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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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大胆な潜入

 翌日──まだ月が遥か上にあるような深夜の時間帯。

 千花達は暗く寒く、少し異様な臭いがする下水道を歩いていた。

 音が反響するくらい広いため、静かにしていてもどこからか音が聞こえるのではないかと警戒するくらいだ。


「後2時間程で日が出る。獣人の合図は城壁を壊すことらしい」

「正面突破をするつもりですか」


 いくらべモスに搾取され続けて疲弊しているとは言え、城にいる獣人の方が確実に多いだろう。

 対格差では有利でも、数に勝てるのか。


「いや、城壁壊しは囮だ。素早い獣人が逃げて敵を引きつけるらしい。その隙に裏口から内部へと入る」

「僕達はその合図に乗じて武器庫へと侵入します。シモンさんを先頭に、内部の偵察をしていきましょう」


 千花達が話しながら進んでいくと、何やらハシゴがかかっている窪みを見つけた。

 ここが侵入口だろう。


「まだ時間がありますけど、どうするんですか」

「ここを出た際の経路を確認します。城は広いですから」


 言われてみればそうだが、城内部の地図なんて獣人にも教えてもらっていない。

 どうやってわかるのだろうかと千花が続けて問いそうになったが、その前にシモンが天井に手のひらを向けて何やら魔法陣を展開し始めた。


「この上は武器庫。その両隣にはそれぞれ10部屋あるな。場所からして使用人の休憩と運動場を兼ねているだろう。もっと奥には食料庫と厨房があって、更に奥に客室。べモスがいるだろう王室は客室から伸びる渡り廊下の先にあるな」

「王室は中心にあるようですが?」

「ああ。王室を更に進んだ先。裏地はどうやら隠し場所としてるらしい。罪人や謀反人の牢屋だが、今は猛獣化した獣人の拷問部屋みたいだな」


 初め何をしているのかわからなかった千花だが、シモンの詳しい説明を聞いて理解できた。

 あの魔法陣で城の全体図を見たのだろう。


「かなりの距離を進む必要があるな」

「元々そのつもりではありましたが、シモンさんはまだしも日向君と田上さんは気配消しの魔法を使えません。迅速に、慎重に進むにはどうしたら」


 獣人の嗅覚と聴覚は侮れない。

 いくら隠れたとしてもすぐに見つかるだろう。


(煙幕……は聴覚に効かないし、爆音にしたら敵どころかミランさん達も動けなくなるし)


 敵だけを怯ませ、一気に城内へと進める手立てはないものか。


(……後は)

「炎の幻覚とかは使えないんですか」


 五感はさておき、動物は見慣れない火に怯むことがあると何かで読んだ。

 シモンであればそれくらいはできるのではないかと千花は意見する。

 だがシモンは眉を寄せて同意しがたい表情を浮かべる。


「できなくはないが、べモスのことだ。本物でも偽物でも一般人を囮にして逃げるだろう。本物ならその中に人質を放り込み、偽物なら恐れることなく反撃してくる」

「それなら後は……」


 考えようにも戦闘慣れしていない千花の意見は限度がある。

 こんなことならもう少し罠を勉強していればと後悔する千花だが、興人が千花の意見を聞いて「あっ」と声を出す。


「1つあるかもしれません。嗅覚も聴覚も麻痺させられるのが」


 興人は思い詰めた案を敵に気づかれないように声を潜めて3人に説明する。


「それは、仲間側に被害はないか」

「城の全方位に一気にかけるのではなく、1カ所ずつ走りながら使います。あれくらいの光なら直視しなければ被害は出ません。匂いと音が慣れないものであれば怯むでしょう。後は、これがあれば俺達は安全に通れます」

「確証はありませんが、今までで一番確率が高い方法ですね。運を信じて日向君の案を呑みましょう」

「はい」


 大まかな案を決めた所で、千花達は残りの時間、更に細かく侵入経路を固めていった。

 それから1時間後。

 通ってきた下水道の出口の方から小さく一筋光が差し込んできた。

 本来なら新たな1日の始まりを喜ぶべきところだが、今はそうもいかない。


「時間だ」


 シモンが独り言のように呟いたと同時に上の方から耳をつんざくような破壊音が轟いた。

 予想していたとは言え、今まで静寂だった所から突然轟音が響いたことに千花は少し身を強張らせる。


「田上さん、行きますよ」


 しかしそんな千花の戸惑いも許されることはなく、邦彦に手首を引っ張られながら千花は天井に昇るハシゴを順番に上がっていく。


「シモンさん、そこから中の様子は見えますか」


 先頭を警戒して進むシモンに邦彦が問う。

 ハシゴを昇った先にあるマンホールのような蓋に差しかかりシモンは少し考えて口を開く。


「このままじゃ何もわからねえな。俺が少し蓋を開けて様子を見るから下がってろ」


 指示されるまま千花達はその場で止まる。

 シモンが慎重に、音を立てないようにゆっくりと重い蓋を数センチだけ開け、部屋の全貌を目で追う。

 目の前には足しか見えないが、体格はしっかりしているであろう防衛と思われる獣人が2人こちらに気づかないで立っていた。


(屈強そうな男が2人。後は凶器が壁に並べられている。木箱に入っているのは爆薬だろう。どうするクニヒコ)


 シモンは獣人に聞き取られないように口だけで中の様子を伝える。

 すぐ下にいた邦彦はシモンに頷いて千花と興人へ視線を向ける。


「突入します。2人とも、攻撃の準備を」

「はい」


 2人の用意ができたことを確認すると邦彦はシモンに合図する。

 間髪入れずシモンが風の魔法で蓋を吹き飛ばし、勢いよく中へ侵入した。


「誰だ!」


 シモンの登場時にこちらを振り返って叫ぶ男達。

 だがそれに怯むことはなく、シモンは手中から魔法陣を展開する。


「オキト!」

「はい!」


 呼ばれた興人が小さな火種をシモンに投げる

 シモンは器用に火種を魔法陣の中央に飛ばすと、大きく両手を打った。


爆発(エクスプロージョン)!」


 シモンが唱えた瞬間小さな火種が激しい音とともに小さな爆発を起こした。

 一度だけかと思えば瞬く間に武器庫全体を覆うほどの爆発が巻き起こり、辺り一面火花と黒煙が舞う。


「なんだこれは!?」

「匂いが……火薬臭くて居場所がわからない」


 男達が慌てふためく中、火花は収まらない。

 1つ消えたかと思えば新たな場所でバチバチと大きな音を鳴らしながら爆発する。


「チカ、やれ!」

泥の海(マッドシー)!」


 黒煙で周りが見えない中、男達の頭上に大量の泥が降ってくる。

 避ける時間もない男達は泥に全身を潰される。


「う、動けない」

「くそっ、匂いも音もかき消されて」


 二人が身動きも取れずに呻いている中、千花達は火花の舞い散る武器庫から外へ出る。


「なんだこの音は!」

「あっちの方からだ……うわあ!」


 恐らく叫び声と大きな音を聞きつけた見張りの男達が迫ってくるが、待つ間もなく、その目の前で火花が散る。

 そして男達が目を覆い戸惑っている時に泥が降ってくる。

 その隙を千花達は走りすぎていく。


「最初の作戦は上手く行ったみたいですね」


 千花が隣を走る邦彦に聞こえるように声を張って言う。

 その頭には元々着用していた深緑色の上着が被さっている。


「ええ。炎や爆音はともかく、花火という存在をこの国の人が知らなかったのが幸いです」


 邦彦もスーツのジャケットを頭に被りながら千花に答える。

 興人が提案した目くらましは室内に花火を巻き上げることだった。

 地球育ちの千花達であれば慣れている光や火薬の匂いでも、獣人にとっては毒となりえる。

 そこを千花が得意の土魔法で動きを封じたというわけだ。


「ただし、田上さんは極力魔力を控えるように。浄化する時に体力が残っていなければ本末転倒ですから」

「わかってます」


 べモスと戦い、巫女の力で浄化する。

 以前連続で行った時にはたった数回で倒れそうになった。

 チャンスは一回きりだと千花も腹を括っている。


(このまま走っていけば、シモンさんの予測だと15分後にはべモスの所に行けるはず)


 火花を撒き散らし、空いた道をどんどん進んでいく。

 順調に城の内部へと進もうとしたその時だった。


「伏せろ!」


 先頭を走っていたシモンが振り返りざまに千花達に叫ぶ。

 反射的に身を屈める千花だが、その瞬間、頭上を何かが素早く掠めていった。

 直後、壁が火花の音を掻き消すかのような音を響かせながら砕け散った。

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