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光の巫女  作者: 雪桃
第2章 リースへ
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はじめてのおつかい

 翌日。

 日曜ということもあり、またしても千花は朝からリースに来た。

 高校で出された課題は帰宅した後終わらせている。


「魔物や猛獣より人間が1番怖いことを知りました」


 千花は顔色を悪くしながらカウンター席にやってきた。


「昨日のチカちゃん、予想以上に囲まれてたわね」

「田上さんは人が良いので自然と皆さん寄ってくるんでしょう。逃げませんでしたし」


 あの状況で逃げられる所なんかなかっただろうと叫びたくなる千花だが、そんな体力もほぼ残っていない。

 何せ1人で30人以上の見知らぬ人間と話したのだ。

 いくら人見知りをしないとは言え疲弊する。


「シモン君も経験があるものね」

「俺もあんなに人に囲まれたことはないわ」


 昨日の芋洗いのような人だかりを思い出してシモンは首を横に振る。

 あれだけ人に囲まれたらこの先人と関わることも嫌になってくる。


「当分人混みは勘弁したいです」

「そんな田上さんには申し訳ないのですが」


 邦彦の前置きに千花は顔色を悪くしたまま身構える。


「今日は少しトロイメアで荷物の配達をしてほしいんです」


 あからさまに嫌そうな顔をした千花だが、そんなことも気にせず邦彦は依頼書を3枚、目の前に出してくる。


「今日は一気に3つの依頼をこなしてもらおうと思います。1人で」

「1人で!?」


 シモンが怪我をしているので王都外に出ることはないと予想していた千花だが、まさかここで初めてのおつかいをするとは思わなかった。


「地図は渡します。それを見ながら迷わず1時間以内に3つの依頼物を届けられれば達成です」

「この大通りを徒歩で? この前みたいに巻き込まれませんか」

「その練習も兼ねてます」


 追い打ちをかけるように邦彦は笑顔で答える。

 千花は弱音を吐きそうになりながら、仕方ないとばかりに依頼書を手首の紋章にかざした。


「できました」

「はいはい。じゃあこれが届け物と地図ね」


 アイリーンが用意していた3つの荷物とよくある紙の地図を千花に渡した。

 荷物はどれも両手のひらに収まる大きさで、邦彦に借りたリュックに入った。


「それでは行ってきてください。1時間経ったら戻ってきてくださいね」

「行ってきます」


 千花は足取り軽やかにギルドを出ていった。

 その後ろ姿を見送って邦彦はタイマーを設定したままシモンの隣に腰かける。


「今日はついていかないのか」

「危険があった時には日向君がすぐに駆けつけてくれます。後は、田上さんの器量に任せます」

「随分余裕だな。俺が怪我してるとは言え、魔法の訓練はしなくていいのか」

「いえ、悪魔を倒すためには性急に彼女を魔導士にしなければなりません。ただ」


 邦彦が切った言葉にシモンは首を傾げる。

 邦彦は心の中でその先を続け、静かに微笑む。


(もう少し時間をかけてこの世界を愛してほしいというのは、候補者に望むことではないでしょうが)


 邦彦は微笑を浮かべたまま千花の出ていった先を再び見つめた。




 千花はギルドを出て一目散に閑静な路地裏へと向かった。

 人が密集している中で地図を見ていたら5分後にはよくわからない場所へと流されているのだ。


「えっと、まずは6番街7番区3番地で働いてるオリバーさんに仕事道具を届ける。その後は4番街8番区9番地のコレッタさんに忘れ物を届けて、最後に1番街1番区2番地にある教会の司祭さんに魔石を届ける、と。場所は」


 千花は邦彦からもらった地図を広げながら場所を確認する。

 今千花が立っている所は5番街──依頼物の丁度隣だ。

 迷わず行けば30分も経たず全て運ぶことができる。


「よし、行こう」


 千花は自分に言い聞かせるように意気込み、地図を片手に大通りへ踏み込んだ。

 出店が立ち並ぶ大通りは相変わらず人の話し声で占められている。

 賑やかなのは良いことだ。


(皆の歩行スピードと足の向きをしっかり見て)


 千花は迷子になったあの日を振り返り、人混みでも歩けるような知恵を身につけた。

 大通りを歩いている人々は速度こそ違えど交互に1列、2列になって同じ向きで歩いている。

 その中に上手く、紛れ込めば混乱せずに済む。


(私が進む方は向かって右だから、あの列に入ればいいのか)


 千花は流されないように人の流れを縫いながら目的の列に入る。

 半分流されている気もするが邦彦がいなくても今度は押し込まれることはない。


(看板をよく見て。6番区の表示が出てきたら路地裏に抜ける)


 千花は足がもつれないように注意を払いながら頭上にあるトロイメアの言葉で書かれた字を読んでいく。

 看板には「街」と「区」の数字が書かれている。

 3分も歩けば区をまたぐことができるらしい。

 10分歩く頃には6番街に着いていた。


(よし、路地裏に入ろう)


 千花は再び巻き込まれないように、相手の足を踏まないように人混みを抜けて静かな路地裏に向かった。


「えっと、ここから7番区は」


 千花は看板を見ながら人気のないレンガ貼りの道を1人で歩いていく。

 以前は誤って立ち入り禁止区域まで入ってしまったが、今度は道標がわかっているため迷うことはない。


(7番区3番地……あった。ここか)


 千花はクリーム色の壁に囲まれている住宅地の中から1軒見つけ、扉を叩く。


「オリバーさん。ギルドからお届け物です」


 千花が用件を伝えるとオリバーという無精髭を生やした中年男性が扉を開けた。


「おう、ようやく来たか。これがなきゃ仕事にならねえからな。ありがとよ嬢ちゃん」

「はい」


 千花はオリバーから代金をもらうと大切にリュックの中にしまい、家を後にした。


「えっと、この後は4番街ね」


 千花は同じ手順で4番街にいるコレッタの家に向かった。


「ありがとう。最近物忘れが酷くてねぇ。息子達も遠方に引っ越したから気軽に連絡もできなくて」


 家から出てきたのは優しそうな雰囲気の老婆だった。

 コレッタは千花から荷物を受け取って代金を払っても口を止めない。


「私はね、この家に嫁いで50年になるのよ。子ども達はとっくに独り立ちして、夫に先立たれてからは1人暮らし。皆私とは顔見知りだから毎日挨拶してくれてね」

「はい」

「この前なんか赤ん坊のお守りを頼まれてくれないかって言われて。ベテランって言っても子育てなんてもう30年以上やったことないのよ」

「は、はい」

「後はね、大通りを出てすぐの八百屋の息子さんと花屋の娘さんが結婚するから仲人も頼まれちゃって。嬉しいんだけどこんなおばあさんよりもっといい方がいるだろうに」

「す、すみません。これ以上立ち話もなんですし」


 コレッタの話を聞くことも楽しいが、千花にはまだ仕事が残っている。

 時間の制限もあるため急がなくてはならない。

 そんな千花の意図に気づいたのかコレッタは手を叩いた。


「いやだ私ったら。こんな所で長々とおしゃべりしちゃって。中にいらっしゃい。お菓子もあるわよ」


 伝わっていなかったらしい。


「いいえ。私はこれで」

「皆挨拶してくれるけど中に招き入れることはなくてね。お客さんが来てくれるとすごく嬉しいの。いつも1人だから」


 少し寂しそうにそう言うコレッタに千花は二の句が告げなくなる。

 そして気づいたらコレッタの家に入っていた。

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