魔水晶の暴走
遡ること1時間前。
魔水晶が眩い光に覆われ、爆発した時のこと。
「げほっ……チカ!」
訓練場を覆うほどの土埃に咳き込みながらシモンは爆発のすぐ側にいた千花の方へ手を伸ばす。
「……っ」
千花は顔を両手で隠し、声を出せない状態になっている。
シモンができるだけ動かさないように千花の手を退ける。
「うぅ……」
千花の顔はガラスの破片で何か所も切り裂かれていた。
一目見ただけでは皮膚にガラスが入っているかどうかはわからないが、早めに処置をした方がいい。
「オキト。アイリーンを呼んでこい。救急箱も持って」
「はい」
心配そうに後ろで見ていた興人につかいを頼み、シモンはまず風の魔法を使って訓練場の土埃を無くす。
同時に壊された魔水晶の破片を1カ所に集め、間違って誰かが触れないようにする。
「チカ、顔に異物感はあるか?」
「ありません」
しっかり受け答えができているところを見ると、正気は失っていないようだ。
シモンは探知の魔法を千花に使う。
どうやら見えない破片はないらしい。
「ごめんなさい。魔水晶壊しちゃって」
痛みに慣れてきた千花は粉々に砕けている魔水晶を見てシモンに謝る。
「あのなぁ……お前は自分の心配だけしてろよ」
「でも」
「チカちゃん! 大丈夫?」
自分の傷よりも物を壊したことに罪悪感を抱いている千花にシモンは呆れる。
千花がまだ何か反論しようとしたところで、救急箱を持ったアイリーンと興人が訓練場に駆けてきた。
「うわ全部顔!? 可愛い顔が台無しじゃない」
お気に入りである千花の顔が血まみれになっているため、アイリーンはショックを受けたような声を出す。
「シモン君なんてことしてるの。いくら訓練だからって女の子の顔は傷つけちゃだめ!」
「俺じゃねえよ」
「あ、あのアイリーンさん。これは自分でやりました」
アイリーンがシモンを責めようとしているため、千花は手当てを受けながら割れた魔水晶を指す。
「え、魔水晶壊れたの? なんで?」
アイリーンは手際よく千花の顔に消毒液を塗りながらシモンが先程かき集めた水晶玉に視線を移す。
「乱暴に扱ったの?」
「んなわけないだろ。チカが魔力強くしたら割れたんだよ」
絆創膏の量が増えていく中、千花はシモンとアイリーンの会話を静かに聞く。
「内側から割れたってこと? そんなことありえる?」
「実際にあったんだから否定はできねえだろ」
「よく見えなかっただけじゃなくて?」
「外側から誰も攻撃してないんだから見えなくてもわかる」
アイリーンの声音から信じきっていないことがよくわかる。
千花は2人の会話に割って入る。
「魔水晶が割れるのって珍しいんですか?」
「そうね。あ、頭の方まで切れてる。これはもう少し念入りに手当てした方がいいわ。ロビー行きましょ」
返答しようとしたアイリーンが千花の髪を上げて新しい傷を見つける。
そんなに深い傷ができていたのかと千花は見えない顔の状態を気にする。
「魔水晶はどうする?」
「袋に入れてロビーに持っていくわ。老朽化が原因かもしれないし」
アイリーンは即座に救急箱を片づけるとそのまま千花を連れてロビーの方へ向かった。
「……で、今ようやく傷の手当てが終わったところだ」
邦彦に一連の流れを説明したシモンは呆れか疲れかわからない表情を浮かべる。
邦彦は千花の方に近づいて傷の様子を確認する。
「田上さん、まだ痛みますか?」
「いいえ。元々驚いただけでそこまで痛みは感じませんでした」
シモンの言う通り破片の取り残しはなさそうだ。
頭部は切れたようだが、目にガラスが入らなくて良かったと邦彦は一安心する。
「アイリーンさん、故障した原因はわかりましたか」
先程の会話の通り、アイリーンは手当てが終わるとすぐに魔水晶が壊れた理由を探していた。
「老朽化ではないわね。内側からの魔力が原因そう」
ということはやはり千花の魔力が関係していることがわかる。
「ごめんなさい」
「田上さんのせいではありません。誰も予期していなかったことですから」
ただ、と邦彦は言葉を切って1人黙り込む。
(いくら光の巫女の候補者と言えど、たった数ヵ月の訓練でここまで魔力が強くなることはあるのか。まるで誰かが彼女に膨大な魔力を植えつけたような)
考えすぎのようにも思えるが、前例のないことだ。
余計に心配しても仕方ないとは思う。
「おいクニヒコ、また1人で考えてるだろ」
「憶測を無闇に口にしない方がいいかと」
「光の巫女のことなんて1人で調べてもわからないだろ」
シモンの意見ももっともだと思いながら、邦彦は埒が明かない事項は置いておくことにした。
「水晶玉が割れたということは、田上さんの第2属性は確認できていないということで?」
邦彦の問いに千花は「あっ」と声を出した。
「割れる直前で小さい光が見えました。土埃の隙間から見えたので間違いないと思います」
千花の言葉に邦彦はすぐ頷く。
次にシモンに目をやる。
「ということは8属性目の光ですね。日向君も田上さんも、これからは第2属性を中心に訓練していきましょう」
邦彦の提案に、千花と興人は「はい」と返事する。
1人、シモンだけ腑に落ちないような微妙な顔をした。
「ちょっと待て」
「まだ魔水晶について考えが?」
「違うそっちじゃない。チカの第2属性が光? それ、誰が特訓に付き合うんだよ」
シモンの焦りを含んだ問いに邦彦も千花も首を傾げながら彼を指す。
「クニヒコお前、俺が光属性を学び始めたのいつだと思ってんだ」
「去年の今頃ですね」
「えっ、そんな最近?」
シモンがほとんどの属性を使える強い魔導士であることは千花も理解しているが、最後の属性を習得し始めたのがついこの前だったことには衝撃を受けた。
そんな千花に興人は耳打ちしてくる。
「光属性は少し特殊な魔法と魔力を使うから習得できる人はほとんどいないんだ」
「へえ?」
その中でもシモンは若いのに全属性を使える類まれな魔導士のようだ。
すごいとは思っていた千花だが、それよりももっとすごかった。
「それで、シモンさんは何を言いたいのですか」
「たった1年しか光魔法を練習してないのにチカに教えられるわけないだろ。俺だってまだ実践したことないんだから」
シモンの主張に邦彦は顎に手を当てて考える素振りを見せる。
しかしすぐに1つ頷いてシモンの肩に手を置く。
「大丈夫、シモンさんならできます。少しずつでいいので、田上さんに光魔法を教えてください」
「鬼かお前は!」
邦彦のほとんど無茶ぶりに近い返答にシモンは頭を抱える。
千花は無意味だとは思いながらも、せめて自分でも光魔法を習得できるようには努力しようと決意した。