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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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瓦礫だらけでも

「……」


 微睡(まどろ)みの中、千花がゆっくり瞼を開けると、ダークブラウンの木材が敷き詰められた天井が目に入った。


「どこ?」


 千花はいつも通り手のひらをついて上体を起こそうとする。

 しかし上手くいかない。

 再び力を入れて起きようとする。

 やはり体どころか頭すら起こせない。


「えぇ……」


 自分の体を思うように動かせず、千花は戸惑いの声を上げる。


「そうか。体を横にして滑り込めば」


 思い立った千花は左腕を軸にして体を横に傾けようとする。

 その瞬間、左腕上部がとてつもない激痛に襲われた。


「い……った!!」


 これでもかと言うくらいに叫んだ千花の眠気は吹き飛んだ。

 だが正直腕の痛みは全く引いていない。


「どうしたの!?」


 千花があまりの痛みに呆然としていると、扉を急いで開けて千花の安否を心配する女性が入ってきた。


「え、っと?」

「起きられたのね。体は大丈夫?」

「マリカさん?」


 千花は自分に近づいてきた女性──マリカの名を疑問形で呼ぶ。

 自分の立場が正直定まっていないのである。


「どうしたのチカちゃん」

「いや、どうしたのはこっちのセリフで。マリカさんこそどうしてここに。今私魔王と戦ってて」


 千花の戸惑いの理由を理解したマリカは「ああ」と手を叩いた。

 その後すぐに千花の隣に腰かける。


「そうね。意識が王城で途切れてわからなくなってるわよね。ここは私のお家。簡単に言えばチカちゃん達が魔王を倒してから1日経ってるわ」

「1日……あっ!」


 千花はマリカの言葉を理解すると同時に部屋の存在に気づく。


「興人とリョウガ! それに先生達や獣人の皆さんも……いっ!」


 千花が仲間の存在を思い出し、慌てて安否を確認すべくベッドから勢いよく飛び出す。

 しかし足をついた直後全身に鋭い痛みを受ける。


「落ち着いてチカちゃん! 体の傷が開いちゃうから!」


 マリカに言われて自分の体を見てみる。

 視界に入る肌には包帯や大きな絆創膏がいくつも貼ってあり、所々血が滲んでいる部分もある。


「えっ」

「あなたのお仲間や国民は無事よ。いえ、国民の中には命を落とした者もいるのだけど。あなたが急いで傷を広げなくても生存確認はできてるわ」


 千花が自分の姿に驚いている間にマリカは説明しながら血が滲んでいる部分の手当てを行う。

 よく見れば着ているものも戦闘に使ったものではなく、寝間着のような格好になっている。


「……マリカさん」

「はい?」


 千花は混乱しながらも徐々に正気を取り戻し、手当てをしてくれているマリカを見て名前を呼ぶ。


「マリカさんの家族は、無事でした?」


 千花の問いにマリカの手は止まり、顔が強張る。

 その後すぐに、苦痛に顔を歪めながら泣くのを堪えるように目を閉じる。


「父は、ずっと前に死んだわ。兄も生きてはいるけど、もう間もなく……」


 その続きが何を意味しているかは千花にも理解できた。

 べモスによる被害を受けた者の苦しみを目の当たりにした千花もまた胸が締め付けられるような思いを抱く。


「私がもっと早く倒してれば」

「そんなことはないわ。チカちゃんが勇気を振り絞ってくれたからこれ以上の被害は食い止められた。この国の人達は、ちゃんとわかっているわ」


 千花が落ち込むと、マリカはその手を握りしめながら首を横に振る。

 口角は上がっているが、目元には薄ら涙の膜が張っている。


「……そうね。あなたが起きたらクニヒコさんという方に知らせるよう言われてたの。もし立てるなら着替えましょうか」


 マリカは重い空気を払拭するように明るく言いながら千花を促す。

 千花が怠さと若干の痛みを感じながらもマリカの助けも借りて元の戦闘服に着替え、身支度を整えた。


 マリカに引き連れられて家の外へ出る。

 扉から見えた外の世界は千花が想像していたものではなかった。


「家がない。それに、辺り一面でこぼこの地面」


 初めに偵察した時にはもっと家が敷き詰められていたはずだ。

 今は家と言うより木材の瓦礫が積み上がったものとしか言えない。

 更に獣人の特性に合わせたという不思議な感触の地面も所々何かに撃ち抜かれたような凹凸がある。


「魔王の雷に撃たれて全て破壊されたの。うちは運良く木材が焦げた程度で済んだけど」


 千花は辺りを見回しながら戦いのことを思い出す。

 べモスが黒い雷を撃ち、国を破壊したことは千花にも覚えがある。

 あの爆発に千花も巻き込まれたのだから。


「あれ? あの人達」


 千花が視線を請われたウェンザーズに向けて往復していると、遠くの方で何かが動いているのが見えた。


「無理はしなくていいぞ。まずは食料確保だ。軽傷だった者だけ瓦礫の撤去を手伝ってくれ」


 聞き覚えのある指示の声に千花が側まで寄って目を凝らして見ると、そこにいたのはミランだった。

 ミランは地面に転がっている木材を軽々持ち上げると他の獣人と一緒に広い場所まで運んでいく。

 どうやらそこにいる者は生き残り且つ傷も浅いらしい。


「良かった」

「ミランさんとお知り合い? ああ、討伐隊の隊長をしてたから」


 千花とマリカはゆっくりミラン達のいる広場へと足を進めていく。

 その足音に気づいたミランは千花達の姿を確認すると驚いたような表情でこちらに走ってきた。


「チカ! もう動いて大丈夫なのか。まだ安静にしていなければ」

「平気です。力仕事はできないけど、とにかく安否を確認しなきゃと思って」


 心配そうに自分を見下ろすミランに千花は微笑みながら答える。


「ここにいるのは討伐隊の人ですか?」

「ああ。犠牲者は出たが、全滅は免れた。チカのおかげだ」


 面と向かってお礼を言われると千花はむず痒い思いをする。

 そしてミランの「犠牲者」という言葉がどうしても引っかかる。


「本当は全員助けたかったんです」

「それは皆同じ気持ちだ。だが、どうにもできないこともある。チカはできる限りのことをしてくれた」


 ミランもマリカと同じように千花を称える。

 千花が救えなかった者の罪悪感を抱いていることも理解しているようだ。


「ところで、仲間を探しているのか? すぐそこに1人いるが」

「え?」


 ミランの指す先を目で追うと、木材が勝手に空を舞っているのが見えた。

 その下に視線を動かすと、シモンが魔法陣を展開して木材を操っていた。


「お前も傷が深いから休めと言ったんだが」

「シモンさん!」


 千花がようやく仲間に会えたとばかりに嬉しそうな声を上げてシモンに駆け寄る。

 しかし、そもそも足も怪我して覚束ない足取りだった千花はシモンの目の前で躓き転びそうになった。


「わっ」

「チカ!」


 咄嗟に千花の存在に気づいたシモンが風の魔法で抱えてくれなければ顔面を強打するところだった。


「お前は! 病み上がりなんだから……いや、俺が言えたことではないな」


 危ない千花を叱ろうとしたシモンだが、我に返って止まる。

 千花も支えられながら立ち、シモンの体を見る。

 その姿は千花と大差ないくらい傷だらけだった。


「シモンさんこそ何をしてるんですか」


 見た感じ安静にしているとは到底言えない行動をしていた気がする千花は改めてシモンに聞いてみる。


「ただベッドに寝てるのもつまらないから復興を手伝ってる」

「やっぱり人のこと言えないですね。止められなかったんですか」


 この調子だと止められても強行したという方が正しいだろうか。

 ミランの微妙な顔が視界に入る。


「クニヒコを探してるのか? 確か城近くにいたはずだが」

「わかりました。そういえば興人は?」


 興人もべモスとの戦いで脇腹を抉られる重傷を負っていたはずだ。

 マリカは全員無事だと言っていたが、自分の目で見なければやはりわからない。


「チカの少し前に目を覚ましたばかりだからまだ安静にしている。基地にいるはずだから気になるなら行ってみるといい」


 瓦礫だらけで千花が迷っていることを察知したのか、シモンは道を指しながら説明する。


「じゃあ先に興人の所に」

「いえ、その必要はありませんよ」


 千花が矛先を興人に変えて歩き出そうとすると、またも行く手を阻まれる声が聞こえてきた。

 それは初めに探していた邦彦である。


「安城先生、無事でしたか」

「僕は皆さんに守られたので無傷です。それについては感謝してもしきれないくらいですが、田上さんが動けるのであれば僕についてきてほしいのです」

「動けますけど、興人も気になるというか」

「ご安心を。あなたを連れていきたい所にもう日向君を行かせていますので。シモンさん、一応聞いておきますがあなたはどうしますか」


 興人の安全は保障できているという邦彦の言葉に千花は安堵する。

 一方その隣にいたシモンは邦彦の言葉の意図を察したのか眉間に皺を寄せながら首を横に振る。


「お誘いはありがたいことだが、俺は行かない」

「そう言うと思いました。僕からは何か妥当な言い訳を伝えておきましょう。あなたは安静にしていてくださいね」

「善処する」


 そう言いながら休息所ではなく瓦礫撤去をしている獣人の元へ行くシモンに無言の視線を送りながら、2人は目的地へと足を進めた。

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