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光の巫女  作者: 雪桃
第3章 ウェンザーズ
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ウェンザーズへ

 光が徐々に収束していき、目を開けられるようになった頃。

 千花がゆっくり瞼を開けると、そこは鬱蒼と雑木が茂る森の中だった。

 この前任務で行った森よりも葉っぱや木々の色が濃い気がする。


「着きましたよ」

「……ここが獣人の国ですか」


 国としては整備もされておらず、ただの自然豊かな場所といった感じだ。

 そんな千花の意図を読んだのか、邦彦は首を横に振る。


「本来国と国を繋ぐ扉は各王宮にあります。ですが悪魔に国を乗っ取られてからは侵攻を防ぐために敢えて毎回国外に連れてこられるように設定してるんですよ」

「なるほど」


 少しでも悪魔に立ち向かえるように人間も知恵を絞っていたらしい。

 トロイメアが平和だったのもそのおかげだろう。


(だからこそ間に合わなかった国は……)


 悲観に走りそうになり、千花は気持ちをリセットする。

 今悲しんでいても過去は変わらない。

 一刻も早く悪魔からリースを救う、それが千花の任務だ。


「道は大体わかっています。はぐれないように気をつけてください」

「はい」


 邦彦の指示に従って千花達は森の奥へと進んでいく。

 地域が違うだけあってやはりトロイメア付近の森と少し印象が違うが、それでも特別何かが変わっているわけではない。


(森って言うから無法地帯で物騒だと思ったけど、むしろこっちの方が安全なのかな)


 ずっと気を張りつめることは疲れる。

 ここなら安全かもしれないと千花は気を緩める。

 その瞬間、右の茂みの部分から何かが勢いよく飛び出してきた。


「え?」


 千花がそちらを向いたと同時に興人が大剣で何かの体を貫く。

 何かは千花の鼻先で動きを止めた。


「田上さん、無事ですか」


 前を歩いていた邦彦が動きを止めて呆然としている千花に声をかける。

 問いかけられた千花だが、何も理解できていないので答えることができない。


「これは……?」


 興人の剣に貫かれた物を見下ろす。

 それは黒く鋭い牙を持つ狼だった。

 体長は1メートルはあるだろう。

 白目を剥いて血を吐き出しているため絶命していることはわかる。


「この付近に生息する猛獣です。群れからはぐれたのでしょう」


 シモンが確認のために狼に近づく。

 しかしその体を見た瞬間眉を寄せた。


「何かおかしい」

「何か?」


 千花が聞き返すと、シモンは屍の腹の部分に手を当てる。


「やけに痩せ細っている。猛獣でここまで衰弱しているのは珍しい。それに、人間を襲うには少し不慣れな動きだったような」

「どういう意味でしょう」


 邦彦にも理解ができないのか、シモンの言葉を聞き返す。

 しかしシモンもそれ以上のことはわからず、首を横に振った。


「今の状態では何もわかりません。とにかく慎重に動きましょう。田上さん、警戒は怠らないように」

「は、はい」


 緩めていた気をまた締め直して千花達は道を進み続けた。

 そこから大して景色が変わらない森を進むこと体感にして10分。

 突然目の前に光が差し込んできた。


「……着いたな」


 護衛のために邦彦とともに前を歩いていたシモンが小さく呟く。

 その言葉に千花も体の隙間から光の先を見る。

 その視線に映ったものは。


「これが、ウェンザーズ」


 千花達の崖下には、広大な丘に囲まれた草原の国だった。

 今立っている所からはゴマのような家しか見えないが、その雰囲気はトロイメアを田舎のようにしたのどかな国だ。

 太陽の光も存分に当たっているこの国では到底悪魔が支配しているとは思えない。


「正面からは国交が遮断されているので入れません。裏口から行きましょう」


 邦彦の誘導通り、千花達は崖を下って人気のない洞窟へと入った。

 ここでも気を緩めることなく進む千花だが、やはり経験の差が物を言うのか、猛獣が出てきたことに気づいた時にはシモンか興人が退治していた。


「私、本当に戦えますかね」

「あなたも十分敵の気配に気づけています。ですがあの2人は元々これが仕事ですので」


 段々自分の実力を不安視している千花を励ますように邦彦は返答する。

 洞窟の中には先程の狼の他にもコウモリやトカゲのような猛獣が襲いかかってくる。

 しかしそのどれもが2人の手によって命を絶たれていることも事実だ。


「やっぱり、おかしい」

「シモンさんもそう思いますか」


 千花が項垂れている中、シモンと興人は猛獣の残骸を見て不審な表情を浮かべる。


「やっぱりって何かあったんですか」

「猛獣は基本異種族で群れを成さない。お互いがお互いを食料としてしか見てないからだ。それがここまで同じ場所から襲うということは」

「利害の一致で意思疎通ができているとしか思えません」


 2人が真剣に話しているところだが、千花には何がそこまで不思議なのかわからない。


「猛獣でも、言語のやりとりができるんじゃないんですか。鳴き声とか触覚とか」


 千花の疑問に隣にいた邦彦が即座に答える。


「基本洞窟や森にいる生物は言葉も意思もありません。本能のままに、少ない知性で生きる者が多いです。ただ、唯一獣人は獣の形をしながら言葉も意思もある種族ですが」


 邦彦の言葉にシモンははっと顔を上げる。


「言葉も意思もある。獣の形」

「何かわかりましたか?」


 興人に問いかけられてシモンは目の前の残骸を見下ろし、眉を寄せる。


「こいつらが初めから猛獣だったわけではないと考えると、この違和感も拭えるかもしれない」

「つまり?」

「こいつらは、猛獣にされた元獣人じゃないか」


 シモンの言葉に邦彦と興人は表情を険しくする。

 その中で状況を理解できていない千花だけが首を傾げる。


「えっと、獣人って猛獣になるんですか」


 千花の、子どもが聞くような純粋な問いを笑うでもなく、邦彦は横に首を振る。


「普通はありえません。獣人と言えど、進化を遂げてきた今の彼らはほとんど人間に近い生態を持っているので」

「だが例外もある」


 邦彦の言葉に続けてシモンは口を開く。


「知性と理性を備えた獣人は、極限まで飢餓状態に陥ると野生だった頃の本能で動く。過去にも同じ例があった。国が発展していなかった頃の話だが」

「本能が浮き彫りになったとしても、それは一時的であり、ある程度空腹を満たせればまた人間の体に戻ります。このように見境なく人間を襲う姿は余程長い間飢餓状態にあった場合でしか考えようがない」


 邦彦とシモンがそれぞれに意見を述べている中で千花は初めて聞く獣人の特性を頭の中で整理していく。


「……要するに、ウェンザーズの国民が猛獣にされて殺されているということですか」

「その考えが一番妥当ですね」


 千花の考えが合っているとすればこれは悪魔が侵攻してきたことが原因と言えるだろう。

 こんな所にまで影響が及んでいることを考えると一刻も早く魔王を倒さなければ絶滅する日も遠くない。


(絶対……絶対私が倒さないと)


 初めて現実を目の当たりにした千花は顔を小さく俯かせながら唇を引き結ぶ。

 その姿に獣の亡骸を調べていた興人は静かに千花の顔を見つめていた。

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