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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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吹き飛ばされた先は

「きゃああああ!」


 悲鳴を上げながら千花は重力に逆らわずに穴の中へ落ちていく。

 そもそもこれが何の穴なのかすらわからないが、今の千花にとっては考える暇もない。

 鳥の猛獣に吹き飛ばされて目を開けてみたら今の光景なのだから。


(着地ってどうやるの!? 足ならまだ骨折程度……でもなんかの本でどこから着地しても骨が砕けてぐちゃぐちゃになるって)


 自分の体が肉塊になる想像をして千花は一瞬吐き気に襲われる。

 だがそんなことを考えている暇もないと我に返る。


(ど、どうすれば。泥の海でクッションを……それよりどこかに掴まって衝撃を防ぐ)


 千花が必死に考えている間にも急降下は続いていく。

 そしてとうとう、千花の体は最下地点にまで落ちていった。


「いったあああ……くない?」


 とりあえず叫んだ千花だが、その衝撃に対して痛みはあまりない。

 少し打撲したような鈍痛は腰と尻にあるが、骨が砕けていることもなければ内臓が飛び出ていることもない。

 強いて言えば硬いと思われた床が案外柔らかかったことだ。


「……おい」

「良かった。地面が安全だったんだ。ちょっと触り心地は人間っぽいけど」

「おい!」


 突然千花の下から鼓膜を破るような声が聞こえてきた。

 千花は幽霊が出たのかと言うくらい猫のように跳ねてそこから離れた。


「地面がしゃべった!?」

「誰が地面だ! 人のこと踏み潰してといてよ!」

「人じゃなくて地面……じゃない! リョウガ!?」


 千花がそのまま声の主を見下ろす。

 そこにいたのは濃い黄色の髪と目をした少年──リョウガだった。

 リョウガは千花を殺しそうになるほど睨みながら背中を擦り立ち上がる。


「んのクソ女! 邪魔するなら殺すっつっただろ!」

「ご、ごめん。わざとじゃないの。猛獣に襲われて気づいたら穴の中に落ちてたから」


 落ちた当初よりかは落ち着いた千花はそのままリョウガに近寄ろうとする。

 しかしリョウガは反対に後ろに下がって警戒するように唸る。


「近寄るんじゃねえ。俺は1人であいつを倒す」

「そんなこと言ったって、城の中には猛獣も……ところで、ここどこ?」


 リョウガの警戒心をどうにか薄めなければならない。

 少なくとも噛み殺されない程度にまで。

 その中でふと、千花は冷静に辺りを見回すことにした。


(灯りは全くない。かろうじて目の前のリョウガが見えるくらい。後は洞窟のように硬い地面と、底冷えするくらいに寒い。それと、この匂いは)


「……罪人の牢屋だよ」


 千花が目を凝らしながら観察しているところを見てとったのか、リョウガが舌打ちしながら答える。


「城の最下層。重罪を犯した奴らが収容されるところだ。今は悪魔に捕まった奴らの部屋だが」

「じゃあこの錆びたような匂いは」

「猛獣になったら誰彼構わず食い殺すからな」


 千花は異臭を感じながら顔を顰める。

 そして同時に先程シモンが言っていた城の最奥にまで吹き飛ばされてしまったのかと考える。


「……ん? どうしてリョウガは1人でこんな所にいるの。ミランさん達は?」


 千花の質問にリョウガは眉を深く寄せてそっぽを向く。


「俺は1人で魔王を倒す。あいつらとは一緒にいねえ」

「それで猛獣に襲われたってこと?」

「食い殺されてえのか」


 返答的に図星だろう。

 どのような理由かは知らないが、流石に意固地になりすぎでは、と千花は思う。


「とにかくここから出ないと……どこに行くの」


 千花が出口はないかと目だけで探そうとすると、リョウガが勝手にどこかへ行こうとする。


「どこに行こうが俺の勝手だ」

「そんな適当に……あっ」


 千花は思い出す。

 確かリョウガは訳あって城で暮らしていたとミランから教えてもらった。

 つまり彼について行けば出口に行けるのではないか。


(ただ、リョウガが気を悪くして殺されそうだけど)


 今はそんなことを言っている場合ではない。

 リョウガも、何だかんだ脅してきて実行したことはないのだ。

 ついて行っても文句を言われるだけだろう。

 千花は小走りでリョウガの1歩後ろを歩く。

 リョウガは舌打ちをしながらも黙って先に進む。


(それにしても、よくこんな暗い道を迷わず進めるな。動物は目が悪いって言うけど、鼻と耳だけでここまで正確に歩けるものなんだ)


 獣人は群れで生活しているが、野生の力も遺伝として残っているらしい。

 人間以上の運動神経と危機察知能力を兼ね備えた彼らはやはり人間の頼りとなる。


(そういえば)

「リョウガは何の獣人なの?」


 呑気なことを聞く千花にリョウガの手が小さく動く。


「あ?」

「獣人って、猛獣とは別に自分の意思で獣の姿になれるんでしょ?」

「そんなこと聞いてどうする」

「魔王を倒す時に、獣の特性を使えるなら作戦を考えられるから」


 千花の提案にリョウガは憎そうに奥歯を噛みしめる。


「俺は協力しない」

「そんなこと言わないで。ウェンザーズを救うために、一緒に魔王を……」

「お前らみたいな腑抜けとは違う!」


 千花が説得しようとした瞬間、リョウガが怒りと憎悪を顔に浮かべながら千花の首を掴む。

 千花は目を見開いてその場に硬直する。


「3年もかかった。人間が、獣人が知恵を絞って悪魔に立ち向かえばもっと早くこの国を救えたはずだ。死者が減ったはずだ。お前らの協力なんて仲良しごっこと変わらない。だから俺は、死んだ奴らの分もまとめて魔王を殺す」


 邪魔をするなと言うようにリョウガは千花を突き飛ばすと、そのまま何も言わずに先へ進んだ。

 千花はすぐに立ち上がってリョウガの後を追ったが、その表情は暗く沈んでいる。


「……仲良しごっこなんかじゃないよ」


 千花は1人で小さく小さく呟く。

 しかしリョウガは、もう千花に対して一言も発さなかった。

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