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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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レオ王

「ところで先生。どこに向かってるんですか」


 怪我により上手く歩けない千花は手を貸してもらいながら先導している邦彦に質問する。

 邦彦は何故か答える前に少し意地の悪そうな笑みを見せる。


「?」

「そうですね。あなたが驚く所を見たかったので言いませんでしたが、目の前で卒倒し頭を打つ方が余程悪い」


 邦彦はそう言いながら千花が倒れないようにとばかりに握っている手の力を少し強める。


「今から行く場所は王城です。そして、レオ王に謁見します」

「はあ……は?」


 邦彦の行動に呆気に取られながら適当に相槌を打った千花だが、その言葉の意味を理解すると同時に我に返った。


「レオ王って」

「リョウガ君の父親です。ウェンザーズの国王と言った方がわかりやすいですか?」

「謁見って……えっ!?」


 ようやく全て理解した千花は不安定な地面に足を取られる。

 邦彦の支えがなければ尻餅をついていた。


「わかりますか」

「わかりますよ! 私達が戦ったのがレオ様でしょう!? 大丈夫なんですか」


 千花の「大丈夫」には自分が気軽に会っていいのかという疑問を、昨日の今日でレオの意識は回復したのかという入り混じった意味を持っていた。


「レオ王の意識はすぐに戻りました。もちろん体にはいくつも傷があり、万全とはいきませんが、話をする余裕はあるようです」


 千花の開いた口はそれだけの説得では塞がらない。

 いくら一国の王と言えど魔王に3年も体を乗っ取られ、魂を引きずり出すためにある程度の攻撃を与えたというのにもう話せるまでに回復したのか。


「あなたの浄化の副作用が効いたのですよ」

「光の巫女の?」


 レオを待たせるわけにはいかないということで足を進めながら、邦彦は千花のあらゆる疑問に答える。


「浄化は確かに悪魔を消滅するものが大前提であることには変わりありません。ですが、その分類は光属性になります」

「あの8つに分類された最後の属性ですか」

「ええ。光属性の特徴は他の7つの属性に比べて支援に特化していることです。支援というのは巫女だけが使える浄化のみならず、回復、攻防上昇、状態異常消去……」

「後方サポート役ってことですか」

「簡単に言えばそうですね」


 邦彦の臨時講義が始まる前に千花は理解できたことを証明する。

 邦彦はそこで光属性についてを終えた。


「話を戻しますが、あなたの浄化にはリースに住まう全ての生き物を回復させる力があったのでしょう。僕自身、レオ王が意識を取り戻したことは驚いているので、新たな発見です」


 邦彦でさえ光魔法の属性を知らなかったことに千花は驚く。

 しかしその直後、邦彦の前で魔王を浄化できたのが千花だけということに気づき、知らないのも仕方ないと考える。


「さて、ここが王城です」

「……ここが?」


 ウェンザーズが既に国の形を成していないことは理解していたが、千花は尚、目の前で崩れ落ちた建物から目が離せなかった。


「レオ様はどこに?」

「王の間にいます。あなた達が戦った所は、レオ王が長く滞在する場でもあり、比較的頑丈に造られているんですよ」


 それでも壊されたことに変わりはありませんが、と邦彦は静かに呟きながら千花を促す。

 千花は王城特有の朱色の柱が倒れている周りを見渡しながら、更に城だと言われる所を進んでいく。


「田上さん、昨日の今日で慣れないとは思いますが、レオ王は国王なので態度には気をつけるように」

「は、はい」


 呆けていた千花は邦彦の言葉に背筋を伸ばして気を引き締めた。

 千花の準備ができた所を見てから、邦彦は半壊している扉を叩いて口を開く。


「陛下。お待たせいたしました」

「……入れ」


 少し喉の奥が傷ついているようで、低く、落ち着いている枯れた声が中から聞こえてきた。

 てっきりべモスと同じ声だと思っていた千花は少し違和感を覚える。


「失礼いたします」


 邦彦が重厚な扉を内側に開ける。

 中は人工の光がいくつも設置されている壁のおかげで明るい。

 床は所々赤い錆のようなものが見える。

 そして中央には、金色の鬣のように後ろに伸びる髪と、同じ色の短い髭を顎に浮かばせている、少し皺の目立つ壮年の男が座っていた。


(えっと……)

「よく来たな」

「お時間を取らせました」


 邦彦が深々と最高位の礼をするため、千花は目の前にいる男こそレオなのだと理解する。


「田上さん、挨拶を」

「はっ! た、田上……じゃなくて、千花です。はじめまして」


 邦彦に小さな声で促されて千花は慌てて腰から頭を下げる。

 そんな千花の様子にレオは笑い声を零しながら立ち上がり近づいてくる。


「畏まらんでいい。むしろ俺の方が君に謝辞を述べるべきだ。魔王に囚われていた俺と、国民を救ってくれた貴女にはな」


 顔を上げた千花はレオがすぐ近くまで来ていたことに驚いて声を失う。

 優しい表情ではあるが、その琥珀のような瞳にはライオンの獰猛さが隠れており、目を逸らすことができない。


「本来なら光の巫女の帰還を国民総出で祝うべきところだが、俺の不甲斐なさから今この国は一から再興する必要がある。このような簡単な謝辞で申し訳ない」

「い、いえ。お構いなく」


 緊張で千花は自分が何を言っているのかすらわからない状態になる。

 何か気の利いたことでも言える図太い神経があれば、と千花が迷いながら口を鯉のように開閉させていると、後ろで閉じられていた扉が大きく音を立てて開いた。


「話し始めてんなら先に呼べよ親父」


 千花が扉が壊れそうな音に体を震わせていると、レオが呆れたような顔で千花の後ろへ視線を向けて溜息を吐いた。


「大事な客人を前になんだその態度は。3年経っても馬鹿なままなのか俺の息子は」

「その客を俺にも謁見させるから呼ぶまで待てっつったのはてめえだろうがクソ親父」

「父親に向かってその口の利き方とはいい度胸があるなぁバカ息子」

「喧嘩なら買うぜ」


 千花を間に挟んで突然喧嘩を始めるレオとその息子──リョウガに果てしなく戸惑っていると、こっそり誰かが腕を引いてその輪から抜け出してくれた。


「興人!」

「その様子だと、平気そうだな。お互いに」


 千花が後ろを振り返ると、同様に肌の大部分を白い包帯で覆われている興人が安堵した表情で立っていた。


「リョウガとどこか行ってたの?」

「田上を待っている間、生き埋めになっている奴がいないか探してた」


 千花と興人が会話をしているその隣に様子を窺っていた邦彦が歩み寄ってくる。


「この親ありてこの子あり、を具現化したような親子ですね」


 邦彦の表現に釣られて千花と興人も未だ口喧嘩を止めないウェンザーズ国王親子に視線を戻す。

 初めてリョウガと出会った時ミランが喧嘩っ早いことを窘めていたが、この父親の元で育てば確かにいたずらを好む子どもになりそうだな、と千花は若干失礼なことを思う。


「とは言えこのまま終わるまで待つほどの時間はありませんので引き戻しましょう」


 邦彦は2人に聞こえるように少し大きく咳払いをする。

 すぐに我に返ったレオは口喧嘩を止め、千花達に頭を下げた。


「申し訳ない。見苦しい所を見せた」

「いいえ。仲睦まじいことはいいことです」


 決まり文句のように言葉を流しながら微笑む邦彦に、レオは申し訳なさそうにしながら口を開く。


「お前達人間には本当に礼を述べなければならない。獣人だけでは魔王を打ちのめすこともできず、俺は大切な民を絶滅させるところだった。本当に感謝してもしきれない」


 レオは特に千花の方に視線を寄越しながら頭を垂れて礼を言う。

 千花は一国の王に頭を下げられて焦る。


「本当は正式に国賓として招くべきなのだが、見ての通り国としての機能を失っていてな。その代わりと言ってはなんだが、君達の要望にはできる限り応えよう」


 国王に感謝する代わりに何でもすると熱い視線を向けられている千花は助けを求めるように邦彦に強く意思を示す。


「レオ王、たが……千花さんの代わりに僕が要求しても?」

「構わん」


 レオの目が邦彦に向いたことでようやく千花は肩の力を抜くことができた。

 正直顔はリョウガを大人にした見た目だが、その眼力はやはりレオが一枚も二枚も上手だ。


「何を要求する?」

「厚かましいお願いは一切しないつもりです。ただ、この先更に悪魔勢力と人間が争うことがあれば、人員を割いていただけないかと」


 今すぐではありません、と邦彦は続ける。

 その要望にレオは「そんなことか」と拍子抜けしながらも気さくに頷く。


「もちろん。俺としても国を奪った悪魔に肩入れする気はない。お前達の力になれるなら、いくらでも応えよう」

「感謝します」


 レオの快い応答に邦彦は素直に礼を言う。

 何はともあれ、これでリースの一国を救うことができたことに千花は安堵する。


「さて、話も終わった。俺はこれから民の元へ向かい復興を行うが、お前達はすぐに帰るか」


 レオの言葉に真っ先に反応したのはリョウガだった。


「親父! まだ魔王に乗っ取られた後遺症があるかもしれねえだろうが。休んでおけよ」

「そこまで弱っちゃいない。民に迷惑をかけた張本人が悠々と休んでいてどうする」

「だけど」

「心配ならお前もついてこい。と言っても、体が無事ならな」


 レオの最後の発言にリョウガは挑発されたような顔で頬をひくつかせながら「わかったよ!」と街へ降りていくレオの後に続いた。


「私達はどうしますか先生」


 千花がこれからの行動を邦彦に聞くと、すぐに答えが返ってきた。


「正午までにはトロイメアに帰り、女王陛下に報告したいところです。あなた達は明日から高校が始まりますし」

「……」


 千花と興人は返事をせず黙る。

 この5日間が濃厚すぎて何故自分達が長期滞在できたかを忘れていた。


「……1日休むとかって」

「長期休み明けでまた休むつもりですか?」


 邦彦は勉学に対して厳しい人間だ。

 たとえ千花と興人が体力的に疲れ果てているとしてもそこは抜かりない。


「諦めるしかないな」

「うん……」


 2人はほとんど同時に眉を寄せながら重く溜息を吐いて、邦彦の次の言葉を待つ。


「ただ、シモンさんは休息せずに復興の手伝いをしているのでまずは彼らのもとへ向かいましょう」

「はい」


 千花達は再度瓦礫と崩壊した建物の間を潜り抜けて、先程獣人がいた元へ向かった。

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