黄金の扉
昔々、獣は人間よりも知性を持たなかった。
言葉も持たず、四足歩行で走る獣達。
毛むくじゃらの体を走らせ、強い者が弱い者を喰らう。
それが自然界の掟。
しかしある日を境に獣は人間の体を手に入れた。
二足歩行を行い、言葉を話すようになり、強い者も弱い者も助け合って生きる時代になった。
初めは反発していた者も、次第に居心地の良さに気づき、獣は獣人として生きるようになった。
獣人の国を治めるは百獣の王・ライオン。
思慮深く、いつも冷静で剛健な王のもとに、獣人の民は従ってきた。
容姿は違えど、種族は同じ。同じ者同士、国を発展させていこう。
その強い意思で王は獣人を束ねた。
そして、獣人の国は知性と理性のもと平和な世界を築いた──はずだった。
千花は王宮内の奥にある壮大な扉を目の前にしていた。
扉は黄金色を纏い、壁面にはライオンのような勇ましい獣の姿が描かれている。
千花が扉を見つめながら呆けていると、隣にいた邦彦が声をかけてきた。
「田上さん、こちらが獣人の国、ウェンザーズへと続く扉です。ここを抜ければ一瞬でウェンザーズまで向かうことができます」
瞬間移動を形作ったようなものだと千花は認識する。
そしてこの扉を抜けた先からは命をかけた戦いが待ち受けているのだということもはっきりわかる。
(ここから先は悪魔との命の奪い合い。痛い思いも辛い思いもする)
千花は心に刻みながらも防護服を纏っている手を握りしめる。
攻撃吸収や魔力上昇が込められ、軽々と動けるように作ってもらった防護服は、千花の予想とは異なり随分軽装だ。
てっきり物語に出てくる騎士のような甲冑を被るのかと思えば、黒のノースリーブに膝上までのハーフパンツといった首から上も肩も脚も素肌が出ている服装だ。
一応深緑色のジャージを上に羽織っているが、到底悪魔討伐に行く格好ではない。
(悪魔からも国民からも何しに来たんだって言われそうな服だなあ)
唯一千花が使える魔法杖はいつでも取り出せるように背中に斜めがけされている。
「こんな服装で本当に戦えるんですか」
「ええ。現にこの1週間はそれを着て訓練していたでしょう」
邦彦の問いかけに千花は「まあ」と頷く。
魔王との戦いに備えて千花がこの防護服を着たのは初めてではない。
服が千花に馴染むようにと訓練時にも来ていた。
結果とても動きやすく通常よりも怪我も少なかった。
「当初は甲冑なども使用していたのですが、候補者の体に負担のかかる鎧を着させると逆に怪我を負いやすいことに気づき改良したんです。布面積が少ない分全身に均等に魔力が回るんですよ」
それも訓練時に聞いた。
まだ半信半疑な千花だが、傷が少なくなることは実践済みなので大人しく支給されたものを着る。
千花が再び視線を扉に向けたところで背後から声がかかった。
「よお」
「お待たせしました」
千花と邦彦が背後を振り返る。
そこには千花程露出はないが、動きやすい服装に身を包んだシモンと興人が立っていた。
「お待ちしていましたよ。準備はよろしいですか」
「良くなきゃ来てねえだろ」
「大丈夫です」
答えながら千花の前まで2人は歩いてくる。
千花はシモンの顔を黙って見上げる。
(シモンさんも来るんだ)
「何か言いたげだなチカ」
「魔法を教えるだけじゃないんだなと思って」
千花の言葉にシモンは眉を寄せると、彼女の額を指で弾いた。
「いたっ」
「素人だけで悪魔に立ち向かえるわけねえだろ」
それもそうだと千花が納得しようとした矢先、邦彦がシモンに聞こえないように耳打ちしてくる。
「基本的にシモンさんは候補者に期待してませんのでついてくることもないです。自ら同行すると言ったのは田上さんが初めてですよ」
「えっ」
「あ?」
邦彦の話を聞いた千花は驚きに声を上げる。
聞こえていなかったシモンが聞き返すが、千花はその顔を見つめた後、少し嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます、シモンさん」
邦彦の話からするとシモンは少なからず千花に期待してくれているのだろう。
命がけの戦いにもこうして参加してくれることに千花は感謝しかない。
ただ、急に礼を言ってきた千花にシモンは引きつった顔を見せた。
千花はそんなシモンに構わず、興人の前まで歩く。
「興人も来てくれたんだ」
「ああ」
興人とは学校で何度か悪魔討伐の話をした。
同年代の彼に千花が不安を零すこともあった。
だからかはわからないが、興人も少しでも戦力になれればと邦彦に頼んだらしい。
元々1人で行くつもりだった千花は驚きと共に感謝の念を抱く。
(1人じゃないって心強いんだな)
千花が心の中で安心していると、邦彦が話しかけてきた。
「田上さん、心の準備はよろしいですか」
邦彦の顔を見ると、その表情は真剣なものに満ちている。
とうとうその時が来たのだということがわかる。
「はい」
力強く頷いた千花に、邦彦も一つ頷いて黄金色の扉に手をかける。
ゆっくりと扉は音を立てて開く。
千花の目の前が、眩い光で覆われた。