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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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夜中の攻防戦

 翌日。

 千花達は再び二手に分かれて更にウェンザーズを周ることにした。

 怪しまれないように位置や人は変えた。

 千花はシモンと共に昨日とは違う東側へと向かった。


「ここにも悪魔側の人しかいなさそうですね」


 監視の目があるということで少し警戒しつつ千花は辺りを見回す。

 マリカ程ではないが、武装している男達もやつれているように見える。


「彼らもまともに食事できてないんでしょうか」


 警備をするには体力も必要だというのに、先程から見かけている兵士と思わしき男達は皆体格はいいが栄養が足りているようには見えない。


「代わりはいくらだっているんだろ。飢えで死んだら別の兵を働かせればいい」

「ひどすぎる」


 家族を奪われるだけでなく劣悪な環境で労働力を強制される。

 それを3年も彼らは続けてきたのだろう。


「悲観に走るなよ。今は冷静に国を観察しろ」

「はい」


 昨日のマリカの話と今の兵士の様子を見てつい気分が落ち込むが、もう弱音だけは吐かないことを千花は決めた。

 いつまでも同情を浮かべていてもどうしようもない。

 初めに侵入した所を中心と考えると、初日は南へ向かった。

 そして今度は東ということで、全体図は見られるだろう。


(シモンさんの言ってた別陣営も気になる。悪魔の味方なのか、私達の味方なのか)


 どこかに手がかりがないか探しながら歩いていると、不意に視線を感じて立ち止まり振り返る。


「どうしたチカ。何かあったか」

「いいえ。でも、視線があるような」

「視線?」


 千花の言葉に合わせてシモンも警戒しながら辺りを隈なく見回す。

 しかし数秒後には眉を寄せながら千花に視線を戻した。


「俺は何の気配も感じられないが」

「はい。一瞬でなくなりました」

「おい」


 千花の返答に無駄足だったことを理解したシモンは顔を引きつらせながら拍子抜けしたような声を出した。

 しかし千花は屋根の間から見える雲まみれの空を見上げる。


「でも本当に、今誰かが見てた気がするんです。鋭い視線で」


 千花が冗談を言っているわけでないことがわかったシモンは表情はそのままに千花と同じ方向を見た。


「敵か?」

「わかりません。でも、悪魔ではないかも」

「そうか」


 突き刺さるような視線に、千花は居心地の悪さを感じた。




 朱色に塗れている壮大な建物の中心部。

 最も荘厳な空気を纏うその一室では獣が机に並べられている食物を貪っていた。


「足りない! もっと食料を持ってこい! 僕は王様だぞ!」


 食物が机からなくなると獣はその巨体を振り回して周りに跪いている人型の従者は震える声で答える。


「も、申し訳ありません。しかしもう備蓄の食料もないのです。もう少しお待ちくださ……ひっ!」


 従者の1人が意見するも、獣はその鋭い爪で彼女を掴む。


「そんなことは聞いてない! 食料を持ってこいって命令してるんだぞ!」

「で、ですから」

「もういい! お前を食べてやるんだぞ!」


 獣の言葉に従者は顔から血の気を引かせた。

 その目の前で獣は鋭い牙だらけの口を大きく開ける。


「お許しくださいべモス様! お慈悲を……っ!!」

「うるさーい! 僕に口答えするなだぞ!」


 獣は慈悲を請う従者を無視してその体を牙で噛みつぶした。

 そのまま血を涎のように流しながら従者の肉体を余すことなく腹に入れた。


「痩せっぽちで汚くて美味しくないんだぞ。おい、さっさと食料を持ってこい! こいつみたいになりたくなかったら早くするんだぞ!」

「は、はい!」


 後ろで控えていた他の従者達は同胞が食われたことによる恐怖に顔を真っ青にしながら急いで食料庫へと向かう。

 この場に、獣から逃げる術はない。

 身を削って獣に食物を献上するか、体を丸呑みにされるかしか選択肢はない。




 千花は固いベッドに腰かけて少しだけ気を緩める。

 昨日から店主も客もいない宿屋に泊まっている。


(一応客だけど、お金も払ってないから不法侵入と同じだよね)


 もちろん魔王を倒し人が戻ってくれば滞在料金は払うが、今は許可をもらわずに部屋を貸してもらってるのと同じだ。

 罪悪感から千花はあまり宿で自由に動き回りはしない。

 というより外で気を張りすぎて自由に動く体力もない。


(それでも見張りの役目がないだけ甘えてるけど)


 いつ悪魔がこちらに気づいて襲いかかってくるかわからないため、シモンと興人が交代で宿の外を見張っている。


(残された時間は後3日。この3日で魔王に接近して、倒して浄化して。トロイメアに帰る)


 気が遠くなるようにも思えるが、それを3日で必ず遂行させる。


(よし、明日も頑張ろう。私にできるのは、頑張ることだけだ)


 前向きに行こうと千花が心の中で意気込みながら拳を胸の前で握りしめる。

 そうして早めに就寝しようとした時だった。

 部屋についている窓の方から軋むような音がしたのは。


「?」


 千花がそちらを向くと、そこには目深にフードを被った人がいた。

 その姿は初めに出会った頃の興人に似ている。

 しかし今回は興人ではない。


「だ……っ」


 千花がその存在に叫びそうになった瞬間、その人は荒れている手で千花の口を塞いだ。


「んぐっ!?」


 千花が驚いて身動きが取れない間にフードの人間は空いている方の手で千花の首を掴む。


「俺が聞いたことだけ答えろ。叫んだり魔法を使ったりしたらすぐに噛み殺す」


 それだけ忠告するとフードの人間は千花の口から手を離す。

 首から手が離れていないところを見ると逆らえば本当に殺されるだろう。

 フードの人間は、女性にしては低く、男性にしては少し高い声だ。

 一人称が「俺」ということは男だろう。

 千花は混乱しながらここは黙って言うことを聞くべきが妥当だと気づいた。

 千花が逆らう気はないことを理解した男は少しだけ首を掴んでいる力を緩める。

 しかし依然として千花に馬乗りになっていることに変わりはない。


「1つ目。お前らは獣人じゃないな。外から来た奴だ」


 声の高さと全体像からして大人ではない。

 千花と同い年か年下だろう。

 千花は相手の気を逆立てないようにゆっくり首を縦に動かした。


「2つ目。お前の仲間はあの3人だけか。他に待機してる奴はいねえか」


 それに関してはわからない。

 もしかしたら邦彦が別部隊を呼んでいるかもしれない。


「知らない。わかってるのは、私含めて4人で行動してることだけ」


 千花が正直に答えると男が少し身動ぎする。

 同時にフードで隠れていた目が千花の視界に映る。

 それは、日中感じた鋭い視線と同じだった。


「ずっと監視してたの」


 千花が呟いてみると、男は首を絞める力を再び強める。

 千花は苦しさに小さく呻く。


「こっちの問いにだけ答えろ。余計なこと言ったら殺す」


 理不尽だと思いながらも千花は仕方なく言う通りにする。

 ここで殺されたら元も子もない。


「最後。何しにこの国へ来た」


 この男が敵なのか味方なのかわからないのに答えられるわけない。

 これで悪魔側の者であれば敵と見なされて殺される。

 しかしこのまま黙っていても殺される。


「早く言え。噛みちぎるぞ」


 千花の首を掴む手が更に強くなる。

 息苦しさが続く中、千花の結論が出ないまま男は口から見える鋭い犬歯を剥き出しにし、千花に近づく。


(どうしようどうしようどうしよう。どうすれば殺されないで解放される?)


 千花が迷い、答えないでいるのを察知した男はそのまま千花の脈打つ首に噛みつこうとする。

 牙の先端が首筋に当たったその瞬間だった。


(まだ死ぬわけにはいかない!)


 心の中で強く念じた千花の手から岩のように固い泥団子が発動される。

 泥団子は男の腹に直撃し、反動で飛びずさる。

 その隙を見て千花は傍に隠してあった杖を手に男と対峙する。


「てめえ、俺に刃向かう気か」


 腹に片手で抑えながら男は怒りの籠もった低い声で千花を威圧する。

 その体勢はまるで敵対心を剥き出しにした獅子のようだ。

 そんな男に一瞬怯みながらも千花はすぐに杖を向ける。


「あなたが敵か味方かもわからないのに答えられない。戦いたいなら受けて立つ」


 恐らく彼も千花より強い。

 シモン達を叫んで呼ぶこともできるが、その間に確実に致命傷を負うだろう。

 それならいっそ戦って激しい音を出す方が気づかれやすい。

 千花が臨戦態勢に入ったことを認識した男は青筋を立てながら更に殺気を強くする。


「上等だこら。その白い首噛みちぎってやるよ」


 千花が動くより早く男は床を強く蹴って飛びかかる。

 千花がとにかく防御をしようと魔法を展開しようとした時だった。


「っ!」


 男が千花の目と鼻の先で立ち止まり、窓から見える外を見る。


「……ちっ! 覚えてろよ」


 千花が呆然としている間に男は入ってきた時と同じように身軽に窓から部屋を出ていった。

 残された千花は杖を向けたまま呆然と立ち尽くす。


「な、なんだったの」


 千花の拍子抜けした声だけが灯りの点いていない部屋に響いた。

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