をされるかわかったものではない。


(文面からしても、反対勢力に知られるとまずいことばかりだ)


 シルヴィーから届いた手紙には現在魔王の支配下に置かれているバスラ──東にあるヴァンパイアの国の名前が記されていた。


『ウェンザーズの魔王討伐により、悪魔が侵攻を活発にしているとの情報が得られた。特にバスラは更に脅威が増している。一刻も早く討伐に向かうように』


 万が一敵に見つかってもすぐ処分できるよう、燃えやすい紙で出来ている。

 邦彦は一読すると持っていたライターで手紙を燃やした。


(バスラですか。ウェンザーズとは印象が全く変わりますが、田上さんはもう知ってるでしょうか)


 良い国ではある。

 だが、色々な意味で異質な国であることも間違いない。

 何せヴァンパイアなど千花の中ではおとぎの世界の話だろう。


(異世界自体フィクションだと考えていた当初に比べればさほど驚くことではないでしょうが、彼女のメンタルケアは怠らないようにしなければ)


 最近は邦彦の方が機関で業務をすることが多く、千花のことは全てシモン達に任せてしまっている。

 確か今日は興人と2人で猛獣退治へ行くと聞いたが、千花の現状を知らない邦彦はその実力に心配になる。


(いえ日向君がいるなら大事にはならないでしょうが。田上さんの今の時期は、自分の力を過信してしまうこともある。自己判断ができなければ当然リスクも高くなる)


 邦彦は機関に頼み、地上へと降ろしてもらう。

 魔法が使えないためいちいち頼まなければ降ろしてもらえないことへのもどかしさは数年前に消えた。

 人気の少ない所へ降ろされた邦彦は寄り道することなくギルドへと足を運ぶ。

 トロイメアの空は夕日に染まってオレンジ色になっている。

 それならば千花達は地球に帰っているだろう。

 だがシモンならまだいるはずだ。


(彼は、心配になるくらい努力家ですから)


 案の定薄暗い訓練場に1人、シモンが魔法の特訓をしていた。


「お疲れ様ですシモンさん。今日も田上さん達を訓練していただきありがとうございました」


 シモンの魔法が流れてこないようにある程度距離を取りながらも邦彦は挨拶をする。

 シモンは背後に人がいることに今気づいた様子で、手を止めてから邦彦に体を向ける。


「ようクニヒコ。最近忙しそうだな」

「シモンさんには色々面倒をかけてしまってすみません」

「別に気にしちゃいねえよ。チカもここんとこ1人で魔法を使えてるみたいだしな」

「それは何より」


 千花と興人が成長してくれていることに邦彦は正直に嬉しさを出す。


「それで? わざわざこの時間に俺の所に来たってことは何か言われたんだろ」

「察しがいいですね。ええ、はっきり言いましょう。次の魔王討伐が女王陛下から言い渡されました」


 シモンに先に伝えるのは、それに合わせて訓練内容を調整するためだ。


「そうか」

「場所はバスラです。田上さんはあまり知らない国だと思いますが」

「いや、オキトから色々聞いたらしいぞ。今日行った所の依頼品がヴァンパイアの牙だったからな」


 そういえば数日前に千花達が依頼を1つ引き受けることを話していた。

 運のいい偶然と言うべきか、それなら千花もそこまで抵抗を見せることはないだろう。


「では早々に話を進めましょう」

「いや、ちょっと待てクニヒコ。1つ話しておきたいことがある」

「はい?」


 まさかシモンに引き止められると思っていなかった邦彦は珍しく驚いた表情を浮かべる。


「魔王討伐に何か疑問でも?」

「そっちじゃない。チカのことだ」

「田上さんがどうかしました?」


 さっきまではあれだけ褒めていたのにと首を傾げる邦彦にシモンは続ける。


「俺やオキトの勘違いだったらいい話なんだが、チカの魔力の流れ方が少しおかしい」

「魔力の流れ方?」


 邦彦はシモンに詳しく話すよう促す。


「魔法を使う者なら誰でも魔力が一定で外に流れることは邦彦もわかってるだろ」


 ええ、と邦彦は頷く。

 魔力を体に溜め続けると健康に害が及ぶため、魔法を使う者は呼吸するように魔力を少しずつ放出して新しい魔力を作っている。


「それとこれと何か?」

「チカは魔力の放出量が大きすぎる。ギルドにいると魔導士が多すぎて気づかなかったが、チカは魔力切れになるほど一気に魔力が減っていた」


 様子がおかしいと気づいたのはビーストモンキーと戦った時らしい。

 簡単な土魔法と草魔法しか使わなかった千花が魔力切れで気絶したらしい。


「体質、ということはありませんか?」

「ないな。それならべモスを倒す前に気づいたはずだ」

「ではどうして?」


 魔力漏れが体質でないとしたら他に考えられることは何か。

 邦彦がわからずにシモンに聞くと、気まずそうに答える。


「色々な原因はある。どれも証明されてないだけで魔力がダダ洩れになることはよくあるからな。だが、チカの場合だと」


 シモンが言葉を切って続きを躊躇う。

 邦彦が痺れを切らして催促すると、渋々口を開いた。


「誰かが、悪魔側の誰かが、チカの体を操って魔力を使えなくしようとしてるかもしれない」


 邦彦の表情が一転して冷酷なものに変わっていく。

 だから言いたくなかったのだ。

 自分に矛先が向けられると厄介だから。


「悪魔の力くらいあなたならすぐ気づくはずでは?」

「俺に当たってくるなよ。魔力漏れも今日知ったことなんだから」

「ですが……いえ、僕も最近保護不足だったのでこれ以上追求するのはやめましょう」


 シモンは怒りの種が膨れ上がることがなかったことに1人安堵する。

 だがそこで終わりにすることはできない。


「悪魔側の仕業ではあってもごく微弱な個体ではありそうだな。強い魔力の持ち主なら流れ方でわかる」

「バスラに行くまでに魔力は回復させたいですね。シモンさん、解けそうですか?」

「専門じゃねえから解くことはできねえが、これ以上魔力を吸い取らせないように壁を作っておくことはできるな」

「十分です。シモンさんが気づかないということは、あちらの世界で事が起きてる可能性が高いですね。監視はこちらで行いましょう。1カ月もあれば魔力も安定するはずです」

「ああ、1カ月もあれば……あ? 1カ月?」


 邦彦の言葉に頷きかけてシモンは止まる。


「待てクニヒコ。女王からは至急バスラに行くよう言われてるんだろ? 1カ月も待たされたら反感くらうぞ」

「わかっています。偵察は機関の者に任せていますが、田上さんと日向君を今から魔王討伐に活かせることはできません」

「なんで」

「試験があるからです」


 邦彦がさも当然のように言うのでシモンは「はあ?」としか返せなかった。


「後2週間もすれば期末試験があるんです。それが終わらなければ安心して送り出すことができません」

「試験って、魔王討伐より大事なことかよ」

「2人が留年することだけは避けなければなりません。学生の本分は勉強ですから」

「……」


 呆れてものも言えなくなったシモンはそれ以上の言葉を全て飲み込んで、邦彦との会話を後にした。


 この時は誰も想像していなかった。

 千花に忍び寄る影が、すぐ側にいたことに。

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