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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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形勢逆転

 興人とリョウガは互いの魔法が当たらないように距離を取りながらべモスの体を傷つけていく。


「邪魔だぞ! しつこいんだぞぉ!」


 べモスが四方八方八つ当たりのように爪と牙で振り乱れるため、近接の攻撃は止め、魔法に集中することにする。


火炎玉(フレイムボール)!」

「レビン!」


 リョウガも気が立っているため、軌道が外れることがあるが、そこを興人が上手くカバーしていく。

 共闘はこれが初めてだが息は合っていると言えるだろう。


「熱いんだぞ! 痛いんだぞ!」

「国民の仇は俺が取ってやる! さっさと親父の体から出ていけ!」


 傍目から見れば弱者を乱暴に攻撃しているようだが、べモスはここに来るまでに苛立ったからという身勝手な理由で何もできない国民を食い殺し、面倒だからという理由で国民を猛獣にして同胞に殺し合いをさせた。

 この中にべモスを味方する者はいない。


「えーんえーん痛いんだぞ」

「親父の体で、声で、情けねえ格好すんな。親父は本当ならお前なんかに負けねえくらい強いんだよ」


 俺が真面目に生きてさえいれば。


 幼い子どものように弱々しく泣くべモス──その見た目はリョウガの父親であるレオだ。

 リョウガはその姿を見て苛立ちとはまた違う、過去の自分への後悔を浮かべる。

 興人はそんなリョウガを一瞥して口を開く。


「父親にも国民にも後で声が枯れる程謝ればいい。今は元凶を潰すぞ」

「わかってる。今まで親父たちに迷惑かけた分、全力であいつを倒す」


 魔王の魂を抜き取るには一定の攻撃を与えて力を保てなくなる程弱らせる必要がある。

 だが、べモスのあの態度からしてもう一度大量の魔力をぶつければレオの体から抜け出すだろう。


「行くぞ」


 リョウガの合図と共に、興人は大剣に込めていた炎を全力で放出する。


「レビン!」


 リョウガも興人に負けないくらい強烈な雷を手中から発射する。

 2人の魔法は同時にべモスに当たり、その体を包み込んでいく。


「うわあああ! 熱いんだぞおおおお!」


 一際大きい絶叫がべモスの中から吐き出される。

 これで魔王の魂は出せるだろう。

 そう思って興人が千花の様子を振り返ろうとした時だった。


「もうこんな体抜けてやるんだぞ……なんて言うと思ったか?」

「あ?」


 痛みに悶えていたべモスが炎の隙間から急に笑い始める。

 その顔に嫌な予感がしてリョウガは手中に雷を溜めようとする。

 しかし──。


「っ! 避けろ!」

「グガアアア!!」


 リョウガが近くにいる興人に叫ぶと同時に、べモスが空気を震わせるような怒号を轟かせ、全身から雷を放出する。

 雷はリョウガのものと比べ物にもならないくら強力で、室内を全て稲妻のようにひび割れさせた。

 その脅威はリョウガ達にも影響を及ぼした。


「なん、で……」


 リョウガは何が起きたかわからないと言うように呆然と呟く。

 その体は咄嗟に反応したとは言え、全身がべモスの雷に打たれた。

 火傷を負ったように皮膚が焼かれ、傷から血が流れる。

 それだけではない。


「……麻痺が」


 興人の剣を握る手が震える。

 恐怖からではない。

 雷に当たったことで痺れを起こしているのだ。

 軽傷とは言えない傷を全身に負った2人の間でべモスは余裕そうに笑い始めた。


「上手く騙されたんだぞ。この国の王子なんて大したものじゃないんだぞ」

「なんだと?」


 べモスに馬鹿にされ、リョウガは動揺しながらも低い声で聞き返す。


「魔王の特性も知らないなんて、一体何を学んできたんだぞ。無闇に魔法を撃って、反撃を喰らうなんて馬鹿なんだぞ」


 止まない罵倒にリョウガが再び怒りを込めて魔法を展開しようとする。

 だがべモスの体を見て驚愕の表情を浮かべた。


「は……」

「余裕余裕。体が軽いんだぞー」


 べモスは軽やかに飛び跳ねながら姿を現わす。

 その獣の体には、1つも傷がなかった。


「なんで。確かに俺達の攻撃は当たっていたはずだ!」


 べモスの見た目にリョウガは信じられないものを見たと言うような声を出す。

 動揺しながらリョウガは雷を込めた球体をべモスに投げつける。


「だから無駄なんだぞ」


 べモスはその球体を全身に喰らうでもなく、鋭い牙が奥まで見える程大きく口を開けると、球体を丸呑みした。


「なっ!」

「雷を……魔法を食べた?」


 リョウガと興人がその光景に驚いている間にも、べモスはまるで食事をするように魔法を牙で噛みながら喉を動かして飲み込む。


「ふーん。王子だけあって今までの雑魚よりは上手い魔力なんだぞ」


 べモスは悠長に魔法の味の感想を1人で呟いている。


「魔法を食うなんて」

「なんだぞ。やっぱり知らなかったんだぞ」


 リョウガが本当に驚いているため、べモスはとぼけたように話す。


「ボクは暴食の神様だぞ。何でも食べられるんだぞ。雑魚の獣人だって、魔法だって、何でもだぞ」

「……そういうわけか」


 興人が理解したようにべモスを憎々しそうに睨む。


「演技も疲れたんだぞ。でもこれで鈍った体も準備が整ったし、王子の歪む顔も見れたからいいんだぞ」


 今までの攻撃は全てべモスにとって全回復するための材料にしかならなかったわけだ。

 べモスは魔力も体力も最大まであるが、興人たちは攻撃を受けた分も含めて体力を消耗している。


「くそが……クソ悪魔!」


 リョウガが悪態を吐きながら爪でべモスを攻撃しようとする。

 しかし力と素早さが勝るべモスにはそんな攻撃通用するはずもなく、軽々と避けられて後ろ足で腹を蹴られる。

 仰向けに倒れた所をべモスはその大きな前足で潰し、動きを封じる。


「ぐっ」

「お前は言葉通り苦しめて殺してやるんだぞ。人間のこいつらも、国民も、全員食い殺して独りになったら殺してやるんだぞ」


 べモスの嘲笑うような言葉にリョウガは悔しそうに奥歯を噛む。


「何もできずに自分のせいで死んでいく奴らを見てるといいんだぞ」


 そう言うとべモスはリョウガが動けなくなるように足の腱を噛みちぎろうとする。

 その直前、興人が素早く後ろからべモス目がけて剣を振り下ろす。


「そういえばもう1人いたんだぞ」


 だが、興人の剣が体を貫く前に、その気配を察知したべモスに咆哮される。

 その衝撃に興人は体を吹き飛ばされる。


「くっ!」


 興人は痺れが収まらない四肢を駆使しながら体勢を立て直す。


「魔法が効かなくても、武器を使えば攻撃はできるだろ」

「浅はかなんだぞ。ボクの素早さにお前の攻撃が当たるわけないんだぞ」


 興人が剣を向けると、馬鹿にするような言葉を吐きながらべモスはそちらに向く。

 リョウガを最後に殺すと言う宣言の通りだ。


(魔法を込めればその分回復される。生身で戦うしかない)


 興人は自分に視線が向いている間にリョウガが隙を見て打撃を与えられればと考えている。

 べモスのライオンとしての速さを考えると、同じ獣人のリョウガのみが競り合えると思ったからだ。


(リョウガがそれに気づいてくれればいいが)


 魔法が効かないこと、騙されたことにリョウガは今正確な判断ができない程焦っている。

 興人が囮になっていることにどうにか気づいてほしい。


「蹴散らしてやるんだぞ」


 興人はこの状況で懸念感を抱きながらも、傷だらけの体を奮い立たせてべモスに生身で斬りかかる。


「はあっ!」


 興人は自分の身長と同じくらいある大剣を勢いよくべモスに振り下ろす。

 べモスは刃先が当たる前に体を捻って易々と躱す。

 そのまま後ろ足で地を蹴り興人に突進する。


「うっ」

「そんなノロマな動きで武器が当たると思うなだぞ。お前も馬鹿なんだぞ」


 頭突きされながら罵声を浴びせられる興人は、痛みに顔を歪めながら、大剣を上から突き刺そうとする。

 それも予想していたとばかりにべモスは顔を上に向けて刃を噛み、動きを封じる。


「ちっ!」


 べモスから剣を抜こうとする興人だが、嚙みつく力には勝てない。


「このまま砕いてやるんだぞ」


 べモスが興人の剣を奪おうと体を使って引き離そうとする。

 興人は必死に大剣の柄を握り、噛み砕かれる前に遠くにいるリョウガと目を合わせ、叫ぶ。


「リョウガ! やれ!」


 興人に強く名前を叫ばれ、呆然としていたリョウガは体を大きく震わせる。

 しかしすぐにその言葉の意図に気づいて足に力を入れ、一瞬でべモスの背中にまで辿り着く。

 べモスが振り返る暇もなく、リョウガは爪を背中に深く突き刺そうとする。

 その気配を死角にも関わらず察知したべモスはにやりと笑って興人の大剣から口を離し、大きく叫ぶ。


「レビン」


 それはリョウガが先程唱えた雷の魔法。

 だが威力はリョウガとは比べ物にもならず、口から吐き出された雷は目の前の興人を貫きながら壁に強く叩きつけられる程だった。


「オキト!」


 雷に撃ち抜かれた腹から血を流し、興人はうつ伏せで倒れる。

 早く処置をしなければ失血して死ぬだろう。

 リョウガが攻撃の手を止め、急いで興人に駆け寄ろうとするが、その体を大きな前足で掴まれ、動きを封じられる。


「これで1人目。お前の判断ミスで死んだんだぞ」

「ぐうっ」


 リョウガは苦しさと悔しさに顔を歪ませながら呻く。


「お前は逃げられないように四肢を切断して磔にしてやるんだぞ。目の前で国民1人1人食いちぎってやるからよく見ておくんだぞ」

「やめろ……っ」


 想像しただけでリョウガは吐き気がしてくる。

 レオ達先祖が築き上げてきたウェンザーズの平和の崩壊をただ指を咥えて見ているだけしかできないなんて、拷問以外の何物でもない。


「ボクに食べられることを光栄に思うんだぞ」

「やめろ!」


 リョウガは何とか逃れようと体を捩らせる。

 しかし人間の体をしたリョウガでは体格のいいライオンの姿をしたべモスに及ばない。


「大人しく食われるんだぞ」


 リョウガの足を食いちぎろうと牙を剥き出しにし、その皮膚に突き刺そうとした時。

 べモスは自分の脅威に気づいた。


「……あれは」


 その視線の先にいるのは1人の少女。

 今までの騒動が聞こえていないのか、杖を握って熱心に何かに集中している。

 その魔力は、今戦った2人よりも微量で、放っておいても自分の脅威にはならない。

 そのはずなのに。


「あの魔力は」


 杖に込められている魔力。とても弱い魔力。

 しかしその力は、大いなる光に満ち溢れている。

 それは遥か昔。

 自分達を消し去ったあの光。


「巫女ぉぉぉぉ!!」


 べモスは血管がちぎれそうになる程叫び、リョウガを突き飛ばすと千花に飛びかかる。


「えっ」


 興人に言われた通り、とにかく集中を切らさないように一切の音を遮断しながら浄化の準備をしていた千花は、自分に近づいてくる獣の怒号に体を震わせ目を開ける。

 その反応も遅く、千花は飛びかかってきたべモスの前足に伸びる鋭利な爪で体を横殴りされ、窓から見える裏庭にまで強く叩きつけられる。


「チカ!!」


 あまりの衝撃に庭の土埃が舞う。

 千花は突然の衝撃に体を血と土で汚しながら瓦礫に倒れ、意識を失った。

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