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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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接近

 昨日一昨日である程度の情報は集まった。

 3日目の今日はどのように悪魔の城へ近づくか作戦を練る日だった。

 場合によっては今日と明日で魔王を倒す予定ではあるが、宿屋の下にある、この国のギルドと呼ばれる所で集まった千花は昨夜のことを報告しなければならないと覚悟していた。

 確実に邦彦に叱られるが。


「さて、この2日間で得られた情報をもとに作戦を考えましょう。前面突破は難しいため、侵入経路を確保する必要があります」

「あの……その前に1個いいですか」

「はい?」


 基本素人の千花がこの場で率先して口を開くことはないため、邦彦が首を傾げながら千花を見る。


「えっと、昨夜のことなんですけど」


 改めて危機管理能力が低いことを自覚しながら千花は昨日あったことを包み隠さず全て説明した。

 あの男には口封じのように脅されていたが、ここにいれば正面から噛まれることはないだろうと千花は考える。

 千花が話し終わった後、初めに口を開いたのはシモンだった。


「お前は疫病神か」

「シモンさん、そんな言い方は」

「いいよ興人。私も自分で同じことを思ってたから」


 シモンの言う通りだ。

 リースに来てから千花は面倒事によく巻き込まれる。

 大抵が不本意なものだが。

 会話を聞いていた邦彦は叱るわけでもなく、1つ溜息を吐く。


「そうですね。自分が敵か味方か断言しなかったところはよく機転が利いていたと思います」


 魔法で応戦しようとしたところはいただけないが、と付け加えられたため、手放しに褒めているわけではないということはわかった。


「チカの言う奴が仮に別陣営だとしたら、戦況がどう動くかわからないな」

「……聞きましょうか」


 しばし考えていた邦彦が独り言のように小さく呟く。

 彼の言葉の主語がすぐにわかった3人は信じられないと言うような目を向ける。


「正気かクニヒコ。今までの話を忘れたのか」


 シモンの言葉に邦彦は再び沈黙して考えた後、顔を上げて口を開く。


「シモンさんの言う通り、戦況がどう動くかわからない今、敵地へ自ら足を踏み入れるのは危険でしょう。ですが、このまま彼らの正体を確認するには時間が足りなすぎる。多少リスクを負ったとしても、賭けに乗るべきだと思います」


 邦彦が真面目に戦術を話すが、シモンはあまり乗り気ではない。

 千花も流石にそれは無謀ではないかと考える。

 しかし隣に座っていた興人は千花とは意見が違うようだった。


「一度先生の案に乗るのも手かもしれません」

「オキト!?」


 シモンが驚きに声を上げるが、興人は更に続ける。


「ただの勘じゃありません。シモンさんと田上の言葉を思い出したんです」

「私達の?」


 聞き返す千花に興人は頷く。


「1日目にはシモンさんが別陣営の存在に気づいた。ということは、俺達が侵入してきた時からあいつらがこっちに気づいていてもおかしくない」

「そうですね」

「それだけならまだ俺達が敵か味方かあちらもわからない。でも、2日目に田上が視線に気づいたのはあちらも接近しようと意識が向いたからじゃないかと思います。俺と田上の行動を見て」


 興人の言葉に千花は2日前のことを思い出す。

 トロイメアからウェンザーズまで歩き、警戒しながら見回りをしていたところに手がかりがあるだろうか。


「マリカさんと話しただろ」


 千花が行きつく前に興人が答えを言う。

 確かにそこで情報を得ることができたが、マリカと陣営の関係に何が。


「マリカさんはこちら側の獣人です。悪魔に搾取されていた。そして、別陣営の奴らも予想で行けばその光景を見ていたはずだ。その中で、俺達がマリカさんに接近し、彼女を傷つけることなく来た道を戻った所を見たとすれば」


 千花達が悪魔側の人間でないことが証明される。

 興人はそう言いたいわけだ。


「じゃあどうして私が襲われたの?」

「演技だと思われたか、実力を知りたかったか」


 そんなことで命を狙われたのかと千花は少し気を悪くする。

 興人の話を踏まえたうえでシモンは自分の意見を口にする。


「お前らの言い分はわかった。だがそれが全て外れていたらどうする。あいつらが誘導してきているとすれば?」

「賭けるしかありません」


 邦彦がいつもより強めにシモンに言及する。


「初めから命がけの戦いであることに変わりはない。それなら、彼らに乗ってみるのも一手です」


 邦彦の、一見無謀だと思われる作戦にシモンは口を噤む。

 しかしその後すぐに大きく溜息を吐くと「わかったよ」とぶっきらぼうに応えた。


「どうやって呼び出すんですか」

「簡単です。彼らは聴力が優れている。外に出て呼べば応じるでしょう。そうでなくともまだ僕達を監視しているはずです」


 それ以上の作戦は不要だと結論が出た一行は時間も惜しいためすぐに家から広い大通りに出る。

 視線はあまり感じられないが、昨夜の一件から考えてそこら中に目があるのだろう。


「それで? どう呼ぶ?」

「普通に。というより、もうこの作戦にも気づいているでしょう。出てきたらどうですか」


 邦彦が至極普通の声音で、音量で、誰もいない道に話しかける。

 しばらく待ってみるが、反応はない。

 そう思われた時だった。


「田上!」


 興人が咄嗟に千花の体に腕を回し自分に引き寄せる。

 何が起きたかわからない千花だが、その瞬間千花が元いた場所に焦げた跡が残った。


「よお、昨日ぶりだな」


 千花達の目の前に現れたのは昨夜と同じフードを被った男だった。

 その姿に千花は昨夜命を狙われたことを思い出し緊張を顔に浮かべる。


「あいつが例の奴か」


 男の殺気に気づいたシモンが千花に聞く。

 千花は黙って1つ頷く。


「1人か。こいつだけならまだこの場で戦っても」

「ええ。田上さんは下がっていてください」


 邦彦が千花を男から遠ざけようとする。

 しかし男はその光景に牙を剥きながら反抗する。


「おい、喧嘩を買ったのはそいつだ。その女と戦わせろ」


 やはり目をつけられたのは千花だ。

 予想はできていたことだが、この状況で正々堂々戦う気はない。


「耳を貸さないように。戦うことが目的ではないので」

「はい」


 なおも千花が耳を貸さず自分から離れて隠れようとしているために、男は牙を見せながら喉奥で低く唸る。


「買った喧嘩を仲間に押しつけるってか。卑怯者」

「……っ」


 男の言葉に惑わされそうになるが、これも1つの罠だと考えて聞かないようにする。

 その様子に気を悪くした男は体勢を低くして今にもこちらに噛みつこうとしている。

 やはりその見た目は四足歩行の獣のようだ。


「すぐに話し合いは無理そうだな」

「ええ。何人が見ているかわかりませんが、あちらが戦いたいというならお相手しましょう」


 シモン達が戦闘態勢に入ると同時にこちらに駆け出そうと片足を後ろに下げる。

 そのまま昨夜のように飛びかかろうとした時だった。


「待てリョウガ。勝手な行動をするな」


 頭上から降ってきた低い声に男は一瞬で止まる。

 そのまま声がした方を睨みつけ、声を上げる。


「邪魔すんなよ! 俺はこいつらと勝負を……」

「そんなことをしてる場合じゃない」


 言葉を遮りながら、別のフードを被った何者かが男の後ろから歩み寄ってきた。

 未だ不服そうに唸る男を制してから何者かはフードを取り、千花達に向かう。


「驚かせて申し訳ない。我々は戦うつもりもないから、武器を降ろしてもらえるか」

「おい!」

「お前は1回黙れリョウガ」


 リョウガと呼ばれた男は怒りを込めたまま歯軋りをする。

 だが、もう1人の何者かに逆らう気はないのか、1つ舌打ちをして黙る。


「クニヒコ」

「……武器は降ろします。田上さんは隠れていてください」

「は、はい」


 各々が武器を収めたところで何者かが口を開く。

 千花は隙間から突然現れた何者かの容姿を観察する。

 間を取っているため詳しくはわからないが、隣にいるリョウガより一回りも二回りも大きい。

 体格も相まって威圧感がある。

 さしずめ熊のような大男だ。


「君達にはいくつか聞きたいことがある」


 大男がそう切り出すとシモンが明らかに眉を寄せて反論に口を開く。


「その前に昨夜のそいつのことだろ。そいつのせいでチカが殺されそうになったんだが」

「シモンさん! それは……」


 シモンが大男を睨むと同時に千花は冷や汗を浮かべる。

 敵陣に囲まれている中、相手の毛を逆撫でするような言葉をかけるなんてわざわざ殺されに来たようなものだ。

 しかし大男はシモンの言葉を黙って聞いた後、リョウガを一目見て頭を下げた。


「それに関しては申し訳なかった。君達と話をしたいと他の者と話していたのだが、それをこの子が勘違いし、昨日のような暴挙に」


 勘違いで殺されかけたのかと千花は若干その横暴さに引きながら話を聞いていた。

 そして、大男の言葉からやはり仲間がどこかにいることが聞き取れた。


「わざとじゃねえってのか。信じられるか」

「まあ、ここは信じておきましょう」


 このままでは埒が明かないと考えた邦彦が次に進む。


「見解では、2日前から僕達の存在を認識していたようですが、当たっていますか」

「ああ。俺達は嗅覚と聴覚が優れているからな。お前達の存在はすぐにわかった」

「それで、何が目的で僕達の所へ?」

「それは……」

「おい。こいつらが敵か味方かわからないのに軽々答えるなよ」


 大男が邦彦に答えようとしたところをリョウガが急いで止める。

 やはりあちらも存在は知っていても正体まではわからなかったらしい。

 自分には無理矢理聞き出そうとしたくせに、と千花は頬を小さく膨らませる。

 また、大男も割って入ったリョウガに呆れた目を向きながら仕方なさそうに溜息を吐く。


「全く。悪いが、公には言えない。ただ、君達の行動から味方だと思っている」


 千花は興人と一瞬目を合わせて小さく頷き合う。

 恐らくマリカのことだろう。

 そして、状況からして人間側の味方だということもわかる。


「完全に信じたわけではありませんが、情報は留めておきましょう」

「それでいい」


 大男は邦彦の言葉に深く頷く。

 その後、まるで仲間と打ち合わせをするように頭上を見上げ、了承したように首肯する。


「俺達の正体や話をしたいところだが、いつあちらの監視が気づくかわからない。アジトに来てほしいんだが、全員でというわけには」

「数の暴力を防ぐってわけか」


 そっちの方が人数が多いだろとシモンが小さく呟く。

 その中で大男が更に続ける。


「こちらとしては1人、もしくは2人についてきてほしいところだ」

「それなら」

「1人はそこの女だ」


 邦彦が答える前にリョウガが千花を選ぶ。

 その行動に大男が焦って声を上げる。


「リョウガ……! お前はまた勝手に」

「あ? 警戒は常にしとけっつったのはお前だろ。見たところ、そいつが1番弱そうだし」

「リョウガ!」


 大男がリョウガを強く諫めるが、当の本人は素知らぬ顔で千花を睨む。

 図星をつかれた千花は言葉に詰まる。


「……いえ、田上さんに行かせましょう」

「え!?」


 恐らく真っ先に否定しそうな邦彦がリョウガの提案に肯定の意を示す。


「弱い者を選ぶということは、戦うことを避けていることにも取れます。わざわざ実力がある人間がいかなくても良いでしょう」


 ただし、と邦彦は付け加えながら大男達の方を冷たい目で見る。


「少しでも彼女に傷をつけたら生きて戻れないと思っていてください」

「ああ」

「後1人は誰が行きましょう」


 邦彦の問いかけに興人が身を乗り出した。


「それなら俺が行きます。先生の見解でいけば、シモンさん達より弱いので」

「わかりました。2人に任せましょう。僕とシモンさんは、先程の作戦通り城への裏道を探します」

「それなら俺達の仲間が」

「必要ありません。自分で探しますので」


 大男が提案しようとするが、邦彦は丁重に断る。

 その態度に怒りを露わにするわけでもなく、大男は言葉を止める。


「では行ってきてください。有益な情報を持って帰ってきてくださいね」


 言葉口調は呑気なものだが、邦彦の目は至って真剣だ。

 千花は興人とともに、更に気を引き締めながらリョウガ達の後を歩いていった。

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