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光の巫女  作者: 雪桃
第4章 次への訓練
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記憶変換魔法

 放課後。千花はリースに続く泉の前で興人に土下座した。


「やめろ。俺にそんな趣味はない」

「本当に感謝してもしきれません、興人様」

「やめろ」


 興人は未だ土下座し続ける千花を無理矢理起こしながら今まで見たこともないような複雑な表情を向けていた。


「本っ当に、興人のおかげで安城先生の大目玉を喰らわないで済んだ」


 結局あの後、一瞬すぎて誰も何故ボールが壊れたのか理解ができなかった。

 すぐに体育教師が千花達の側に行って何があったのか質問したが、千花は口を開閉させるだけで何も答えられなかった。


『……仕方ない』


 そんな千花を見越して、興人は体育館全体に魔法を発動した。

 それは『記憶変換魔法』と呼ばれるものだった、


「興人があの魔法を打ってくれたから最終的に私が目立った記憶もなくなったし、ボールが壊れたのも老朽化で済んだ」

「俺みたいな機関の人間は必ずこの魔法を習得することが求められてるんだ。悪魔との戦いは突然起きるから。俺も5分前までなら記憶を変えられる」

「それじゃあベテランにもなると自分の好きなように記憶を変えられるの?」


 自分にとって黒歴史なことも、その未来をなかったことにできるのならばそれに越したことはない。


「まあな。でも、記憶を変える魔法は、術者の脳にも影響を与える」

「どういうこと?」


 千花の質問に、興人はしばらく考えた後、リースに行ってから話すことに決めた。

 2人はほぼ同時に池に飛び込み、すぐに王城へと入った。


「記憶を変える時には、変えた後の新しい記憶も必要になる」

「うん」


 王城を歩きながら興人は魔法について説明する。


「そうなると、つい数秒前まで知っていた記憶と、新しく自分が作った記憶を術者本人が知っていることになる」

「うんうん」

「その場で1人の記憶を書き換えることなら簡単かもしれないが、それが1時間の記憶であり、更に30人いるような大規模な所で行うとすれば、術者は30人の記憶をまとめて脳に入れることになる」

「……うん?」

「そうすると今度は30人の1時間分の記憶を術者が考えて一瞬で発動しなければならなくなり、何が真実で何が嘘なのか本人がわからなくなる」

「……」


 頑張って相槌を打っていた千花だが、とうとう興人の説明が理解できなくなっていた。

 頭にクエスチョンマークを浮かべている千花に気づいた興人は顎に手を当てて考えた後、再び口を開いた。


「人や時間が多ければ多くなるほど情報量も増えて脳がパンクする、と言った方が早いか?」

「なるほど」


 長々と説明してくれた興人には申し訳ないが、千花にとってはその一文で全て理解できた。


「今日は体育館中と言えど1分未満の記憶を変えればいいだけだから俺にも支障はなかったが、便利な魔法だからこそ乱発すれば悪い副作用もついてくる」

「今後は気をつけます」


 千花は己の失態を反省すると共に、興人に感謝の礼を述べた。


「ところで今更だけど安城先生のこと待ってなくていいの? いや、前から自分達で行っていいことにはなってるけど」


 リースにも随分慣れた千花は邦彦の道案内がなくとも1人でギルドまで行けるようになった。

 そのため教師として働いている邦彦と時間差がなくなるように自由行動を許されたが、昨日までは暗黙の了解で一緒にリースまで飛んでいた。


「ああ。少し田上に知っておいてほしい店があるから先にそこに向かう」

「先生は?」

「……先生にバレたら少しお怒りを喰らいそうだから」

「えっ」


 興人が目を泳がせながら説明するため、千花は絶句する。

 今まで千花が邦彦に叱られることはあっても、興人が注意を受けるところは見たことがなかった。


「俺は先生と知り合って長いから叱られることが減っただけで、田上みたいに初めの頃は色々やらかしてた」

「今度は?」

「大目に見てもらえる確率が低いから」


 興人はギルドに向かう道を逸れて、3番街の裏道に入る。

 千花もそれに続きながら、このまま興人の言う通りに動いたら自分も共犯になることを確信した。


(でもあの興人が先生に隠し事をするなんて珍しすぎて行かないわけにはいかない)


 邦彦のお怒りよりも珍しさへの好奇心が勝った千花は何も言わずに大人しく興人の背中を追いかけた。


 裏道を進むこと10分。

 興人は閑静な住宅街に建てられているレンガ造りの家に入る。


「ここは?」

「今から行く所の隠れ家だ」


 興人が開けた家の中は、どこにでもあるようなレイアウトだった。

 普通の机と椅子、キッチン、本棚。

 これのどこが隠れ家なのかと千花が疑問に思っていると、興人が室内の端に座って手招きしてくる。


「?」


 首を傾げながら千花は興人に近づき、その隣に座り込む。

 興人は周りに誰もいないことを確認すると、徐に床板に手を伸ばし、上に向かって強く引っ張りあげた。


「えええ!?」


 突然の破壊行動に千花が声を上げて驚くと、興人は咎めるように「しー」と人差し指を口に当てる。

 そのまま何も言わずに千花に下を見るよう促す。


「下? あ、これって」


 千花が戸惑いながら興人の指し示す床板が外れた部分に目を向ける。

 それは下に続く階段になっていた。


「ウェンザーズの拠点にも似たようなものが」

「ああ。あの造りを見た時、田上にも教えようと思って。先に行くぞ」

「う、うん」


 薄暗い階段を興人が下っていくため、千花も恐る恐るついていく。

 目的地までの階段は灯りがほとんどなく、注意して足下を見なければならない。


「何があるの興人」


 室内は天井が広いため、千花の声がよく反響する。


「もうすぐ着く」


 答えにはなっていないが、千花が言及する前に興人の言う目的地への扉が現れた。

 扉は何の変哲もない鉄製の造りだった。

 興人はその扉を拳で三度叩く。


「誰だ」


 寸刻もしないうちに中から野太い声が聞こえてくる。

 千花が狼狽えていると興人は口を開いて中の主に応える。


「アドラメレク」


 興人の言葉に千花は何の意味かわからずに行動を待つ。

 興人の言葉を聞いた中の主はしばし沈黙した後、扉をゆっくり開けた。


「お久しぶりです、カルロさん」


 扉の先には2メートル近い身長に筋骨隆々がよく似合う体格をした坊主の強面な男がそびえ立っていた。

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