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光の巫女  作者: 雪桃
第4章 次への訓練
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日常に戻った1カ月

 千花達がウェンザーズを命からがら救い、早1ヵ月と半分が過ぎた。

 爽やかな風が吹き、心地が良かった季節は一転、週のほとんどが重い雨の気候になり、茹だるような湿気を含んだ暑さが肌にまとわりつく。


「梅雨が終わったら今度は痛いような夏の暑さがやってくる。寒さと暑さが交互に来れば……いや、そしたら衣替えが面倒になって更に激しい寒暖差で風邪を引く」


 千花は授業が終わり、気の抜けたクラス内で1人下敷きを仰ぎながら呟く。

 つい半年前まで暮らしていた長野も夏は暑いものだったが、山が近くにあったということもあり、ここまで照りつけてくることはなかった。

 千花にとってみれば冷房のついていない、生ぬるい空気が外から入ってくるだけの教室は独りごちたくなる程だ。


「千花、次体育だよ」

「今行く。ちょっと待ってて春奈」


 千花は用意してあった体操着を手に、クラスメイトの春奈という少女と女子更衣室へ向かう。

 入学早々友達作りに遅れを取った千花だったが、同じように長い病欠でゴールデンウィーク明けまでほとんど休んでいた春奈もまた友人がおらず、不思議な仲間意識で2人は仲良くなった。

 それに何より。


(雪奈と春子を合わせたような名前と、春子みたいな性格がすごく親近感を引き出してくる)


 千花は長野で特に仲の良かった友人2人を無意識に春奈にかけ合わせていた。


「にしても暑いね」

「本当に。なんでこんな時にクーラーが壊れるんだろう」

「家電っていっつも必要な時に不良品になるよね」


 ただ廊下を歩いているだけなのに、窓から入ってくる生ぬるい風と室内にいる人の密集で背中から汗が滴り落ちる。


「7月になればクーラーも直るみたいだから、一安心だね」

「後1週間の我慢かー。お、男子はバスケみたい。雨降ってるから外使えないもんね」


 春奈が指した先を見ると、確かに千花達と同学年の男子生徒が授業が始まる前にバスケを楽しんでいた。

 その中には千花のよく知る男子も含まれている。


「あ、興人」

「なんか言った?」

「いや」


 千花は視線の先で試合をしている長身の男、興人へ目を動かす。

 すると気配を感じ取ったのか、興人もまた千花と目を合わせた。

 だが、特に挨拶することもなく興人は目線を逸らす。

 千花も同様に春奈の質問をはぐらかしながら、興人に何のリアクションもせず女子更衣室へ入った。


『校舎内であまり関わりを持たないようにしてください』


 ウェンザーズからトロイメアへ戻って3日、何事もなく休み明けの授業に取り組んでいた千花と興人に対し、邦彦は1つ注意を出した。


「接近禁止、ということですか」


 高校の面談室を使用して勧告する邦彦に千花の隣に座っていた興人が手を上げて聞き返す。

 邦彦はその質問にゆっくり首を横に振る。


「そこまで強いものではありません。要は友達というより同じ学校の同級生という思いを抱いていただければ」

「なんでそんな他人行儀に?」


 今度は千花から邦彦に質問する。


「話せば長くなるので端的に話しますが、敵に光の巫女とその仲間だということを知らしめないようにするためです」


 邦彦が言うには、この3年間決して敗れることのなかった魔王の1体・べモスが一介の少女に倒されたことは悪魔の世界でも問題となっている。

 その少女がただの討伐隊ではなく光の巫女だったということも含めて、悪魔は更に殺意を高めてこちらへ圧力をかけているらしい。


「僕や日向君は勿論、機関の人間は大部分が田上さんの存在を認知しています。そのため田上さんに何かあった時のために防衛は徹底しているつもりです。ただ、悪魔もこの先どこまで勢力を伸ばしてくるかわからない。その際に、誰が光の巫女の仲間であり、弱みなのか察知されれば、監視の目を分散する必要があります」

「つまり、田上の安全を強化するために誰が仲間かわからないようにすると?」

「そういうことです」


 興人の要約に邦彦は即答する。

 千花はその意見に納得しながらも、少し気を落ち込ませる。


(知り合いでも、気軽に話しかけられないんだ)


 千花の心情を読み取ったのか、邦彦は続けて言葉を出す。


「ただ、この勧告は地球に限ったことです。リースと違ってここは魔法を使用する者がごく僅かしかいないので選択肢を絞られないようにという策であり、シモンさんや有数の冒険者が点在しているリースでは今まで通り親交を深めてもらって構いませんので」


 邦彦の言葉にあからさまに千花が表情を綻ばせる。

 隣の興人には見えなかったが、邦彦はその移り変わりに、おかしそうに眉を寄せながら笑った。


「守ってほしいのは1つ。巫女の味方である大人がいない所で危険を冒さないことです」

「はい」


 邦彦と大事な約束を交わしてから早1ヵ月半。

 初めこそ興人を見かけると無意識に手を振ろうとしていた千花だが、今となっては他人のふりをすることにも慣れた。


(興人がいなくても学校でボッチになることはないし、リースに行けば話はできるし。そこまで強い制約でもないから心配もない)


 千花は春奈と準備体操を行いながら心の中で陽気になっていた。


「いつも思うけど体柔らかいよね千花って」

「えへへ。そう?」


 そりゃあ毎日これ以上の厳しい訓練をこなしてますから、と千花は口を滑らせそうになり、慌ててお茶を濁した。

 全員が整列し終わると、体育教師が本題に入る。


「先週までに基礎は全て教えたので、今日からは2人組になってそれぞれ試合をしてもらおうと思います。コートはそれぞれ3面あるから、誰かが試合をしている時にはテストに向けて基礎練習をしてください」

「試合か。初めてやるね」

「千花は私と組もうね」


 それぞれ高校のラケットを持ちながら、千花と春奈は分散しているコートの中に入っていく。

 ゆっくり歩いていたこともあり、千花達は順番を待つことになった。


「自主練してようよ千花」

「うん」


 春奈に促され、千花はコートの端の方で試験に出るというシャトルを打ち返す練習をする。

 運動経験はあまりない千花だが、素人である春奈の打つシャトルは全て打ち返すことができる。


(だってゆっくりだから)


 ウェンザーズを支配していた魔王べモスの迅速な動きを目で追いながら戦闘を繰り広げていた千花にとってみれば、羽のように落ちてくるシャトルを的の中心に当てることなど造作もない。


(こんな所でも役に立つなんて)


 平均能力の春奈に合わせて千花はシャトルを飛ばしていく。

 あまり力を入れず、あくまでほのぼのやり取りをしているだけの関係に見えるように。


「おっしゃあ! 次行くぜ!」


 千花と春奈がシャトル往復に慣れ、スムーズにパスし合っていると、隣のコートでバスケの試合をしていた男子生徒が意気揚々とボールを投げた。


「おりゃあ! ……うおっと」


 しかしその直前で足を躓かせ、勢いを緩めないままボールを明後日の方向へ飛ばす。

 それは仕切りのない体育館を飛んでいき、速度を緩めないまま真っ直ぐに春奈の元へ襲いかかる。


「やべっ」

「春奈!」


 千花はひとっ飛びに春奈の前へ出ると、彼女の頭を自分の胸に抱きよせ、襲いかかってくるバスケットボールをラケットで弾き飛ばす。

 その瞬間、無意識に防衛反応が出たのか、身体強化を発動してしまう。

 ボールは更にスピードを上げ、壁に激突し、空気が抜けたように潰れた。


「あ……っ」


 体育館中が糸を張ったように静まり返る。

 ボールという脅威がなくなり冷静になった千花は、顔を青くさせながら目だけ興人の方に向ける。

 興人は他の生徒の輪に入り他人のふりをしていたが、表情は明らかに呆れたものになっていた。


「あ、あはは」


 千花はこれから予想できうる邦彦の大目玉を予想して、乾いた笑いを出すしかなかった。

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