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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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田舎町の静けさ

 そこから更に10分。

 猛獣も数を潜め、洞窟内が外の光を差し込み始めた頃。

 ようやく千花の目の前に沢山の建物が映った。


「さて、ここからウェンザーズですね」

「ようやく、ですか」


 初めに邦彦からすぐ着くと言われていた千花は若干言葉の詐欺があったのではないかと疑いを抱いた。


「田上さん。この場で1つ薬を飲んでください」


 邦彦に突然小瓶を渡され、千花は躊躇う。

 色が薄緑というのも千花の拒絶心に含まれている。


「怪しい物ではありません。獣人に変装する薬です」

「変装?」


 いわゆる獣の耳や尻尾を生成する薬だろうかと拒絶から一転興味津々に薬を受け取りすぐに千花は小瓶の中身を飲み干した。

 しかし特に変わった部分はない。


「遅効性?」

「即効性です。ほら」


 邦彦が手鏡を千花の顔に持ってくる。

 何が変わったのかわからなかった千花が自分の顔を覗き込むと違和感を覚えた。

 顔は16年間見慣れた平凡なものだが、なくてはならないものが左右どちらにもついていない。


「……耳は?」


 千花が邪魔にならないように1つに纏めた髪のために見えるようになった耳がどこにもない。

 元々あったであろう部分を触ってみてもあるのは平面の肌だけだ。


「獣人はほとんど人間の姿ですが、唯一耳だけは生成できないようです。ただ聴力はあるようなので」

「不思議です」

「国交が断絶されているのに耳のある獣人がいたら目立ちますからね。24時間が限度なので忘れないように」

「はい」


 全員が同じ薬を飲み終わったところでウェンザーズへと入国した。

 入国と言っても公の門は使えないため、国を仕切っている柵を登って勝手に領土に入ったという方が合っているが。

 先に降りていた興人に補助をしてもらい、千花はウェンザーズの地に足をつける。

 一目見たウェンザーズの風景はトロイメアとは違っていた。

 遠くで見ていた時はレンガ貼りの街並みだと思っていたが、近くから見るとそれは木材でできた家だった。

 地面も整備されてはいるものの、レンガというよりよく固められたコンクリートのような土の地面だ。

 その場で足踏みをしてみるとクッションのような反発性が返ってきた。


「慣れない感触」

「獣人は肌が敏感な種類もいるので特殊に作り替えたそうですよ」


 裸足で生活しているのだろうかと千花が疑問に思っていると前に立っていたシモンが物陰から中央の様子見を始めた。


「見張りはいない。普通に通って良さそうだな」

「わかりました。進みましょう」

「え?」


 邦彦達が躊躇いなく往来へ歩いていくので千花も遅れながら追いかける。


「こんな堂々としてていいんですか!?」


 千花が慌てて邦彦に耳打ちすると、邦彦は真剣な表情から一転いつもの微笑を浮かべたまま頷く。


「街中にいる分には人間だとバレません。警戒心が強いと魔王討伐に来たと思われますので平常心でいてください」


 慣れない土地で今から命知らずの戦いをするのに平常心でいられるかと千花は心の中で叫びながらなるべく感情を落ち着かせる。

 ウェンザーズは何と言うか「栄えた農村」といった印象だった。

 家屋が並んでいる所もあれば、見渡す先が畑のように耕されている土もある。

 トロイメアよりはずっと静かだが、たまに獣人と思しき国の民も見かける。


(でも、家の数と住民の数が合ってないような気が)


 家で仕事をしているのだろうか。

 それとも出稼ぎ──国交が閉ざされた今その可能性はないだろう。

 しかし畑があるのにそこで仕事をする者が少ないのは何故だろうか。

 千花が色々な思いを抱きながらなるべく平常心で往来を歩いていると、不意に前を歩く邦彦が止まった。


「このままだと怪しまれますね」

「えっ」


 意識していてもやはり挙動不審だったかと焦る千花だが、その視線は国全体に向いていた。


「本来ならもっと人がいるはずですが、今はほとんど見かけない。このまま4人で行動していると外部からの者だと怪しまれますね」

「二手に分かれるか」


 自分が原因でないことに安堵したと同時に、千花が抱いていた違和感は間違いではなかったことを確信する。

 素人の千花がわかる程あまりにも人が少ないのだ。


「そうですね。時刻を決めて辺りを周りましょう。日向君は田上さんと、僕はシモンさんと周ります」

「はい」

「は、はい」


 言うが早いか邦彦とシモンはそのまま真っ直ぐウェンザーズを偵察しに行く。

 返事はしたものの呆気に取られている千花の肩を興人は後ろから叩く。


「田上、俺達も行くぞ」

「う、うん」


 千花が(ども)りながら答えると興人が反対方向へ足を踏み出す。

 千花も慌てて小走りでついてく。

 とは言っても何が普通かわからない千花にとってどこに手がかりがあるかも定かではない。

 とにかく興人とはぐれないように気を遣うだけだ。


(私、こんな人任せで大丈夫かな)


 ウェンザーズに来てから不安と戸惑いばかりだ。

 猛獣も退治してもらい、推察力もなく、咄嗟の判断力もない。


「田上」

(一国を乗っ取れるほどの悪魔の強さなんて、私でも想像できる)

「……田上」

(ずっと皆に守ってもらえて、無傷のままウェンザーズに来たけど、このままじゃリースに来た意味が)

「千花、止まれ」

「ひゃっ!?」


 少し強めに手首を掴まれ、千花は裏返った声で返事をした。

 興人から初めて「千花」と呼ばれたことにも驚いた。


「な、ななな何!?」

「そっちは行き止まりだ」


 興人が指したのは千花が歩いていた方向。

 そこは塀になっていた。


「曲がるぞ」

「は、はい」


 色々なことに過敏になりすぎている千花のことは気にせず、興人はすぐ目の前の細い道へ進んでいく。

 路地裏はトロイメアののどかな様子とは全く異なり、太陽の光も差し込まない寒く薄暗い所だ。


(スラムほどじゃないけど、不気味な雰囲気)


 千花が転ばないように気をつけながら辺りを探索していると、先頭を歩いていた興人が急に止まった。

 千花は咄嗟の判断ができず鼻を背中にぶつけてしまう。


「ど、どうしたの興人。立ち止まったりして……」

「しっ」


 千花が大きな声で興人を呼ぼうとするが、その口を人差し指で封じて目の前にある木箱の後ろに隠れる。

 その直後。


「お願いします! もう少し待ってください!」


 切羽詰まったような悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 気づかれないように少し頭を出して前を見ると、ガリガリに痩せ細り、今にも死んでしまいそうな程顔色の悪い女性が、武装した屈強な男にしがみついていた。


「もう食べる物もないんです! 作物も育たないし、このままじゃ皆飢えてしまいます」


 女性の必死の訴えを耳にした男だが、その要求を叶えることはなく、痩せこけた頬を拳で殴った。


「いいからさっさと食料を持ってこい! お前らが苦しもうが死のうが我らの知ったことではない。明日までに用意できなければ一族諸共猛獣にしてやるからな」

「お願いします! 猶予を、時間をください!」

「さっさとしろよ」


 それだけ言うと男は女性の皮だけの手を振り払い反対方向へ去っていってしまった。


「お願いします! お願いします! 父と弟を殺さないで!!」


 顔を涙で汚しながら女性は男の去った先に頭を垂れる。

 しかしその願いを聞き入れる者はおらず、そのまま泣き崩れた。


「あれって……」

「話を聞こう」


 悪魔側の男がいなくなった所を確認して興人は女性の元へ歩く。

 千花もすぐについて行く。


「大丈夫ですか」


 興人が女性の隣に座り込んで声をかける。

 顔を上げた女性は幽霊でも見たように恐怖の表情で固まりながら興人と千花を交互に見る。


「安心してください。悪魔の味方ではありません」


 興人が女性の意図に気づいて先に素性を名乗る。

 自分に暴力を振るってこないことだけ理解した女性は警戒心を少し解く。

 興人が屈みながら手のひらを向けるので、女性もその手を取ってゆっくり立ち上がる。


「今傷の手当てを」


 興人がバッグの中から薬を取り出そうとすると女性はかぶりを振って手当てを拒否する。


「どうせ明日も殴られるので、薬の無駄です」


 何かを諦めたように死んだ表情で言葉を紡ぐ女性に千花は口を開く。


「あなたの他に人は」

「いません。私だけが取り残されました」


 苦しそうに唇を噛みしめる女性に興人は問う。


「もし良ければお話を聞かせてくれませんか。家であれば悪魔に見られるリスクも低いので」

「……わかりました。こちらです」


 女性は考える気力もないのか、興人の提案にすぐに頷いて自宅へと誘導した。

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